サッカー選手は仮想空間で攻撃的になる VRによりプレーを再現、コーチが採点

仮想現実(VR)技術を用いて、サッカー選手にプレーを再現した一人称視点の3次元(3D)映像を見せると、同じ状況を三人称視点の2D映像で見たときよりも攻撃的な選択をする傾向があることがわかった。鹿屋体育大学の中本浩揮准教授、高井洋平准教授、幾留沙智講師、村川大輔助教と、山形翔太氏らの研究チームが発表した。この研究に関する論文はデジタル領域を中心に学術論文を広く掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開されている。

ドイツ戦の前半、勝ち越しゴールを決めて喜ぶ日本の上田⑨=ウォルフスブルク(撮影・蔵賢斗)

プレー中の「意思決定能力」とは?

攻撃力不足のイメージがつきまとうサッカー男子日本代表だが、現在はそうではないようだ。ドイツで日本時間10日未明に行われた親善試合では、ホームのドイツ代表を4-1と圧倒。強豪国と互角以上に戦えるようになった理由について、幼少期からクラブチームで技術を磨き、大人になってからは海外でフィジカルとメンタルを鍛えた選手らが増えたことを挙げる専門家もいる。

一方、大学などの部活動で、クラブチームと同じ水準の練習環境が整っているケースは少ない。特にチームメイトと対戦相手をフィールド上に配置して、パスやドリブルといった選択肢の中から最善のプレーを選ぶ「意思決定」のトレーニングを行うのは困難だと中本准教授らは指摘する。

意思決定に優れた熟練選手はプレー中の状況を素早く、正確に判断して、複数の情報をパターン化して認識することで次の展開を予測できるという。つまり意思決定は、周囲を見渡して情報を収集・抽出するプロセスと、複数の有望な選択肢を生成して最良のものを選ぶプロセスに支えられていると言える。

意思決定能力を育てる方法としては、プレーを一時中断して指導者が選手の判断を修正する指導法があるが、実現には設備や人員などのハードルがある。そこで、現実世界の制約に縛られずに仮想空間で意思決定のトレーニングができる3DVRが研究者から注目されている。ヘッドマウントディスプレーで見る3DVR映像は、装着者の動作と視覚的情報がセンサーで結びついているため、2D映像を用いたトレーニングよりも効果的である可能性が示唆されている。

同じシーンを選手視点で見た場合と高所から見た場合では、視覚的情報を求める目の動きなどが異なることが報告されている。だが、意思決定にどのような違いを与えるかはわかっていなかったことから、中本准教授らは視点と戦術的意思決定における選択肢生成の違いを調査した。

意思決定能力を評価

実験には同大のサッカー部員27人が参加した。個人の技術レベルはさまざまで、中には高校時代に全国大会に出場した経験がある選手もいた。

まず研究チームは、参加者らの意思決定能力を評価する実験を実施。ペナルティーエリア付近にオフェンスの選手、ディフェンスの選手、参加者の“分身“である選手が映った三人称視点の2D映像を見せた。その後、自分が“分身”の位置でボールを持ったら、オフェンス側としてどのようにプレーするかを「素早く正確に」回答するよう求めた。

2D映像の状況は2対1の場面が3パターン、5対3の場面が9パターンなど合計34パターンで、参加者は「ゴールに向かってシュートする」「特定の相手にパスを送る」「ボールをキープする」などと回答した。日本サッカー協会のライセンスを持つコーチ3人が各状況における最適なプレーについて話し合い、参加者を9人ずつ、意思決定能力が高いグループ、中程度のグループ、低いグループに分類した。

同じシーンを3DVRと2Dで

三人称視点の2D映像 (A) と、一人称視点の3DVRシーン (B) で提示された7対7のサッカーの状況

続いての実験では、参加者にヘッドマウントディスプレーを装着させて、選手視点でフィールド上に立つ3DVR映像を見せた。チームメイト、対戦相手、ボールなどは簡略化したコンピューターグラフィックスで表示された。

参加者が視聴したプレーの3DVR映像は合計20パターン。いずれも7対7の状況で、長さは約10秒間だった。各映像は自分がパスを受け取った時点で終わった。参加者は、その状況でボールを持ったときに行うプレーを可能な限り多く、口頭で回答することを求められた。

同様に、平面的な電子黒板にフィールドを俯瞰した2D映像を表示して、パスを受け取ったときに行うプレーを可能な限り多く回答させた。状況や、ボールと選手の動きは3DVR映像と同じだった。また、2D映像では、監督が作戦を説明するときに使うホワイトボードのように、チームメイトや対戦相手が丸や三角の記号で表されていた。

2種類の映像を見た参加者の回答を、日本サッカー協会のライセンスを持つコーチ2人が「ゴールやアシストにつながる可能性のあるプレーを2点」「状況を変化させる可能性のあるプレーを1点」「状況を変化させる可能性が低いプレーを0点」と採点して、各プレーの“質”をスコア化した。コーチ2人の判断はほとんど同じだった。

研究チームはこれまでの実験をもとに、意思決定能力の高さで分類された3グループが、3DVR映像と2D映像に対して回答したデータを分析して、合計6つのデータにまとめた。

参加者が回答したプレーの選択肢の数を調べたところ、映像の種類と意思決定能力のレベルにかかわらず約2.5個で、6つのデータに大きな違いはなかった。このことから研究チームは、3DVRと2Dによる違いは「選択肢生成に量的な差異を生じさせない」とした。

さらに、参加者の回答を0~2点で採点した結果からプレーの“質”を調べた。2D映像を見たとき、意思決定能力が高・中・低の3グループはいずれも約0.8点だった。一方、3DVR映像を見たときは3グループとも2D映像のときの点数を少し上回った。また、意思決定能力による点数の差は認められなかった。

各グループが2D・3DVR映像を見た際の、回答の数を表したグラフ(A)と回答の質をスコア化したグラフ(B)

実験の結果を受けて研究チームは、意思決定能力のレベルとは関係なく3DVR映像が「ゴールにつながる選択肢をより多く生成」すると結論づけて、まったく同じ状況を見ても映像の種類の違いが生成される選択肢の傾向に影響することを「最も重要な発見」だったとした。

攻撃的なプレーを選択するようになる理由については、3DVRでは情報を集める際に比較的大きな負荷がかかるため、優先度の高い情報に集中するようになり、結果的に攻撃的な選択肢が優先された可能性があるという。

中本准教授は「作戦ボードや高所から撮影した映像より、選手目線のVR映像の方がよりリアルに選手の意思決定能力を評価できることがわかりました。(VR映像による効果は)スキルレベルの影響を受けなかったことから、広いスキルレベル、年代で有効な意思決定能力の評価法として使えると考えています」と話した。今後は、ヘッドマウントディスプレーを装着している人の動きに合わせて仮想空間内で相手選手が動くVR環境を開発するなどして、VRをトレーニングに生かす研究をしたいという。

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