「悪いコーチは子供を壊す」試行錯誤を続けるドイツサッカー“育成環境”への期待と問題点。U-10に最適なサイズと人数とは?

世界の最前線だと評価されているドイツの育成環境も、ドイツサッカー連盟を中心に試行錯誤しながらリニューアルを繰り返している。A代表同士の戦いでドイツ代表を相手に2連勝を飾った日本の育成環境も日々進化を遂げているが、「育成の成功だ」とあぐらをかいていたら再び世界に置いていかれることになる。いままさに現場でプレーしている子どもたちにとって最適な育成環境を求める取り組みは常にリフォームし続けなければならない。自身も長年ドイツの指導現場に立つ中野吉之伴氏が、ドイツの育成現場のリアルな声を伝える。

(文=中野吉之伴、写真=アフロ)

大人の当たり前は子どもの初体感の可能性も

「大人のサッカーと子どものサッカーは違う。そして子どものサッカーと中・高校生年代のサッカーもまた違う」

これは筆者がドイツでB級ライセンス講習会を受講した時に指導教官から聞いた話だ。

身体の作りも、心の成熟さも、そのスポーツと向き合った時間も機会も、大人と子どもとではまったく違う。小学校1年生と高校1年生もまったく違う。

大人にとっての当たり前は子どもにとっての初体感だったりする。

だからこそ、経験を積み重ねている最中である子どもたちには、大人の「アタリマエ」に邪魔されない、子どもだけの空間と機会が成長と成熟に必要なのは間違いない。

世界各地のサッカー連盟・協会の取り組みを観察していると、育成年代の試合環境を最適化することに余念がないことがよくわかる。特にここ最近はサッカーを始めたばかりの幼稚園児や小学校低学年におけるサッカー環境整備のスピードが速く、変化がとても大きい。

子どもたちがサッカーというスポーツを楽しむための人数や、コートのサイズ、ゴールの大きさや数はどうあるべきかを議論し、それを現場レベルに落とし込んでいく。スタートにあるのは「子どもたちが安心に安全に健全に成長するための環境をどのように最適化することができるのか」というプレーヤーズファーストの信念に他ならない。

悪いコーチは子どもを壊す。指導者なしでサッカーをしたほうが…

ドイツサッカー連盟(DFB)では育成年代における試合形式のさらなるリフォームを推進しており、7月にドルトムントで開催されたドイツ国際コーチ会議では改めて「なぜそうしたリフォームが必要なのか?」「子どもたちにとって必要な環境とはなにか?」についての講義があった。壇上に立ったのはDFBプロジェクトチーム主任のマルクス・ヒルテ。テーマは「子どもたちのサッカーのエボリューション」。

「レボリューションではなく、エボリューションです。変えて終わりではなく、長期的なプロセスとして考えていきたいと思っています。思い返してみてください。ドイツサッカーでは昔はEユース(U-10/U-11)がスタートでした。当時はまだ11対11でサッカーがされていましたよね。でもそれは子どもたちに適した形ではなかった。そこからU-13以下が9対9となり、U-11以下が7対7と整理されました。2020年以降はドイツ各所で2対2〜5対5のスモールサッカーに取り組んでいるところが増えてきているのはうれしいことです。ただまだ浸透しているとはいえない。いまでも小学校低学年で7対7の試合が行われているのが事実なんです。だからこそ試合形式の変革がいま必要不可欠になります」

2024-25シーズンからドイツではU-6/U-7で2対2と3対3、U-8/U-9で3対3と5対5、U-10/U-11で5対5と7対7の併用での試合形式へのオフィシャルな変革を発表している。2対2や3対3はミニゴール4つでシュートゾーンを設けて行われるフニーニョという試合形式だ。

なぜ変革が必要なのか? なぜ7対7ではダメなのか?

ヒルテは「きっかけは子どもの試合の中にあります」と話す。客観的に子どもたちの試合を見てみると、ボールやゲームに関われない選手がどれほどたくさんいるかがよくわかる。スクリーンに映し出された試合映像にはゴール前でぽつんと立っているDF役の子どもたち、ボールに触れないけど走り続けることを強要される子どもたち、待てど暮らせど出番がこないベンチの子どもたちの姿が映し出される。ヒルテは会場の指導者に問いかける。

「果たしてこのうちどれくらいの子どもたちが3~5年後もサッカーをしているでしょうか? 彼らに『サッカーって楽しいだろ?』と言えるでしょうか?」

そしてアーセン・ベンゲルの言葉を引用した。

「昨年、フライブルクで行われたドイツ国際コーチ会議でアーセン・ヴェンゲルがこう話していました。『悪いコーチは子どもを壊す。そうしたコーチに当たるくらいなら、子どもたちにとって指導者なしでサッカーをしたほうがよっぽど成長する』と」

この指摘は非常に興味深い。というのも、サッカーやスポーツへの結びつきを子どもたちに持ってもらうことの意味がこれまで以上に大きくなってきているからだ。

U-10前後でサッカーをやめる子どもたちが多い。なぜ?

ドイツ国際コーチ会議にはオーストリア代表監督のラルフ・ラングニックも特別ゲストとして参席していた。代表監督とクラブ監督の違い、代表監督としての仕事の本質、スポーツディレクター時代の経験の意味など興味深い話が多くされる中、司会役から「タレント育成の話に移りましょう。タレント育成において、本質的なキーファクターとはなんでしょうか?」と聞かれるシーンがあった。

「サッカーにおける本質的なものを僕らはストリートや空き地で学んだ。子ども時代はクリエイティブでなければいけなかった。そうした場所を自分たちで作り出さなければいけなかったから。いまドイツの街を散策すると、当時よりも多くの整えられた公園やサッカーコートがある。それなのにそこでボールを蹴る子どもたちがほとんどいない。だからこそ今日では、当時の空き地やストリートサッカーにあった要素を、クラブや育成トレーニング、あるいは学校スポーツに落とし込むことがこれまで以上に大切になっている」

子どもたちのスポーツ離れの傾向は世界中で見られている。身体を動かす楽しさ、仲間と一緒に過ごす喜び。そうしたスポーツの持つ楽しさ、素晴らしさ、かけがえのなさを自然と感じられる環境をつくっていくことが必要になる。

そのために必要なことはなんだろう?

バイエルンで長年アシスタントコーチとして活躍したヘルマン・ゲーランドは次のように話す。

「最適なサイズと人数でシンプルなルールでサッカーをする。子どもにとってそれ以上に適した環境はない」

DFBではそうした子どもたちのためにフェスティバル形式の大会を増やそうと思案し、変革を促している。「サッカーが楽しい!」という気持ちが芽生えてきたら、「もっとうまくなりたい!」という意欲も出てくるのではないだろうか、と。

統計ではすでに危機感を持つべき数字が出ている。実際にU-10前後でサッカーをやめる子どもたちが多いのだ。なぜ? 答えはシンプルだろう。彼らにとってサッカーが楽しくなかったからだ。大人のサッカーが頭にこびりついている指導者が今でもたくさんいることの弊害。子どもたちは指導者の自己満足の勝利や、戦術のための駒ではない。

DFBプロジェクトチーム主任ヒルテは、子どもたちがサッカーに夢中になれることがなにより大事だと強調する。 「サッカーを始めた子どもたちがすぐに『サッカーって楽しいね!』と思える経験ができるかどうか。そうやってサッカーに夢中になれるかどうか。それが子どもたちが将来的にサッカーに残るかにとって最も重要な要素です」

大きな声を出す保護者や、声を荒げる指導者がいない

リフォームには当然時間が必要になる。各地の指導者の理解を得られなければならない。だからDFBはじっくりと10年以上かけて準備を重ねてきた。

フニーニョや小人数制サッカーのプレフェスティバルを何度も何度も行った。そしてリフォームの目的と意義を現場の人に伝える作業を繰り返してきた。最初に開催されたパイロットプロジェクトは2011年までさかのぼる。

大会を開催するには数多くのミニゴールが必要になる。そのためDFBは地方サッカー協会と協力してミニゴールを「将来への試金石」として数多くのクラブに寄付。U-11まではリーグ戦を廃止して、複数チームでのフェスティバル形式に移行しようとしている。そのための専用アプリも作成。マッチメイクがとてもシンプルでフレキシブルにできるようになっている。

新しくDFBダイレクターに就任したハネス・ヴォルフは「小さめのサイズで4対4でゲームをしたら、それぞれの子どもは200回以上のボールコンタクトができる。でも大きめのサイズで8対8をしたら50回以下になってしまう」と少人数サッカーのメリットを説明していた。

地域によってはそうしたフニーニョ大会、フニーニョと少年ゴールでの5対5形式を併用したフェスティバルをすでに採用しているところもある。先日、試合会場を訪れる機会があったが、とても穏やかな雰囲気で各試合が展開し、子どもたちはみんな楽しそうだった。ミニゴール2つのフニーニョでも、少年ゴールでの5対5でも、子どもたちはみんなサッカーを楽しんでいた。大きな声を出す保護者はいない。声を荒げる指導者もいない。それが子どもたちの安心につながっている。

「勝たなくてもいいということ?」ラングニックの警鐘

一方でリーグ戦を廃止することへの疑念の声もある。勝敗へのこだわりすぎを避けようという措置ではあるものの、「勝たなくてもいいということ?」「他チームと競い合うことがそんなに悪いこと?」との批判的な声も少なくない。

前述のラングニックもこの点には警鐘を鳴らしている。

「ドイツ各地の州サッカー協会から『6歳から12歳までは勝ちか負けかにこだわらずにサッカーをさせます。順位表もなしです』という話を聞くと言葉を失う。どんな結果が待っているかが見えるからだ。8歳のある子が『今日どんな試合をしたかは関係ないよ。ゴールを決めた選手も何も言われない。順位もないんだ』と。

そんなことを子どもから聞くことになって、それでもまだすべてが大丈夫だと言えるだろうか?

これまでの50年間を振り返って、自分たちが本当の意味で良かったものは、まさに『勝ちたいという意思』『勝者のメンタリティ』ではなかったのか。6歳から12歳までのゴールデンエイジの子どもたち自身が『勝ち負けは関係ない』と言う環境で育つことが本当にいいことなのか?」

ここは程度と解釈の問題でもあり、各地域の指導者の本質の理解度が求められる部分だろう。前述のヴォルフはそうした指摘を受け止めた上で次のように語る。

「試合は必要なものだし、いつでもどこでもみんな試合がしたい。3対3のゲームでもプレーしている子はみんな勝ちたい気持ちでプレーをしている。新しいゲーム形式では子どもたちのパフォーマンスが要求されるものだし、試合のサイクルが早いのですぐに勝った、負けたのフィードバックが得られることが成長にもつながる」

DFBにしても「試合に勝たなくてもいい」「勝負は度外視」と発信しているわけではない。そうではなく、「サッカーというスポーツに子どもたちが集中できる環境をつくろう」としているわけだ。フニーニョだけをやるべきだとも言っていない。あくまでもベースとして育成における考え方を共有しよう、と。勝者のメンタリティも大事だが、そもそも「サッカーに夢中になる」というベースを築けなければ、選手育成がどうこうの話はできない。

例えばオーストリアサッカー協会ではすでに2022-23シーズンからU-12までのリーグ戦の順位表を廃止しており、同じような取り組みをしている国は増えてきている。

日本においても急ピッチで整備が進められるべき案件だろう。子どもたちの安心・安全・基本的人権を守り、サッカーの楽しさと触れ合うことができ、チームでプレーする喜びを実感し、そして彼ら・彼女らが健全に成長できる環境づくりは、これからの将来に向けて欠かせないはずだ。

<了>

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