【MLB】現代のバント職人 TJ フリードルの「処世術」

写真:現代では珍しくなった「バント職人」レッズのフリードル

過去20年間、MLBで大きく減少したプレーと言えば、その1つにバントがある。2004年頃にはリーグ全体でシーズン1700回前後記録されていたが、2022年には390回まで減少。今季はシーズン150試合ほどを終えた段階で403回と、非常に少ない状況が続いている。

ここまでバントの減少が進んだ最大の要因はセイバーメトリクスと呼ばれる野球に持ち込まれた統計学的な考え方だ。研究が進み、ランナーを進塁させるかわりに1つアウトを献上する送りバントは効率が悪いことが判明。両リーグDH制の導入や、投手レベルの向上で一発長打の重要性が向上したこともあり、終盤に1点がほしい場面でなければめったに使われることはなくなった。

また、自分も生きようとするセーフティバントも、長打が見込めないことから送りバントほどではないものの敬遠されてきた。近年、打者によって大きく守備位置を変える守備シフトが定着。これによってできた守備の隙を突く狙いで使われることもあるため、バント全体に占める割合は増加したものの、やはり総数としてはほぼ半減している。

そんなバント不遇の時代の中、セーフティバントを多用することによって武器の1つとしている選手がいる。レッズのTJ・フリードルだ。今回は、フリードルについて取り上げたデータサイト「Fangraphs」のChris Gilligan氏による記事も参考にしながら彼のプレースタイルについて見ていこう。

フリードルの成績を詳しく見る前に、まずは彼のキャリアについて簡単に触れておこう。フリードルは2016年にネバダ大学リノ校からアマチュアFA(ドラフト外)でレッズに入団した28歳。2021年にMLB昇格後出場機会を伸ばし、今季は中堅のレギュラーに定着した。

フリードルの武器は俊足を活かした広い守備範囲とベースランニングだ。ここまで142試合で外野守備につき、守備指標OAAは+5。リーグ平均と比較してチームの失点を5点減らしている。また、走塁では24盗塁を決めているほか524打席で併殺は0。フリードルはすでに規定打席に到達しており、もしこのまま併殺打がなくシーズンを終えれば、第二次世界大戦後では6人目の快挙となるようだ(Fangraphs調べ、短縮シーズン除く)。

もちろん、いかに守備力や走塁能力が高かろうともMLBで外野のレギュラーに定着するのは簡単ではない。だが、フリードルの強みは打撃でもある程度貢献を残せることにある。今季のフリードルはここまで152試合でOPS.779。リーグ平均を0としたときの打撃貢献を示すwRC+は105と、平均以上の打撃貢献を残している。

ここまで書けば、「走攻守揃ったいい選手じゃないか、何が問題なんだ」と思われる方も多いだろう。だが、スタットキャストの導入により打球の質が明らかになった今、フリードルの打撃に対する評価は「表面上」あまり芳しくないものになる。

たとえばフリードルの平均打球速度は86.4mphで、リーグ平均よりも2mph(3km/h)近く遅い。最大打球速度にしても107mphで、今季350打球以上が記録された113人の中では7番目に遅い。今季はボールの見極めが成長し、元々空振りの少ない打者でもあるためアプローチ面はまずまず優秀だが、それでも非力な打者という印象は受けてしまう。ここまでの好成績はたまたまではないか?と疑われても仕方ない内容に見える。

だが、これにはからくりがある。それがセーフティバントだ。バントは当然ながら非常に弱い打球に分類されるため、打球データ上では評価が低いものになる。ただ、ギリガン氏によれば今季のフリードルは32回中17回セーフティバントを成功させており、打率に換算すれば5割を超える。本来普通の打者では出塁できないような打球であっても、俊足で犠打の上手いフリードルであればセーフになるというわけだ。

写真:フリードルの打席時のツインズの守備。バントを意識してか三塁が前進気味

(ちなみに、フリードルは過去5年間でもっともバントヒットを決めた選手だ。次に多いのはコルテン・ウォン(2019)の11回である。いかにフリードルが突出しているかがわかる。)

加えて、バントの多用は平均の打球速度が下がってしまう要因にもなる。平均的な打球の速度が90mph前後なのに対して、バントはせいぜい40mphほど。打球とバントを混ぜて平均を取れば、どうしても打球速度は下がってしまう。もちろん決して打球が速いほうではないフリードルだが、平均の打球速度やそこから算出される指標を見てしまうと、実態以上に過小評価してしまうことになるだろう。

俊足、好守、そしてバント。長打力が重要視されがちな現代においては少し異端だが、自らの武器を最大限に活かしてレギュラーに定着したフリードルの「処世術」にこれからも注目してほしい。

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