今季J2最強のダークホース…「可変式4-4-2」で戦うザスパクサツ群馬が今、面白い!キーマンは川上エドオジョン智慧。

今シーズンの明治安田生命J2リーグにおいて、最大のダークホースと呼ぶべきチームがある。第35節終了時点で8位につけるザスパクサツ群馬だ。

過去3シーズンの群馬は20位、18位、20位と非常に苦しい時期を過ごしてきた。しかし、大槻毅監督2年目の今季はリーグ戦11試合無敗(4勝7分)を記録するなど好調をキープ。東京ヴェルディ、清水エスパルス、ジュビロ磐田、FC町田ゼルビアといった上位陣から勝ち点を奪っている。

なぜ、今季の群馬は見違えるような姿を見せているのか。攻守で異なるシステムを用いて戦う“可変システム”の仕組み、チームの躍進を支える指揮官の手腕、そしてクラブが迎える大きな転機に迫った。

直近5試合の基本システム

まずは、直近のリーグ戦5試合での基本システムおよびメンバーを見ていこう。

守護神はリーグ屈指の実力者・櫛引政敏で、4バックは右から戦術のキーマンである川上エドオジョン智慧、守備の要・酒井崇一、「颯爽に動く若き番人」城和隼颯、ビルドアップでも貢献する中塩大貴の4人。

川上が不在の際は、特別指定選手の田頭亮太(東洋大在学中)が右サイドバックに入る。右SBは前橋育英高出身の岡本一真も復帰を期す。

ダブルボランチは、太田市出身で青森山田高時代から注目されていた天笠泰輝と的確なパスでリズムを作る風間宏希のコンビ。高い守備力を誇る内田達也がゲームを締める役割を担い、第30節のベガルタ仙台戦では、センターバックを本職とする畑尾大翔が<3-5-2>のアンカーとして起用されている。

攻撃に幅をもたらすサイドハーフは、右がチームトップのリーグ戦6得点を記録している佐藤亮、左は勝気なドリブラー・杉本竜士がファーストチョイス。北川柊斗(右)と山中惇希(左)が後半途中からサイドアタックを活性化させる。

2トップは川本梨誉、平松宗、武颯の3人がスタメン争いを展開中だが、候補者が多いポジション。高崎市出身の「華麗なる虎」白石智之、右サイドと兼務する北川のほか、第33節の町田ゼルビア戦では畑尾が終盤にフォワードに配され、惜しいシュートを放っている。

守備時は<4-4-2>、攻撃時は<3-3-2-2>で戦う

今シーズンのザスパクサツ群馬を語るうえで欠かせないのが、“可変システム”だ。守備時は<4-4-2>、攻撃時は<3-3-2-2>になり、攻守で異なるシステムを用いて戦っている。

まずは、守備時の<4-4-2>から見ていきたい。前項で示した基本システムの<4-4-2>が、そのまま守備ブロックの形となる。

試合展開によっては、2トップのひとりが中盤に吸収され、左サイドハーフが一列下がる<5-4-1>にシフトするが、基本的にはディフェンスラインの4枚と中盤の4枚がフラットに並ぶ「4-4」のブロックで守っていく。

この「4-4」の守備ブロックは、フォワード2人を含むフィールドプレーヤーの10人で均等にピッチをカバーできるため、タテヨコをコンパクトにしたゾーンディフェンスに適している。

群馬の場合、前線からハイプレスを仕掛けるのではなく、自陣にコンパクトなブロックを敷いて、相手にスペースを与えない守り方をメインとする。失点30はリーグ4位の好成績で、守備は非常に堅い。

一方、攻撃時は守備時の<4-4-2>から<3-3-2-2>へと変化する。(下図参照)

左サイドバック(以下SB)の中塩大貴が左ストッパーへ、左センターバック(以下CB)の城和隼颯がリベロへとポジションを移し、右ストッパーへスライドした酒井崇一とともに3バックを形成。この3枚を中心とした丁寧なビルドアップから崩す形が、攻撃の約束事として徹底されている。

中盤は右ボランチの天笠泰輝がアンカー、左ボランチの風間宏希が左インサイドハーフ(以下IH)、右SBの川上エドオジョン智慧(または田頭亮太)が右IHへと移動し、川上(田頭)が風間よりも高い位置を取る“いびつな逆三角形”の構成となる。

ここで注目したいのが、右IHを主に務める川上のポジショニングだ。攻撃時に4バックから3バックへと変化する際は、サイドバックの選手が一列前のウィングバック(以下WB)にポジションを上げるケースが一般的だろう。

しかし、川上はWBではなく、明らかにピッチの中央寄りにポジションを取る。右サイドハーフの佐藤亮は「IH化」する川上の動きに合わせて、タッチライン際に張ることもあれば、中央寄りでボールを持ち、その外側を川上が追い越すパターンもある。

状況に応じて立ち位置を変え、相手守備陣を混乱させる川上と佐藤によるコンビネーションが、崩しの生命線となっているのだ。

<3-3-2-2>が解消する<4-4-2>の構造的弱点

続いて、攻撃時に<3-3-2-2>へ変化するメリットと意図を考えてみたい。まずは、「2トップの相手に数的優位を作ることができる」点だ。

今季のJ2は、2トップ(1トップ+トップ下も含む)を採用するチームが多い。4バックでビルドアップする場合、自軍の2 CBと相手の2トップが同数になり、CBは常にプレッシャーにさらされる。特に工夫がないと、後方からの組み立てがスムーズにいかない原因になってしまう。

4バックで発生する数的同数を回避するには、以下の工夫が考えられる。

①ゴールキーパーをCB間あるいはCB付近へ動かし、両CBをサポートさせる
②ボランチをCB間あるいはCB付近に落とし、両CBをサポートさせる
③片方のSBをストッパーへスライドさせて3バックを形成する

いずれも「数的優位(3対2)を作る」動きだが、まさに③こそ、ザスパクサツ群馬が取り組んでいる形である。

3バックによる安定したビルドアップは、2トップを軸としたハイプレスが代名詞である町田ゼルビア(第33節/結果は0-0のドロー)にも機能。ボールを握る時間を多く作れたことが、首位チーム相手に互角の戦いを演じた要因となった。

また、攻撃時に右サイドバック(以下SB)からピッチの中央寄り、すなわち右インサイドハーフ(以下IH)へポジションを移す川上エドオジョン智慧は、相手にとって非常に捕まえにくい存在となっている。

最初から右IHの位置にいるよりも、後方からスッと侵入された方がやはり守りにくい。スピードと推進力を武器とする川上なら、対応はより難しくなる。

川上の動きは、<4-4-2>の攻撃時における構造的弱点を解消する策となり得る。フィールドプレーヤー10人で均等にピッチをカバーできる<4-4-2>は、守備においてもっともバランスが良く、計算が立つ布陣と言っても過言ではない。

しかし、各ラインがフラットに並ぶ構造上、攻撃面では変化をつけにくいのも事実だ。攻守両面で<4-4-2>を採用するチームの多くが、サイドアタックとカウンターを主とする堅守速攻を標榜するのは、ある意味必然だろう。

守備の確実性はそのままに、攻撃では意外性を取り入れる――。攻守で異なるシステムを採用できる“可変システム”であれば、「いいとこ取り」が可能となる。

守備時は右SBでブロックの一員となり、攻撃時は神出鬼没の動きでアクセントをつける。このような川上(または田頭亮太)の働きぶりとそれを生かす仕組みが、今の群馬にはある。

義理人情の厚さと分析能力の高さ

戦術のキーマンとなっている川上エドオジョン智慧にとって、チームを率いる大槻毅監督は、浦和レッズユース時代の恩師であり、自身をプロ入りに導いた恩人でもある。

川上が徳島ヴォルティス在籍時の2021年、クラブ公式サイトに掲載されたインタビューでは、浦和ユース時代に「お前はカットインをするな。カットインは誰でもできる。でも、縦に突破できる選手は少ない。ワイルドにやれ。お前のキレとスピードなら行けるから!」とのアドバイスを大槻監督からもらい、「試合でも通用して“これが俺の武器なんだ!”と実感できたのが高校3年でした」とプロ入り前の分岐点を明かした。

また、ユース時代を「めっちゃヤンチャでした」と振り返る川上は、練習に行かなかった時期も1カ月ほどあったという。しかし、大槻監督は川上を見捨てず、自宅を訪問したり、プロの道を考えるよう声をかけたりもした。「本当にお世話になりました」と語る通り、大槻監督の存在がなければ、今の川上はなかったと言える。

2022シーズンよりザスパクサツ群馬を率いる大槻監督は、前述したユース監督はもちろん、2018年と2019年の2度にわたりトップチーム監督に就任するなど、指導者/強化スタッフのキャリアの大半を浦和で過ごしてきた。

トップチーム監督時代には、オールバックの独特な風貌から「組長」や「アウトレイジ」の愛称で親しまれたことを覚えている方も多いだろう。

過去をさかのぼると、2004~2005年には浦和の強化本部スタッフを務めた。この時、トップチームのコーチとしてともに戦った柱谷哲二氏は、「(分析能力は)びっくりしましたね」とDAZNでの解説時に語っている。

大槻監督が義理人情に厚い人物であることは、川上とのエピソードからも伝わるが、最大の武器は分析能力の高さである。その意味で、ここ数試合の群馬が直面する課題をどのように解決するか、という点は大変興味深い。

特徴的な群馬の<3-3-2-2>に対し、ハイプレスまたはマンツーマンディフェンスで対抗しようとするクラブが増えてきているのだ。

「群馬対策」を乗り越え、クラブの転機をJ1で!

第33節の町田ゼルビア、第35節のいわきFCなどザスパクサツ群馬の<3-3-2-2>に対し、ハイプレスで対抗する相手は増加傾向にある。特に用意周到だったのが、第34節で対戦したV・ファーレン長崎だ。

<4-2-3-1>で臨んだ長崎は、守備の際に1トップのフアンマ・デルガドとトップ下の中村慶太が群馬の3バックを高い位置で監視。天笠泰輝に左ボランチのカイオ・セザール、風間宏希に右サイドハーフ(以下SH)の澤田崇、川上エドオジョン智慧に左SHのマルコス・ギリェルメがマンマークでつく形を取り、徹底的な「群馬対策」を披露した。

群馬の3バックは前を向いた際、中盤3人が自由を奪われていたため、出しどころに困る結果となった。いつものようなパスワークを発揮できなかったことにより、思うようにリズムをつかめず、試合は1-2で敗れている。

ハイプレスまたはマンツーマンディフェンスをかいくぐるには、相手の狙いを逆手に取る策が必要となる。

大槻毅監督はすでに、リベロの城和隼颯による持ち上がりやゴールキーパーの櫛引政敏からのロングフィードといったプランを実行に移しているが、ボランチの風間にも期待したい。

足元のテクニックに優れ、正確なパスでタクトを振る風間は、ポゼッションに欠かせない司令塔。過去に川崎フロンターレ、FC琉球といった攻撃サッカーを展開するクラブでプレーした経験は、やはり頼りになる。

「群馬対策」が進む中、チームとしていかに風間にボールを触らせるか。大槻監督およびコーチ陣のアイデアが楽しみだ。

2試合消化が少ない(どちらも雷の影響により中止)状況ながら、J1昇格プレーオフ出場圏内の6位・ジェフユナイテッド千葉との勝ち点差は3。ここから厳しい戦いが続くとはいえ、クラブ史上初となるJ1昇格は現実的な目標だと言えるだろう。

得点源の長倉幹樹が7月下旬にアルビレックス新潟へ移籍しながらも、終盤戦で8位につけているのは、素晴らしいの一言に尽きる。

フロントは来シーズンから「ザスパクサツ群馬」のチーム名はそのままに、チーム呼称を「ザスパ群馬」に変更予定とアナウンスしており、エンブレムおよびロゴの変更、新マスコットの追加(現マスコットの「湯友」と共演していく)も併せて予定している。

クラブの大きな転機となりそうな2024シーズンを、J1の舞台で戦う。極めて理想的なシナリオを実現するためには、リーグ戦残り9試合がまずは重要となる。

クラブは19日に「ザスパクサツ群馬を応援して下さる全ての皆さまへ」というメッセージをリリースし、目標としていた「勝点50」を達成したことに触れたうえで、『リーグ戦は9試合を残しており、「クラブ史上最高順位」はもちろん「J1昇格プレーオフ圏内」でのフィニッシュを目指し、残るリーグ戦をさらに一丸となって戦って参ります。そして、クラブとして見た事のない「新しい景色」を、皆さまと共に創っていきたいと思います』と決意を新たにしている。

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対戦相手の「群馬対策」を乗り越えた先に、「新しい景色」が待っているはずだ。

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