CDOの履歴書|百戦錬磨のCIO/CDO 小山氏が進める「強くて、やさしいDX」ー関西最大級の小売グループH2Oリテイリングが目指す「コミュニケーションリテイラー」への挑戦

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最初から満点のTo-Be(あるべき姿)を目指さず、Can-Be(できること)から

エイチ・ツー・オー リテイリング(H2O)は2022年8月、同年春に完成し、低層階には阪神梅田本店が入居する大阪梅田ツインタワーズ・サウス(大阪市北区)に移転した。新オフィスは原則としてフリーアドレスとし、コラボレーションエリアやミーティングスペースを充実させ、部門・グループ・会社を超えた共創を促している。特筆すべきは、これらの取り組みに合わせて「ゼロトラスト」を導入したことだ。
(詳しくは、「H2Oリテイリングが手がける新たなビジネスモデルとそれを実現するためのDXの捉え方」を参照)

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エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 執行役員 IT・デジタル推進室長 CIO/CDO 小山 徹 氏

「『オフィスによってはLANケーブルが床を這っている状態なのに、いきなりゼロトラストですか?』という疑念の声もありました。しかし、今後も新型コロナウイルスのような感染症が流行し在宅勤務を余儀なくされることもあるでしょう。それであればいつでもどこでも業務ができる環境を整えておくことが大切だと考えました。若手従業員には好評です」と答えるのは、H2O執行役員IT・デジタル推進室長CIO/CDOの小山徹氏だ。

Google Workspaceなどのデジタルツールも導入し、それまで紙で配布していた給与明細もノートパソコンやスマートフォンで確認できるようになった。さらに、各社ごとに振られていた社員番号もグループ全体で共通IDとして統一した。これにより出向したり転籍したりしても共通IDを下に人材情報の一元管理ができるようになった。今後は、社員間の横のつながりも増すだろう。

このようなドラスティックな改革を、どのように進めていったのか。小山氏は「インフラとしてはゼロトラストや共通化を進めていますが、業務アプリなどは、特定のツールを押し付けるつもりはありません。最初から満点を目指さず、あくまでも従業員の利便性向上の観点から、ステップバイステップで進めています」と話す。

例えば、今回活用の是非が議論されたツールの一つに電子印鑑・決裁サービスがあるという。

「いっそ脱ハンコに進んでしまおうという意見もあったのですが、実現のためにはグループ全体のワークフローや決裁規定を変える必要があり、かなり大がかりになります。そこで『ハンコを押す』というフローを残しつつ、方法のみをデジタルにしました。当社ではよく『To-Be(あるべき姿)ではなく、Can-Be(できること)からやっていこう』と言っています。ペーパーレス化やデータ化など、まずはユーザーをある程度デジタル側に持っていく『デジタイゼーション』を行います。その後、データ化したもので業務を再定義する『デジタライゼーション』、さらに当社が目指す『コミュニケーションリテイラー』など、新たなビジネスモデルを実現する『デジタルトランスフォーメーション』へと、ステップを踏んで進め、それに合わせてマインドセットも変えていきたいと考えています」(小山氏)

グループ企業の共通基盤をつくり、バージョンアップさせる

「コミュニケーションリテイラー」とは、H2Oが2021年に発表した中期経営計画における2030年に向けた長期事業構想として示されたもので、“デジタル技術とリアル店舗を融合したお客様とのダイレクトなコミュニケーションを重ねることで継続的な強くて深い関係を築き上げ、それをベースにさまざまな商品やサービスを提供しビジネス化していくことで、お客様に「楽しい」「うれしい」「おいしい」生活をお届けし、地域とともに成長し続けていききたい”としている。その名の通り、社内外のコミュニケーション、すなわち「つながり」が重要になる。

出所:統合レポート2022(エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社)

すでに「コミュニケーションリテイラー」を具現化するプロジェクトも生まれている。H2Oのグループ会社であるエイチ・ツー・オー コミュニケーションNEXT株式会社は、スマートフォンアプリの「まちうま」を開発、2023年5月から大阪府の高槻市エリアでサービスを開始した。

エイチ・ツー・オー リテイリングのアプリ「まちうま」 (エイチ・ツー・オー コミュニケーションNEXT)

「まちうま」は、食に特化したコンテンツから料理や店舗などを発見し、お気に入りの店舗を記録したり、来店ポイントなどを集められたりするサービスだ。まさに「食」と「お客様」とをつなぐものだが、ローンチ後2カ月間で1万人を超えるユーザーが登録しているという。

「マネタイズ(収益化)ができるかどうかはさておき、まずはやってみようと始めました。というのも、これは(ユーザーの同意を前提に個人情報を収集する)オプトイン基盤のパイロットでもあるからです。百貨店や食品スーパーでも使えるオプトインの基盤を先につくったのです」(小山氏)

各社向けに個別最適でアプリを開発すると相応のコストが必要だ。それでいて費用対効果の評価も難しい。「であれば、グループ共通の基盤を用意して、バージョンアップやファームアップをすればコストも抑えられ、長く使えると考えています。満点は取れないかもしれませんが、基盤の上で改良すればいろいろなサービスが提供できます。もちろん、裏側ではセキュアになっている必要がありますが、表の部分は関西の企業らしく、手づくりでもいいと思います。そのあたりのバランスやアーキテクチャーはIT・デジタル部門で考えながらやっています」と小山氏は話す。

現場と本社をつなぐIT・デジタル人材を育成する

H2Oグループの中期経営計画では、百貨店事業における「OMOスタイルの確立」なども施策として掲げられている。店頭の商品を来店せずに購入(決済)できる独自のリモートショッピングサービスRemo Order(リモオーダー)もその一つだ。2020年春にスタートしたサービスだが、同年6月にはビジネスモデル特許も取得。現在、阪急阪神百貨店が運営する13店舗で利用可能で、ECサイトで取り扱いがない商品でも注文できるのが大きな特徴だ。さらに、既存顧客だけでなく新規顧客の比率も高まっているという。

Remo Order(リモオーダー)はご自宅や外出先から、スマートフォンでご注文できるリモートショッピングサービス(株式会社阪急阪神百貨店)

「何が何でもデジタルで完結させるというのではなく、お客さまの選択肢を増やすことが大切だと思います。『モノ消費』から『コト消費』へといわれていますが、お客様自身の消費のダイバーシティー化が進んでいます。ニーズにお応えするには個店ごと売り場ごとの『縦』方向ではなく、複数の店舗、複数の売り場をつなぐ『横』の連携が不可欠です。バイヤー、販売員などにもその意識が求められます」(小山氏)

実現のために、H2OではIT・デジタル人材の育成にも力を入れている。

「私が入社した2021年から販売スタッフ等をIT・デジタル推進室に出向させて座学研修やOJT(職場内訓練)などでシステム設計やアプリ開発などを学ぶプログラムをつくっています。年間10数人が参加しています。当部門で学んで各社、各事業部門のDXを進める人材として戻していきたいと考えています。すでに、ノーコードやローコードでアプリを自分で開発できるようになった人材もいます」(小山氏)

売り場とIT・デジタル、さらには経営の観点の知見を兼ね備えた人材が増えることは、そのまま企業の強みになっていく。IT・デジタル推進室から輩出される人材の活躍が期待される。

プログラム参加者の中には、スキルを身につけて外部のベンダーやコンサルティング会社などに転職した人もいるという。「育てた人材が転職してしまったとしても、当社グループのことをよく知っているわけですから、外部から当社グループのDXを支援してもらったり、将来的には外で得たもの(スキルなど)を当社に持ち帰ったりしてくれればいいと考えています」と小山氏は話す。

社員自身のダイバーシティーで「コミュニケーションリテイラー」を実現

「コミュニケーションリテイラー」を実現するためには、バイヤーや販売員なども含めて社員が意識を変えることが必要だと小山氏は明かす。

「お客様が『コト』で横に動いている中で、私はこの商品だけしか分かりませんと『モノ』中心の考え方をしていては、期待には応えられないでしょう。といっても全員がIT・デジタル人材にならければならないということではありません。一人一人の興味関心やスキルなどをつなぎ組み合わせて、グループトータルで『コミュニケーションリテイラー』を目指していくべきだと思います。多様性を認め、自身が進みたい方向を言える心理的安全性も必要です。組織もダイバーシティーが前提になります。そのためには、在宅で仕事ができるなど、働き方を選べる環境や制度の整備も必要でしょう」(小山氏)

かねてからH2Oグループでは従業員の異動希望などに関して丁寧なカウンセリングを行っていたが、その選択肢も広げているという。

「ある50代の部長職経験者で入社以来ギフト商戦担当一筋という人にIT・デジタル推進室のインフラ構築チームに来てもらいました。ITのことは分からなくても、長年ギフトを担当していたので百貨店や食品スーパーの担当者に顔が利きます。ユーザーコミュニケーションには最適な人材です」と小山氏。小山氏の入社以来、まさにIT・デジタル推進室を横串に、人材の流動化も進んでいるようだ。

興味深い出来事もある。
阪急阪神百貨店は2023年7月中旬から「走るデパ地下-阪急のスイーツ移動販売」本格始動した。百貨店に行きたいが、時間や距離などの制約があり行くことができない子育て中や高齢のお客様などに向けて、最寄りの地域までデパ地下スイーツを移動販売車で提供する事業だ。

「IT・デジタル推進室では、移動販売車の配車システムなどの支援を行いました。このような内製化に携わる人材を百貨店内で公募したところ20人以上の応募があったのです。その中から2人を厳選しました。いずれもITの知識はほぼゼロでしたが、2カ月で配車アプリをつくってしまいました」(小山氏)

IT・デジタル推進室にはアジャイル開発の経験が豊富なスクラムマスターがおり、サポートに当たったというが、それでも、参加した2人には大きな手応えとなったに違いない。「IT・デジタル推進室が、各社、各店舗の相談相手になれるといいと思っています」と小山氏。H2Oグループが目指すコミュニケーションリテイラーの実現に向けて、同部門の存在感も増している。

これまで見てきた通り小山氏は、CIOやCDOの一般的な役割を超えた活動にも積極的だ。

「私のロール(立ち位置や役割)は、経営として会社に横串を通すこと。実現には、デジタルテクノロジーが重要な役割を果たしますが、横串を通すために必要なことは、それだけではありません。デジタル以外の面でも果たすべき役割があると考えています」(小山氏)

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