「隠れホームレス」の生活描いた映画「フロリダ・プロジェクト」。舞台になった格安モーテルはその後どうなった? 繁忙期の宿泊料は3倍、姿を消した長期滞在客【2023アメリカは今】

ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート=2018年3月、フロリダ州

 日本人観光客も多く訪れる米南部フロリダ州の巨大テーマパーク「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」。そのすぐ近くにある実在のモーテルを舞台にした映画「フロリダ・プロジェクト」は、2017年に米国で公開されると、貧困問題の現実を表した作品として批評家から称賛された。全米各地では住居を確保できず、路上生活一歩前の状態に陥った「隠れホームレス」は珍しくない。記者は今年8月、映画のロケ地や国道沿いのモーテルを訪ねると、インフレで苦しむ人たちの生活があった。(共同通信ワシントン支局 金友久美子)

 ▽「夢の国」の裏で暮らすシングルマザーと6歳の少女

米アップルのイベントに参加した俳優、ブルックリン・プリンスさん=2019年3月

 映画の主役は、夢の国ディズニー・ワールド近くの格安モーテル「マジック・キャッスル」で暮らす6歳の少女ムーニー。失業中のシングルマザーのヘイリーと2人暮らしで、お金に困り、たびたび週払いのモーテルから追い出されそうになる。そんな境遇でも、俳優ブルックリン・プリンスさんが演じたムーニーは、近所の友達といたずらざんまいの日々。遊びや冒険にたくましく駆け回る。貧困の現実とともに、生きることのまぶしい輝きを描いた。

 独立系映画監督のショーン・ベイカーさんは、母親役にインスタグラムで見つけた服飾デザイナーのブリア・ビネイトさんを抜てき。モーテル暮らしの経験のある子も起用した。子役の使い方で定評のある是枝裕和監督の「万引家族」と比較されることもある。

 映画の舞台となった「マジック・キャッスル」は実在のモーテルで、薄紫の外観がひときわ目を引く。2008年の金融危機をきっかけに、恒常的な住まいを確保できない「隠れホームレス」が増える中、その存在を知ってもらおうと、オーナーや住民らが撮影に協力したという。

マジック・キャッスルの場所にあったデベロッパー・イン=8月、フロリダ州

 ▽オーナーが代わり、モーテルは小ぎれいなホテルに
 今年8月、別の取材の帰りがけに、マジック・キャッスルを訪ねた。映画公開以来、ロケ地を見て回る日本人向けツアーが組まれるほど、話題になった記憶があったからだ。

 オーランド国際空港から車で30分ほどの場所には劇中で見覚えのある建物やプール、店舗が連なる風景があった。ところが、「マジック・キャッスル」は灰色に塗り替えられ、看板も「デベロッパー・イン」に。各部屋の扉の装飾や案内板も小ぎれいになっていて、雰囲気が一変していた。

 フロントの女性従業員に聞くと、オーナーが変わり、ホテルは改装されたという。この日の宿泊料金は68ドル(約1万円)。繁忙期は100ドルを超える。劇中の1泊35ドルから大幅な値上がりだ。映画で描かれたような長期滞在の宿泊客は今はいないと言う。

 「ただ…」と女性従業員は付け足した。「このあたりで家やアパートを借りるには今でもハードルがある。最初にまとまった保証金や保証人が必要だし。だから(隠れホームレス)状態の人がいなくなったわけではないと思う」

 地元メディアによると、オーナーが変わったのは昨年6月。当時モーテルで暮らしていた家族は即日の立ち退きを迫られたとされる。

エコノ・ロッジの軒下に置かれたビニール袋=8月、バージニア州

 ▽国道沿いに並ぶモーテル、軒下には服を詰めたポリ袋が
 全米の国道沿いの多くには、モーテルが立ち並ぶ一角がある。記者が8月中旬に訪れた米南部のバージニア州とノースカロライナ州の境にあるモーテル「エコノ・ロッジ」は1泊61ドルだった。ベッドにトイレ・バスダブ付きの、日本のビジネスホテルのようなつくりだ。日本円に換算すると1泊8千円を超えるが、この一帯では最安値の宿で、お湯は出たものの、テレビの電源はつかなかった。廊下の電源はちかちかと切れかかり、フロントで借りた小さなタオルは黒く汚れていた。

 到着したのは深夜だった。タオルを抱えて建物の階段を上ろうとすると、軒下にはポリ袋がいくつも無造作に積まれ、近くで女性がタバコをくゆらせていた。

 追い出されたのだろうか。泣きそうな表情が気になりながらも声をかけそびれ、女性はハンドバッグだけを手に、いつの間にか立ち去っていた。早朝、残されたポリ袋をみると服がぎっしりと詰められていた。

国道沿いに立ち並ぶホテル=8月、バージニア州

 ▽隠れホームレスの男性が語る大統領選
 女性を探して周囲をうろついていると、1~2カ月前からモーテルで犬と暮らしているアゼル・トーマスさん(24)と出会った。地元出身のトーマスさんは「いろいろな事情があって」住まいを追い出され、実家にも戻れない状態だと打ち明けた。工事などの日雇い労働で食いつないでいるという。1日200ドル稼ぐ一方で、モーテルに払う「家賃」は1週間で550ドル(約8万1千円)に上る。

エコノ・ロッジで暮らすトーマスさん=8月、バージニア州

 「犬が一緒だと料金が高くなって、とてもひどいよ。アパートの方が安くすむのはもちろん知っているし、今もアパートを探しているけれど…」とぼやく。ただモーテルには友人も暮らしているといい、悲観した様子はない。突然の日本人記者の取材にも「知りたいことがあったらいつもで訪ねてくればいいよ」と終始楽しそうだった。

 米住宅都市開発省によると、ホームレス状態だった人は2016年から増加傾向が続き、昨年1月時点で58万2462人に上った。保護施設で一時的に暮らす人の人数は含まれているが、モーテルや車中泊、知人や親戚の家を転々とする隠れホームレスはこの中に含まれていない。米国のホームレス支援者らは、他人の家に居候をしている「ダブルアップ」と呼ばれる人々の生活の脆弱性を問題視している。ダブルアップは推計370万人との研究もあり、米政府にホームレスの定義と支援策を広げるよう要請している。

 「あなた自身はホームレスだと思う?」。記者がトーマスさんに問うと、「家がないという意味ではそうだね」と即答。15年前の金融危機時に比べて、米国の経済状況は改善したのではないかとの質問には、しばらく考えた後に「インフレがひどくて生活費は高騰している。むしろ経済は悪くなっている」と断じた。

 2024年の次期大統領選についても雄弁に語った。「インフレで生活を苦しくしているバイデン(大統領)の経済政策は良くない」「トランプ(前大統領)は分かりやすいが、あれだけの事件で起訴されていたらもう無理だろう」。トーマスさんが一票を託せる候補者はまだ見つかっていないそうだ。

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