「旋律のリヤカー」 音楽への情熱と夢、流しのプガメンがレコーディングに挑戦 【インドネシア映画倶楽部】第60回

Roda-Roda Nada

ジャカルタでリヤカーを引いて音楽を演奏する中年バンドが、オリジナル曲のレコーディングを試みる様子を描く。社会の底辺の厳しい生活の中でも、情熱を持ち続け、夢を追い求める真摯な姿が強い共感を呼ぶドキュメンタリー。昨年のジョグジャカルタ国際映画祭で高い評価を得た。2023年9月29日と10月2日の2回、ジャカルタのタマン・イスマイル・マルズキ(TIM)で上映会が開催される(上映は終了しました)。98分英語字幕付き。

文・横山 裕一、写真・Rekam Films

一般劇場での公開ではないが、昨年ジョグジャカルタで開かれた国際映画祭で高評価を得たドキュメンタリー作品がジャカルタで初公開されるので紹介したい。作品は一般にプガメンと呼ばれる、路上や店先で歌を歌って小銭を稼ぐ流しの物語で、実在するある流しグループの活動を丹念に追いかけたものだ。

舞台は南ジャカルタのレンテンアグン地区。在留邦人に馴染みがある言い方をすると、イオンモール4号店のあるタンジュンバラットの南からインドネシア語講座が開設されているインドネシア大学キャンパスまでの住宅街一帯である。

流しといえばギターを肩にかけて歌う姿が一般だが、彼らはグロバック(大型スピーカーやアンプを乗せたリヤカー)スタイルで、メンバーがギターやベース、太鼓、横笛、タンバリンを生演奏する。50歳の男性リーダーの奥さんがボーカルでメンバーは皆同世代、まさに中年バンドである。彼らが披露するのはインドネシア独自のダンスミュージック、ダンドゥッで、リズムアクセントが効いた特徴ある軽快な音楽が道端から街並みに響きわたる。

作品に登場する流しグループのメンバー(写真提供: Rekam Films)

作品では彼らの音楽に対する情熱の高まりから、さらには厳しい生活費の収入増を図るため、オリジナルのダンドゥッ曲をレコーディングする過程が描かれる。レコーディングとは言っても既存のスタジオを借りる費用はない。知り合いの元音楽編集マンの一般住宅で、専用ソフトを入れたパソコンなどを頼りにレコーディングを進めていく。インドネシア各地に数多くいる、インディーズバンドのスタイルである。

しかし、トラブルが続発する。オリジナル曲に対して普段ボーカルをする女性の声域が合わないため、新しいボーカリストを探さざるを得なくなる。さらにはレコーディング機器が壊れてしまう。そして何より、レコーディング作業に忙殺されるため、「本業」である流しが滞り、収入も減ってしまう。幾多のトラブルが伴うが、主人公らは粘り強く夢を追い求めていく。

このドキュメンタリー作品は主人公らプガメン(流し)を通して、ジャカルタの低所得者層の厳しい現実を映し出す一方で、厳しい生活の中でも情熱を持ち続け夢を追い求める真摯な姿が描かれている。その姿に強い共感を呼ぶと共に、限られた環境の中で知恵を絞って行動する人間の強さを感じとることができる。日本人にとっては忘れかけつつある、自分の力で何でも工夫してやってしまうかつての高度経済成長期の姿をインドネシアで見ているような感覚にもなる。低所得者層の物語とはいえ、力強く生きる人々を見ていると人々の潜在能力は高く、インドネシア政府が目標とする、2045年の先進国入りもあながち夢ではないだろうということも実感する。

また作品では、プガメン(流し)の生活が描かれることで、低所得者層の切実な生業の実態や厳しさも目の当たりにする。インドネシアポップに興味ある日本人であれば聞いたことがあるだろう、イワン・ファルスやフィア・ファレンといった音楽界のスターもプガメン出身だが、彼らのように幸運を手にできるのはほんのひとかけらの人々である。プガメンの存在背景には、経済格差、雇用、社会保障、教育などといった首都ジャカルタ、ひいてはインドネシア社会の様々な問題が凝縮・反映されていることもこの作品は問いかけている。

こうした一方で、本作品は1970年代以降、人々に圧倒的な支持を受けている大衆音楽、ダンドゥッがいかに大衆の中で歌われ続けているかも描かれ、大衆音楽映画としても貴重な映像が多岐にわたって盛り込まれている。

「旋律のリヤカー」の上映は下記の2回と限られているが、この機会に是非、インドネシアの優れたドキュメンタリー作品を鑑賞していただきたい。(英語字幕あり)

「Roda-Roda Nada」上映会

【日時】2023年9月29日(金)午後6時半、10月2日(月)午後6時半

【場所】Kineforum, Gedung Trisno Soemardjo, Lantai 4, Kompleks Taman Ismail Marzuki, Jl. Cikini Raya 73, Jakarta Pusat
※9月29日は、上記施設のStudio Asrul Sani、10月2日はStudio Sjuman Djaya

【入場料】無料
※鑑賞券は、上映1時間前(午後5時半)から、各上映スタジオで配布する。
※上映開始10分後からは入場不可。

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