イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者とは何者か|石井陽子 米史上最年少の共和党大統領候補者にいま全米の注目が注がれている。ビべック・ラマスワミ氏、38歳。彼はなぜこれほどまでに米国民を惹きつけるのか。政治のアウトサイダーが米大統領に就任するという「トランプの再来」はなるか。

若き政治のアウトサイダー

「彼はとても有望な候補者だ」「彼は自分の信念を明確に述べている」

Twitter社を買収するなど、何かと世界の注目を集めているイーロン・マスク氏が、8月18日、X(旧Twitter)に先のように投稿した。イーロン・マスク氏がそこまで言うアメリカ大統領選候補者とは何者か。トランプの圧倒的独走で勝負は決まっているかに見える共和党予備選挙だが、注目すべきこの新しい候補者について紹介したい。

マスク氏が称賛するこの候補者は、米共和党から出馬したビべック・ラマスワミ氏である。両親はインドからの移民で、本人はオハイオ州で生まれた。実業家として成功を収めアメリカンドリームを体現し、38歳の誕生日を迎えたばかりの2児の父である。ミレニアル世代にあたり、米史上最年少の共和党大統領候補者だと自身の若さを強調している。政治家としての経験はない。その意味ではトランプ大統領誕生のときと同じだ。

突如現れたこの若き政治のアウトサイダーについて私が知ったのは、今年3月5日に海外向けに英語でYouTubeのライブ配信をしている最中だった。同日、トランプも参加した米保守派最大の政治集会「保守政治行動会議(CPAC)」が米メリーランド州で開かれており、その中でラマスワミが素晴らしい演説をしたと私の視聴者が教えてくれたのだ。

経営者でもあり普段から的確なコメントを投稿する視聴者の推薦だったので早速アーカイブを見てみると、非常に雄弁な討論者であることが即座に分かり、大変驚いた。ハーバード大学とイエール大学出身の実業家の彼は、公で話をすることに全く躊躇せず、プロンプターを使わず自身の言葉で、寧ろ滑舌良く食いかかるような勢いで、若さ溢れるスピード感と熱気をもって場の空気を盛り上げていっていた。とは言え、攻撃的なわけでも危機を煽るわけでもなく、現実主義的で前向きであり、時にユーモアを交える余裕も見せていた。その内容は「アメリカファーストに全力投球する」という保守の立場のもので、いわゆるホワイト・ギルト(アメリカ版の自虐史観)のようなものは一切ない。左派のイデオロギーによる攻撃で国家がアイデンティティ・クライシスに陥っていると訴え、「アメリカとは何なのかを再発見しなければならない」としてアメリカの復活を唱えている。

また、腐敗したFBIや教育省などの政府機関の閉鎖の必要性など、一見過激とも思える主張を、極めて論理的に次々と繰り出してくる。外交・経済においては対中国の意識が強く、例えば「中国から米国が独立するためには、一時的な犠牲を厭わず、中国共産党が倒れるか、もしくは劇的に改革されるまで、中国国内での米国のビジネスを禁止する意志が必要だ」「ヘンリー・キッシンジャーさん、悪いが実験は終わりなんだ」と述べ、会場が拍手喝采に包まれていた。

同時に、ラマスワミの思想のベースはトランプ氏の主張や動きと重なる印象を受ける。だが、彼はその点についての言及を忘れない。その演説の中でも、「私の良い友人であるドナルド・トランプ氏からインスピレーションを得た」「2015年から2016年にかけて、トランプ氏がアウトサイダーとして体制を揺るがした動きがなかったならば、今私はこうして大統領選に出馬していなかっただろう。それが事実だ」と述べている。大統領選挙の候補者としてはライバルになるわけだが、ラマスワミはトランプへの攻撃は一切しない。むしろ尊敬や感謝の言葉を述べている。

年齢が若すぎることや政界のアウトサイダーであることを踏まえると、ラマスワミは泡沫候補になるかと思いきや、2016年大統領選時に当初はキワモノ扱いされていたトランプが急浮上したことを彷彿とさせる勢いで伸びてきている。実は、今や共和党内で三番手にまでのし上がっているのだ。全国世論調査では、彼の数字が上昇している一方で、トランプを脅かす存在としてもてはやされているフロリダ州知事のデサンティス氏の数字は下降中だ。FOXニュースの新しい世論調査(8月11日〜14日)では、トランプ53%、デサンティス16%に対し、ラマスワミは前回の2倍以上の11%に上がっている。また、ラマスワミはデサンティスとの差を17ポイントから5ポイントにまで縮めている。デサンティスをすでに脅かし始めているのだ。

ここで、イーロン・マスクがX上で「信念を明確に述べている」として引用リツイートして称賛したラマスワミの主張を紹介したい。ラマスワミ本人が18日に箇条書きで投稿したものだ。

「真実。
1. 神は実在する。
2. 性別は2つある。(※筆者注:過激なLGBTQ運動に対峙)
3. 人間の繁栄には化石燃料が必要である。(※筆者注:再生可能エネルギー偏重ではなく、経済重視)
4. 逆人種差別は人種差別である。
5. 開かれた国境は国境ではない。(※筆者注:厳格な移民対策)
6. 子供の教育は親が決める。(※筆者注:左翼労働組合が牛耳る公教育の改革)
7. 核家族は人類が知る最大の統治形態である。
8. 資本主義は人々を貧困から救う。(※筆者注:高負担高福祉の社会主義は取らない)
9. アメリカ政府には4つの部門ではなく、3つの部門がある。
10. 合衆国憲法は自由を保証する歴史上最も強力なものである。」

メディアを席巻した「ラマスワミの十戒」

キリスト教の「モーセの十戒」になぞらえて、「ラマスワミの十戒」とのタイトルがアメリカのメディアを席巻した。もちろん、イーロン・マスクが称賛したことも多くの記事になっている。
その投稿に添付されていた動画は、8月12日のアイオワ州での演説の模様だったが、その日のことは別の角度からもニュースになっていた。実はその演説後に彼は、世界的に有名なラッパーのエミネムの「Lose Yourself」(2002年)という曲を見事に歌ってみせたのだ。たちまち話題になり、これには政治的立場が違うはずのCNNの現地の女性レポーターとスタジオの司会の女性も「彼は(ラップの歌唱が)成功したようですね」「個性を発揮していたようですね」と笑顔で紹介していた。これによって彼は論理的なイメージとともに、ギャップのあるお茶目な部分を披露したわけだが、同年齢の私は非常に親近感を抱いた。現地の同世代の有権者には尚更響いたに違いない。

現実主義的な外交政策

さて、日本人として気になるのは外交政策だが、8月18日、ニクソン大統領図書館で外交政策を発表した。この場所を外交政策発表の場所に選んだことにも大きな意味がある。40分程の演説の後、質疑応答が行われた。

まず根本的な思想は、ネオコンやリベラルの覇権の時代から、リアリズムと謝罪をしないアメリカ・ナショナリズムの時代へと導くというものだ。その根本にあるのはMAGA(アメリカを再び偉大にする)である。そのビジョンは現実主義であり、道徳主義ではない。ニクソニアン・リアリズムの復活を提唱する彼の外交政策の北極星(※筆者注:本人の言葉。目指すべき道標、中心となるものという意味か)を、ニクソン・ドクトリンと組み合わせたモダン・モンロー・ドクトリン(現代モンロー主義)と彼は呼んでいる。「他国の安全保障はそれぞれの国がまず自分で守るというニクソン・ドクトリン」を復活させた上で、「他国にはアメリカに手を出させない」現代モンロー主義。その例として、アメリカ本土内での中国の気球の飛行、キューバ等の中国の基地の存在、メキシコ経由での中国製のフェンタニル(※筆者注:違法薬物の一種)の流入をあげ、それらに屈しない姿勢を示した。

また、大統領に就任したときの外交における最初の成果として、アメリカの国益を強める形でウクライナ戦争を終わらせたいと言う。他国の国境を米国の兵力で守るのではなく、不法移民が押し寄せている自国の南の国境を守りたいという前提がそこにはある。そのためにも1972年に中国を訪れたニクソン大統領のやり方を真似たいというのだ。米国が直面したかつての冷戦は、中国相手ではなくソ連であった。毛沢東がブレジネフと戦略的な関係にあることが国際的社会でアメリカを脅かしていると認識したニクソンが、毛沢東を中ソ関係から引き離すべく中国を訪問した。その前提があったから、その後レーガン大統領が冷戦を終わらせることが出来たのだと彼は言う。

そしてソ連崩壊後の現在の脅威は、米国が依存している共産中国という敵になったと主張する。歴史は繰り返し、中露関係が再び米国にとって軍事的にも経済的にも最大の脅威になっていると彼は位置付ける。その認識であるため、ラマスワミは、プーチン大統領が中露関係を抜けることを条件にウクライナでの戦争を終わらせるのだと主張する。

共和党、民主党を問わず、外交のエスタブリッシュメントは、中国側にプーチンを切り離すよう嘆願しているが、実際にすべきことはプーチン側が習近平を切り離すようにすることだ、とラマスワミは言う。ビジネスと同様、外交におけるリアリズムでは皆が得るものがないといけないので、まず、ウクライナにはNATO加盟を認めない。そしてその見返りとして、プーチンには①中国との軍事協力関係を抜けること、②(リトアニアとポーランドに挟まれたロシアの飛び地である)カリーニングラードの核を撤去すること、③キューバ、ベネズエラ、ニカラグアを含む西半球でのロシアの軍事プレゼンスの放棄をさせること、を必要条件とするという。それが守られれば、大統領として初年度の2025年にはモスクワへ飛び、ニクソンが中国に対して行ったように、米露の経済関係を再開するとのことだ。互いのことは信用出来ずとも、互いが自国の国益を追求することは信用出来るという考えだ。

このシナリオでは結果的に、プーチンがウクライナの幾つかの部分を奪い取った状態が受け入れられることになるので、それを見た中国が台湾を取ってしまおうと考える可能性があることにも言及しつつ、しかし実際は逆になるという見通しを示している。というのも、ラマスワミの見方では、現在米国はロシアを中国側に押しやっている。

つまり、中国は、それにより接近した中露両国との衝突をアメリカが避けたいと見るはずである。従って、それを逆手にとって、ロシアを中国から引き離す形にしてしまえば、中国は台湾侵攻について再考が必須になるはずだというのだ。なので、戦争なしに習近平国家主席による台湾侵攻を阻止する一番の策は、中国からロシアを引き離すことだという。

台湾政策で大胆な訴え

また台湾政策については、初年度に、台湾を軍事的に防衛するかどうかについての「戦略的曖昧さ」を、「戦略的明瞭さ」に変えるという。これはかなり大胆な訴えだ。米国が半導体で自立する前に中国が台湾へ侵攻すれば、米国は台湾を防衛するという。それを赤裸々に公で言うべきかの議論はあるが、ラマスワミは、堂々と素直に世界に伝えることこそが国益にかなうことであり、大統領としての道徳的義務であるとの考え方を示している。そうすれば諸外国も信頼してくれるだろうと。

全体的な方向性から具体的で現実的な政策まで理路整然と説明するラマスワミの演説のライブ配信のチャット欄には、アメリカの独立宣言が行われた年である「1776」の文字が踊っていた。在日米国人である私の友人も「政府はいらない、アメリカには今革命が必要だ」と日常的に真面目な顔で発言する程なので、文化的にも認識としても保守派のアメリカ人の間では革命が必要だとの意識が近年の間に盛り上がっているように感じる。

ラマスワミもいつも演説の中で「漸進的な改革を望むのか、それとも革命を望むのか」という問いを繰り返しつつ、任期もなく腐敗の進んだFBI、IRS、ATF、CDC、NRC、教育省といった政府機関を閉鎖し、「我ら人民」の手に取り戻し、立憲連邦共和国の在り方を復活させることや、官僚組織の改革は不可能な次元なので、自分は改革よりも革命の立場を取ると毎回のように宣言している。

中国共産党・LGBT・真実を語る愛国者

時として過激な印象も否めないラマスワミであるが、現実主義とのバランスが絶妙である。例えば、対中国の意識は強いながらも、ハーバード大学時代の交換留学生としての香港在住経験、そして中国本土でのビジネス経験があり、中国共産党と中国市民は分けて考えるとして、白紙革命にも言及している。
また、LGBT関連についてマスコミに聞かれた折には、自由は平等な権利との前提を示した上で、「少数派による暴政には反対」との言い方をしていた。その動画のコメント欄には切り返しが見事だとの称賛で溢れていた。

これは他の候補者との差異を際立たせるためにも、否定的な態度を取らないようラマスワミが意識しているからと思われる。というのも、8月17日のFOXニュースの報道によると、こんなコメントもしている。

「共和党にはプロの政治家がいて、他の候補者への攻撃を自分のメッセージの代わりとして使うことがあります。私は、他の候補者を攻撃するのではなく、自分のメッセージに重点を置いてこの選挙に参加しています」「実際のところ、私はアウトサイダーです。プロの政治家ではありません。私たちは、あらかじめ用意されたセリフと何百万ドルもの資金で支持されるスーパーPACの操り人形を選ぶか、私の場合のようにアウトサイダーを選ぶかの二者択一を迫られていると思います。私は自分のことを、真実を語る愛国者だと思っています。」

副大統領としての登用も

現在、世論調査を見てみると、言うまでもなくトランプの支持率が圧倒的に高い。しかし、同時にFOXニュースによると、共和党支持者は現状MAGAベース(主にトランプだが、ラマスワミも含まれる)が37%だが、『意見を変えられそうな人』が37%、トランプ不支持も25%となっている。トランプが民主党側の選挙介入により司法を使って攻撃される中、それが吉と出るか凶と出るかは現段階では何とも言えないが、ラマスワミには2016年大統領選時のトランプ氏のように、アウトサイダーならではの強さがあるのを再度強調しておきたい。

今回の大統領は無理でも、副大統領ならあり得るのではないか、寧ろトランプを立てている点を踏まえるとそれを狙っているのではないかという見方も出来る。副大統領候補としては、保守派からは米中間選挙においてアリゾナ州知事選に出馬したカリ・レイク氏への期待も高い。だが、共和党支持者の中でトランプやその周りを巡って意見が分かれている点にも注意したい。

ラマスワミに対しては「若過ぎるから次回まで待て」という声も多いが、アメリカ国内では、高齢のバイデン疲れや、前回の大統領選の繰り返しへの拒絶感も見られる。

イーロン・マスク「ビべック(ラマスワミ)はますます有力候補になりつつある」

トランプの裁判の行方も気になるところだ。様々な側面を持つ米大統領選はまだまだこれからだが、日本がトランプ政権誕生を見極められずに十分備えられていなかった過去を踏まえると、ラマスワミの動向についてもきちんと今から精査しておかなければと思う。

これから討論会が重ねられるごとにラマスワミへの支持は増えていくのではないかと私は予想している。実際の予備選挙が始まるのはまだ来年のことだが、ラマスワミには注目しておいてほしい。2016年大統領選挙におけるトランプ大統領誕生の折に私は、「まさかの衝撃に備えよ」と題して同年2月にはトランプ当選の可能性について公に論文を発表した。アメリカ国内の空気感を伝えたかったからだ。この時点でトランプ当選の可能性について日本で公的に出ていたものを私は知らない。そしてトランプを非常に強く応援した。今回のラマスワミにも同じような空気感があることを感じている。

3月にYouTubeのアメリカ人視聴者から教えてもらって以来、ラマスワミには注目してきた。私の視聴者は圧倒的にトランプ支持者ばかりなのだが、その人たちの中でも、ラマスワミは好意的にずっと話題になっている。そして、ここにきて既に頭角を現し始めている。

イーロン・マスクが何度もラマスワミを称賛してポストしている。8月19日にはこう投稿した。

「ビべック(ラマスワミ)はますます有力候補になりつつある」

石井陽子

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