認知症から誕生した〝純粋芸術家〟蛭子能収「最後の展覧会」で不思議タイトルの抽象画が完売!今後も描く

2020年に認知症であることを公表した漫画家でタレント・蛭子能収の「最後の展覧会」が都内で開催され、幅広い層の来場者が訪れている。同展も残すところ27日から30日までの4日間。会場に足を運び、蛭子が現代美術家として描いた抽象画の作品を一部紹介しつつ、関係者に話を聞いた。(文中敬称略)

会場の「Akio Nagasawa Gallery Aoyama」(東京・港区)には、蛭子が「今年7月と8月に集中的に描いた」というキャンバス画17点と。開幕前日の内覧会で即興的に描いたドローイング2点の計19点を新作として展示。伝説の月刊漫画誌「ガロ」時代から約40年来の盟友で、同展を監修する〝特殊漫画家〟根本敬は「芸能人・蛭子能収のイベントではなく、今回は『現代美術』のギャラリーで絵を販売するために、作家として取り組んだ純然たる個展。こういうことは(蛭子のキャリア)50年目にして初めてではないでしょうか」と指摘する。

蛭子が自ら作品にタイトルを付けた。黄、緑、赤、青といった原色で構成された抽象画で、人間のような顔が見え隠れする大作は、題して「だまされた9人」。根本は「そのタイトルは本人の頭の中でしか見えていなくて、予言みたいな言葉。何か含みがあるのか?この作品に『大竹伸朗』(※日本を代表する現代美術家)と、サインしたら(信じた人から)何十倍もの価格で売れますよ(笑)」と、本格的な前衛アートである作風を評した。

また、デフォルメされた人物が対峙し、キャンバスの黄色地に「バカ」という言葉が躍動する作品のタイトルは「きょうだいげんか」。根本は「できあがった時に、ぱっと降りてきて、口から出た言葉がタイトルになっている。その言葉に意味を求めても、誰にも分からない」と補足した。ちなみに、同作の右下に書かれた本人のサインは「エビス ヨしカず」と片仮名と平仮名が混在。他の作品に記されたサインも「スびス よしカず」「蛭子能又」など、認識の〝揺らぎ〟が見られた。

「レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症」と公表してから3年。デイリースポーツ紙面で「まくり屋ヨッちゃん」と題したボートレース予想漫画を1986年4月から20年12月まで34年8か月に渡って長期連載した蛭子だが、現在は大好きな現場から遠ざかっている。今月18日に放送されたNHKの番組「蛭子能収さんのお絵かき散歩」では撮影のため久々に訪れたボートレース場で生き生きと絵を描く姿が印象的だった。

そうした日常の中から生まれた作品の一つには「こわいチケット」というタイトルが付けられていた。根本は「競艇(ボートレース)の舟券のことを『チケット』って言うんですよね。そこを意識したのかも?『こわい』というのは、大金が当たるのが怖いのか、外れるのが怖いのか…」と思いを巡らした。真偽は本人以外には分からない。ただ、そんなインスピレーションを膨らませる楽しさが作品から伝わってきた。

展示作品の価格は30万円~80万円と決して安価ではないものの、スタッフは「ほぼ完売しました」と明かす。会場にはファンである著名人の姿も。電気グルーヴの石野卓球は相棒のピエール瀧とともに来場し、蛭子、根本とのフォーショット写真を自身のX(@TakkyuIshino)で公開(20日付)。また、タレントの井上咲楽が来場して作品を購入したことを、根本はX(@takashinemoto81)に本人の写真付きで投稿(22日付)。「(井上が)蛭子さんのことを本気の本気で気にかけてる」と芸能界で活躍する23歳の女性から伝えられた〝蛭子愛〟をつづった。

80年代前半に「ヘタウマ漫画家」として注目されるや、「劇団 東京乾電池」の舞台で演者としての存在が〝発見〟され、テレビドラマに進出して宮沢りえの父を演じたかと思うと、大河ドラマなど幅広く出演。バラエティー番組では熱湯風呂に飛び込み、ローカル路線バスを乗り継いできた。そこから一転、認知症を表現に昇華した75歳の〝純粋芸術家〟が誕生した。30日で閉幕する展覧会には「最後」と銘打たれているが、その作品群からは今後も描き続けるであろう「力」を感じさせられた。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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