「憎悪の連鎖」は断ち切らなくてはならない――映画『“敵”の子どもたち』

©Rena Effendi

スウェーデンのミュージシャン、パトリシオ・ガルヴェスは、ISIS(Islamic State of Iraq and Syria:イラク・シリアのイスラム国)の思想に染まった娘のアマンダをシリアの掃討作戦で亡くし、残された彼女の7人の子どもたちは、避難民キャンプにいると知った。パトリシオは孫を帰国させようとするが、政府も国際支援機関も動いてくれない。「問題が複雑で協力できない」からだ。それでもパトリシオは「娘は助けられなかったが、孫は救える」と決意し、シリア国境近くのイラクに向かう――。ドキュメンタリー映画『“敵”の子どもたち』は、祖父が戦争の犠牲になった孫を救う物語だ。同時に宗教や人権など多くの問題を提示し、「憎悪の連鎖」は断ち切らなくてはならないと警鐘を鳴らす。(松島香織)

パトリシオの娘・アマンダは10代の時に母親と共にイスラム教に改宗し、ISISの急進的な思想に染まりシリアに渡っていた。ISISには世界40ヵ国から4万人が参加しているという。アマンダの夫もスウェーデン人であり、ISISの思想を世界に広め“戦闘員”を集める特別な立場にあったという。結婚は組織からの命令であり、アマンダはそれを受け入れたのだと、パトリシオは淡々と話す。そして「娘が幸せなら改宗してもよかったのだ」と呟く。

シリア北東部にあるアルホル避難民キャンプの収容人数は9000人だが、8万人が収容されており、そのうちの80人がスウェーデン人の子どもだ。キャンプにいるのはほとんどが女性と子どもで、飲み水やトイレが慢性的に不足し劣悪な環境にある。また映画では描かれていないが、ISISの思想を頑なに信じ続けている人もおり、暴力事件が起きたり、ISISの組織化を促す温床ともなっている。

フリーランスエイドワーカー(援助活動家)の高遠菜穂子氏は、その状況を「アルホル難民キャンプの子どもたちは、『ISの幼獣』と呼ばれている。このままでは数年後に爆発する『時限爆弾』だとも言われる。しかし、誰も起爆装置を外そうとしない」と評している。こうした現状が「元ISISの女性」「ISISの子ども」の帰国を遅らせる理由となるのは明白だ。

孫を帰国させるには、まずスウェーデン政府とクルド自治政府の合意が必要だ。政府が考えることは、ISISを取り巻く状況の中で、自国が危険に晒される懸念であろう。他国との外交関係もある。だが、パトリシオが考えているのは「孫を救うこと」だけだ。スウェーデンの外務省からイラク行きを止められても、「子どもたちのためなら何でもする」「娘の代わりにクルド人に許しを乞う」と、英国の国際人権に明るい弁護士や現地で人道活動をしている財団に支援を求め、ようやくキャンプで孫たちとの面会が叶う。

カメラが映し出すのは、1歳から8歳までの、栄養失調でやせ細り、無表情で言葉を発しない、傷ついた幼い子どもたちの姿だ。パトリシオは愛おしそうに子どもたちの名前をひとり一人呼び、抱きしめる。

その後もスウェーデン大使館からの回答がなく、パトリシオは「無実の子どもの命が脅かされていることを知ってもらいたい」とホテルでマスコミの取材を受けるようになる。それをきっかけにSNSでは「敵の子どもたちを連れて帰るな」「同じ幼稚園に入れたくない」とパトリシオに対して誹謗中傷が始まった。さらにスウェーデン大使館からは、「取材を受けたことが交渉に影響する」とくぎを刺す電話が来る。

それまで、穏やかで沈着冷静だったパトリシオは、「自分がばかみたいだ」「憎悪の連鎖が続いたら同じくことが繰り返される」と、手で顔を覆って泣く。

その後、イスラム教に改宗した元妻(アマンダの母親)が現れたり、孫が帰国してもパトリシオに養育権はなく身元を変えて里親に託すしかないなど、さまざまな問題が起きる。パトリシオの行動は人間社会の深い闇をあぶり出し、見方によっては不愉快かもしれない。しかし良いか悪いかの判断だけでなく、時には命を優先させる寛容さが必要ではないのか――。そう考えさせられる作品である。

16日からシアター・イメージフォーラム(東京)、第七藝術劇場(大阪)で上映中。ほか全国順次ロードショー。

監督・脚本:ゴルキ・グラセル・ミューラー
プロデューサー:クリストフ・ヘネル、エリカ・マルムグレン
配給:ユナイテッドピープル
2021年 /スウェーデン・デンマーク・カタール/ドキュメンタリー/97分
公式サイト https://unitedpeople.jp/coe/

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