中国の金融不安に気づいた欧州

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#39

2023年9月25-10月1日

【まとめ】

・欧州人もようやく、中国の金融不安や成長鈍化の懸念を理解し始めた。

・G20で中国首相は欧州首脳4人としか会えず、英、伊両首相との首脳会談は厳しかった。

・「台湾」と「外交関係」を結んでいるバチカンと中華人民共和国との関係は微妙。

今週の原稿は未明のローマ市内で書いている。今回は久し振りでイタリアとスペインという「南欧」地域に帰ってきた。40数年前エジプトでのアラビア語研修中、外務省の同期の連中がフランス、ドイツ、スペインなど地中海の反対側で「優雅?」な研修時代を過ごしているのだろうな、などと羨ましく思っていたことをふと思い出した。

でも、今考えてみると、地中海の南側と北側は、文化的にも、精神的にも、旧ローマ帝国の領域であって、実は両者にそれほど大きな違いはないのでは、とすら思う。これだから、旅行は面白い。ただ、これ以上言うと、南北双方に失礼になるかもしれないので詳しいコメントは慎むが、今回も多くのことを学ぶ旅になった。

さて、まずはいつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。夏休みが終わった欧米の専門家たちの今週の関心は次の通りだ。

9月25日 月曜日 トルコ大統領、アゼルバイジャン訪問し、首脳会談

【エルドアンが、長年支援してきたアゼルバイジャンを訪問してアリエフ大統領と会談した。、ナゴルノカラバフを巡る「アゼルバイジャンの勝利」に触れ、「(敗北した)アルメニアは地域の安定と平和に向け、誠実な措置を取ってほしい」と求めたなどと報じられた。相変わらずエルドアンの動きは興味深い。】

ベトナム首相、ブラジル訪問、ルラ大統領と会談

【ベトナム外交が面白い。首相はブラジルを訪問するが、最大の目的はブラジルを含む南米4カ国の関税同盟メルコスール(南部共同市場)との貿易協定締結だと言われている。ベトナムが中南米市場に関心を示すようになるとは、時代は変わりつつあるようだ。】

米大統領、U.S.-Pacific Islands Forum Summitを主催(26日まで)

【バイデン政権が中国に「荒らされてきた」太平洋島嶼国に対する働きかけを強めている。具体的には、通信用海底ケーブルなどのインフラ支援や気候変動対策への資金協力などの支援策を打ち出した。更に、南太平洋のクック諸島とニウエを新たに国家として承認し、外交関係を樹立するそうだ。何を今更とは思うが、やらないよりはマシである。】

9月26日火曜日 韓国で日中韓会合を主催

【日中韓の外務次官級協議をソウルで開くそうだ。議題としては韓国が主催する日中韓首脳会談の年内開催となるだろうが、今の中国に日中韓首脳会談という枠組みがどれほど魅力的かは微妙だろう。】

9月28日 木曜日 米国務長官、ワシントンでインド外相と会談

【最近の米印関係の進展は目覚ましいが、個人的にはカナダをめぐる問題をどう処理するかに関心がある。インド(シーク教)系カナダ人からの支援を重視するカナダ首相は、6月に国内でシーク教の指導者が殺害された事件を巡り、インドの工作員が関与した可能性があると公表した。しかも、当該情報については米国と非常に緊密に連携していたという。アメリカからすれば「そんなことを言われても・・」ということだろうが、結果はどうなるか。】

9月29日 金曜日 ドイツ首相、中央アジア五カ国首脳と会談

【中央アジア五カ国首脳といえば、先週米大統領もニューヨークで会っている。ドイツも対中関係との関連で中央アジアの重要性を理解している証拠だろう。正しい対応だと思う。】

9月30日 土曜日 モルディブ、大統領選決選投票を実施

【インド洋の島国モルディブで大統領選が決選投票となった。インドを重視する現職大統領と、中国との関係強化を訴える野党統一候補のどちらが勝つかは、今後のインド洋の安全保障にも影響があるだけに、要注目である。】

さて話をローマに戻そう。暑い東京から逃げてきたのに南欧も猛暑だったのはびっくりしたが、それ以上に驚いたことは、恥ずかしながら、「イタリアには独立国家が3つある」という当たり前の現実だった、イタリア共和国、サンマリノ共和国、そして最後がバチカン市国である。今回はバチカンから見える「中国」について書こう。

イタリアに来るまで、日米などとは違い、欧州諸国は「まだ中国に優しい」のではないかと感じていた。だが状況は変わりつつあるようで、今や欧州諸国も中国の現状を冷静かつ慎重に見始めたような気がする。先日のG20で中国首相は4人の欧州首脳としか会えず、しかも英、伊の両首相との首脳会談は予想以上に厳しかった。

英首相は中国のためのスパイ行為を働いた容疑で英国人2人が逮捕された件を「中国の干渉」と批判し、伊首相も「一帯一路」から離脱する意向を伝えたという、欧州人もようやく、中国経済について金融不安や成長鈍化の懸念が深刻化していることを理解し始めたのだろうか。

これに対し、バチカンの立場は一味も二味も違う。複雑な経緯を簡単にまとめるとこういうことらしい。

●バチカンは中華人民共和国建国後、司教任命権を巡って1951年に中国と断交し、欧州で唯一、台湾と外交関係を持っている。

●その後、バチカンと中国は交渉を続け、2018年には司教を「共同任命」する「暫定合意」が結ばれた。

●「暫定合意」は2020年10月と2022年10月にそれぞれ2年間延長された。

●「暫定合意」以前のバチカンは、中国公認教会が選んだ司教を原則として認めず、非公認でバチカンに忠誠を誓う地下教会の聖職者から司教を任命していた。

●「暫定合意」後は、従来は未承認だった中国独自の司教を容認し、公認教会の聖職者を新たに司教に任命している。

●台湾は、こうしたバチカンと中国の関係改善に警戒感を隠そうとしない。

このように、バチカンと中華人民共和国との関係は微妙である。今バチカンは公式には「台湾(中華民国)」と「外交関係」を結んでいるからだ。しかし、この点、バチカンの動きは慎重かつ、外交的に見ても極めて興味深い。それにしても、バチカンは何故かくも外交巧者なのか?

こちらへ来て理由が分かった。あるカトリックの大司教が1436年にまとめた「大使ハンドブック」という書物があるそうだ。そこにはカトリックの経験主義的原則として「勝者も敗者も作らない、紛争には中立を貫く、党派的行動を避ける、相手を選ばず対話する、慈善活動に従事する」ことと書いてあるらしい。バチカンは今もこの諸原則を忠実に守っているのだろう。

確かに、これらの諸原則は今も有効だ。15世紀に書かれたこの書物には既に「通行の自由、免税特権、身体不可侵」などの外交的概念の萌芽があるという。要するに、バチカンは実は「外交の先進国」なのだ。今回のウクライナ戦争は東方正教会の領域だが、バチカンの外交的智慧を過小評価してはならないと思った次第である。

出張中でもあり、今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイト)に掲載する。

トップ写真:一般謁見に臨む教皇フランシスコ 2023年9月20日バチカン市国サン・ピエトロ広場

出典:Photo by Vatican Media via Vatican Pool/Getty Images

© 株式会社安倍宏行