【大人のいじめ】「おたくのせいで…」ベランダに包丁投げ込まれ…10世帯の集合住宅で起きた“現代の村八分”

いじめが起きるまでは、人付き合いも盛んな良いアパートだったというが…(ゆらぎ/PIXTA ※写真はイメージです)

今年6月、大手引っ越し業者で、男性社員が運搬トラック内で全裸にされ、縛りつけられた上に荷物を固定するためのゴムで叩かれていたという壮絶な「大人のいじめ」が発覚。一連の様子を撮影した動画がSNSなどで拡散され、騒動となりました。

厚生労働省が公表した「個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和4年度)によれば、民事上の個別労働紛争の相談として「いじめ・嫌がらせ」に関するものが6万9932件に上りました。これは他の「自己都合退職」「解雇」などの相談と比べても特に多く、職場で「大人のいじめ」が横行している証左となっています。

しかし「大人のいじめ」は職場内だけに限りません。被害者の声から、その実情を探ります。

※この記事はNHKディレクター木原克直氏による書籍『いじめをやめられない大人たち』(ポプラ新書)より一部抜粋・構成しています。

(#2に続く/全5回)

居心地のよい住環境に響く“異音”

「大人のいじめ」が起きやすい場所の特徴のひとつに「人間関係が固定化し、逃げられない」ことがある。

職場以外でこうした環境が作られやすいのが、近所付き合いが密な集合住宅である。

東京の郊外に住む金子さん(30代女性・仮名)は、2人の子どもと3人で築20年のアパートに住んでいた。小さなアパートであったが日当たりはよく、1階の住居には15畳程度の庭もついているなど、よい物件だった。10世帯が暮らすアパート内の人付き合いも盛んで、居心地のよい住環境だった。

いじめが起きるまでは。

建築から20年という経年劣化のためだろうか、ある時期より、どこかの家で洗濯機を回したり、洗い物をすると、その振動に反応するように床下から「カンカン」と異音が響くようになった。金子さんによると、「消防自動車のカンカンカンという音を小さくしたような音が、夜中から夜明けまで200回以上聞こえた」という。

どうやら排水管のどこかに異常があるようだった。その音は金子さん宅の室内で特に大きく響くが、音が全く聞こえないという人もいて、生活への影響は家庭によってまちまちだった。

しかし、金子さんにとっては深刻な問題だった。深夜でも、どこかの家で家事を行なっているのか、カンカンという音が響き、眠れない日々が続いた。

異音調査で住民の「ルール違反」が続々発覚

このままでは体がもたないと考えた金子さんは、アパートの管理会社に連絡。原因究明と解決を求めると、全世帯の居住状況を確認することとなった。

アパートの管理会社の担当者が部屋を訪れ確認したところ、たしかに床から異音が聞こえてきた。そこで各家庭への立ち入り調査が行われたが、原因は最後まで分からずじまいだった。

しかし、この調査によって予期せぬことが起きた。アパートの居住者の様々なルール違反が明らかになったのだ。

たとえば、アパートの庭では「ネズミなどが出るため家庭菜園は行なってはならない」というルールがあった。ところが、管理会社が確認したことで、とある夫婦が庭で家庭菜園を行なっていたことが発覚した。

また、根本的な原因が解明できなかったことから、「夜間は家事を行わない」というルールがアパートに設けられた。

こうしたルール変更に伴い、生活スタイルの変更を余儀なくされた住民もいて、彼らの間で不満が溜まった。その不満の矛先が、管理会社への調査を訴えた金子さんへと向かうことになった。

逆恨みからはじまった“嫌がらせ”

アパートのルール変更をきっかけに、様々な嫌がらせが始まった。金子さんや金子さんの娘に対する根も葉もない噂が広められるようになり、その後「金子さんの退去を求める」という文書が管理会社に届いたのだ。

そこには、アパートに暮らす全住人の名前が署名されていた。文書がパソコンで作成されたもので押印もなかったため、おかしく思ったアパートの管理会社が各世帯を一軒ずつ回り確認。すると、居住者に野菜を配っていた夫婦が「名前を貸してくれ、と言われたので承諾した」と答えた。

しかし、そう言っていた夫婦が実は、首謀者だったのだ。彼らが周囲を巻き込むことで、他の住人からも挨拶を無視されるようになった。また別の70代の老夫婦からは、すれ違いざまに「おたくのせいで、こんなに大騒ぎになった」と嫌みを言われたり、当時小学生だった子どもたちも住人に怒鳴られるなど、身の危険を感じるほどになっていた。

金子さんに対するいじめに積極的に加担しない住人でも、野菜を配る夫婦や70代の夫婦など「声の大きい人」に逆らうと、面倒が降りかかるのではないかと恐れ、無視や署名に手を貸したようだった。こうした状況に、金子さんは「人は長いものにまかれる」「現代の村八分だ」と感じたという。

ベランダに包丁も警察は「対処できない」

このような生活のストレスから子どもたちは循環器の病気を患い、学校での体育の授業などにも出席できなくなってしまった。また、金子さん自身も急に脈が速くなる発作を持病として抱えるようになってしまった。

中でも、金子さんが特に強い恐怖を感じたのが、ベランダに包丁を投げ込まれたこと。さすがに身の危険を感じ警察にも届け出たが、警察からは「現場を取り押さえないと対処できない」と言われてしまった。弁護士などにも相談したが、証拠がなければ解決が難しく、引っ越しを勧められたという。

これだけの嫌がらせを受けながらも、犯罪にならないことに理不尽さを感じ、「大人になっても、こんな子どもじみたいじめをする人がいるのか」と衝撃を受けたという。

騒音のトラブルから1年経っても、直接的・間接的な嫌がらせが続き、金子さんは引っ越しを検討し始めた。お金を工面する目処が立たず、途方に暮れていたところに、救いの手が差し伸べられた。1年以上、住人間のトラブルの間に入っていたアパートの管理会社の担当者が、会社と掛け合い、引っ越し費用を負担してくれることになったのだ。その後、金子さんは引っ越しを行なった先で平穏に暮らすことができているという。

(#2に続く)

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