Jリーグから世界で活躍!日本から欧州へ移籍して活躍した外国籍選手3人

Jリーグが開幕してから30年が経過し、さまざまな外国籍選手がプレーした。

ジーコ、ドラガン・ストイコヴィッチ、アンドレス・イニエスタのように象徴的な活躍を見せたビッグネームもいれば、Jリーグクラブから世界で活躍した外国籍選手たちもいる。

今回Jリーグクラブに所属後に、ワールドクラスの活躍をした3選手を紹介する。

母国とイタリア、ドイツで得点王に輝いたストライカー

マルシオ・アモローゾ

現在:引退

国籍:ブラジル

所属したJリーグクラブ:ヴェルディ川崎(現、東京ヴェルディ)

ポジション:センターフォワード

Jリーグクラブから輩出したトピックスでまず話題に挙がる選手でアモローゾは外せない存在だ。1992年にブラジルのグアラニから期限付き移籍でヴェルディ川崎に加入したアモローゾは外国籍選手枠の関係で公式戦に出場することができなかった。

失意の中、母国ブラジルに戻ると1994年にブラジル1部リーグで26試合19得点の大活躍で得点王に輝いた。その後、イタリア1部ウディネーゼ、ドイツ1部ドルトムントでリーグ得点王となり、ブラジル代表でも19試合9得点と結果を残した。2011年に現役引退を発表した。

日本に来た際は日本人への帰化を見据えて、日本語の学習に取り組んでいたという。もしアモローゾが日本代表選手として活躍していればと思うと、大きな損失になってしまったかもしれない。

フィジカルモンスターといえばこの男

フッキ

現在:アトレチコ・ミネイロ

国籍:ブラジル、ポルトガル

所属したJリーグクラブ:川崎フロンターレなど

ポジション:センターフォワード

2005年にブラジルのヴィトーリアから期限付き移籍で川崎フロンターレに加わったフッキも、アモローゾと同じように来日当初は出場機会に苦しんだ。川崎ではジュニーニョ、マルクス、アウグストと実力者がいたため、中々出場することが叶わなかった。

2006年に川崎へ完全移籍してからはコンサドーレ札幌(現、北海道コンサドーレ札幌)でJ2リーグ戦38試合25得点、東京VではJ2リーグ戦42試合37得点(得点王)と強じんなフィジカルを生かしたプレーでJ2クラブを恐怖のどん底に叩き落した。

その後はポルト、ゼニト、セレソンでも結果を出し続けたフッキは現在母国に戻ってアトレチコ・ミネイロでプレーしている。素行に問題がある点は語り継がれており、2008年のJ1第6節FC東京戦で退場処分を受けた際にテレビカメラに向かって「Jリーグ無理」と吐き捨てたエピソードは有名だ。無理とは言わずにJリーグに復帰してほしい。

酸素タンクと称された無尽蔵の運動量

パク・チソン

現在:引退

国籍:韓国

所属したJリーグクラブ:京都パープルサンガ(現、京都サンガF.C.)

ポジション:攻撃的ミッドフィールダー

韓国では平凡な選手だったというパク・チソンは、2000年にミョンジ大学校から京都へ加入すると才能を覚醒し始める。加入初年度はJ1で控えとして出場したが、J2に降格した翌シーズンは豊富な運動量とゴール前に積極的に絡む攻撃センスでリーグ戦38試合3得点でJ1復帰の原動力となった。

その後J1でもリーグ戦25試合7得点と活躍したシーズンでは、2002年ワールドカップ日韓大会で韓国代表のベスト4入りに貢献した。実力が認められる形で同年にオランダ1部PSVに移籍し、2005年には世界屈指の名門マンチェスター・ユナイテッドに加入した。2014年に現役引退。

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豊富な運動量で献身的にピッチ上を駆け抜けるスタイルはイングランドで「オキシジェン・タンク(酸素タンク)」と称された。人格者でピッチ内外の振る舞いは紳士そのもの。国内外から尊敬を集める韓国のレジェンドは、引退して9年が経過したいまでも日本のファンから愛されている。

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