「受刑者に便宜を図る必要はない」政府の通知が阻む社会復帰 マイナンバーカード、出所後もすぐ取得できない仕組み

マイナンバーカード取得に関する案内=8月、高松市役所

 全ての住民に番号を割り当てるマイナンバー。政府は、ほぼ全国民にマイナンバーカードを行き渡らせる目標を掲げ、河野太郎デジタル相が「達成」を3月に宣言した。ただ、こぼれ落ちている人もいる。刑務所の受刑者だ。実は法務省が2015年の時点で、全国の刑務所に対し「受刑者に便宜を図る必要はない」と通知していた。
 公的な身分証でもあるマイナンバーカードは、元受刑者が社会復帰のために住居を確保したり、職探しをしたりする際などに重要だ。実際、運転免許証と違って資格が必要なく、費用もほとんどかからないため、元受刑者の支援機関では重宝されている。それを受け取れないため、更生のスタート地点でつまずいている形だ。
「出所後に取得すればいい」という反論が聞こえてきそうだが、実際は簡単ではない。再出発を支援する現場を見つめると、出所後に取得しようとしても、多くの困難に直面する実態が浮かんできた。(共同通信=広川隆秀)

高松刑務所=2022年10月

 ▽「便宜は図りたいが…」
 マイナンバーカードは原則、申請者本人が役所を訪れて受け取ることになっている。受刑者は、病院への通院など何らかの事情で刑務所の外に出る場合、複数の刑務官による付き添いが事実上義務付けられている。マイナンバーカードを入手できるように付き添うといった対応はできないのだろうか。
 矯正業務に携わる法務省関係者に尋ねたところ「難しい」という。
 「逃走防止の観点からもリスクがあり、貴重な税金を使ってまで特別対応できるのか」
 一方、別の関係者はジレンマもあると明かす。「社会復帰を考えると、われわれも便宜を図りたいとは思っているのだが…」

マイナンバーカードの代理人受領について説明した栃木県小山市のホームページ

 では代理人による取得はどうか。例えば施設に入所する寝たきりの高齢者は、「やむを得ない場合」として代理人による受領が認められている。栃木県小山市のホームページを見ると、代理人への交付が可能な例として「刑務所収監中」も3月まで明記されていた。現在は「施設入居者」と表記を改めたが、引き続き受刑者も該当するという。東京都品川区も同様で、大阪市は手続きさえ整えば、受刑者への代理人交付も可能としている。
 ところが実際はそうなっていない。大きな理由は、身寄りのない人が多いという点。再犯者の多くは帰る場所がなく、身寄りがないことが指摘されている。
 2022年版の犯罪白書によると、道路交通法違反を除く容疑で警察などに検挙された人のうち、再犯者が占める割合を示す再犯者率は近年、50%弱で高止まりしている。2020年に49・1%と過去最高を記録し、2021年も48・6%だった。マイナンバーカードを取得したいと思っても、自身で受け取ることはおろか、代理をお願いする人もいない受刑者が相当数に上る可能性がある。
 結果として、支援機関によると元受刑者の多くがカードを持たないまま出所してきている。刑務所の人権相談に対応する「監獄人権センター」の塩田祐子さんは、受刑者や出所者が顔写真付きの身分証を持たないのは問題だと話した上で、身分証の選択肢がマイナンバーカードしかない場合、刑務所にいる間に取得しないとデメリットが生じうる、と警鐘を鳴らす。「取得には数カ月かかることもある。住まいや携帯電話の契約、就職がその分遅れてしまい、社会復帰の障壁になる可能性がある」
 刑務所でマイナンバーを取得できない根拠となっているのが、法務省矯正局が全国の刑務所に送った2015年の事務連絡だ。
共同通信が情報開示請求したところ「受刑者に便宜を図る必要はない」と通知していたことが判明した。この書面では、収容中にマイナンバーを使う場面が想定されないため「釈放後に取得すれば足りる」とも明記されている。
 ところが出所後も取得は簡単ではないことが分かってきた。

マイナンバーカード取得に関し、法務省が2015年に通知した事務連絡の書面=8月

 ▽住民票がなくなっている
 出所後を支援する団体には、マイナンバーカード取得を手助けするところもある。香川県地域生活定着支援センターの相談員、高木泰子さんに、ある元受刑者がカードを手に入れるまでを振り返ってもらった。
 支援したのは80代の高齢男性。常習累犯の窃盗罪で2年6カ月服役し、2019年に満期で出所した。出所時に福祉機関などの支援が受けられる「特別調整」により、香川県地域生活定着支援センターが男性の受け入れ先を調整した。男性は、行き場のない出所者が生活基盤を整えられるよう支援する民間の施設「自立準備ホーム」で一時的に生活することになり、住所変更手続きで市役所を訪れた。そのとき庁舎内でマイナンバーカードのポスターをたまたま目にして「自分も取りたい」と訴えた。
 マイナンバーカードは現状、コンビニなどで証明書を取得するための暗証番号を設定する必要がある。数字を順番に並べたり、誕生日を使ったりするのは避け、英数字を組み合わせるのが望ましいとされる。80代の高齢男性には複雑で設定できなかったと高木さんは明かし、こう続けた。
 「やむを得ず代わりに設定して、紙に書いて渡した」。受け取れたのは申請からおよそ2カ月後。「申請したのを忘れていたくらいだった」

マイナンバーカードの手続きを待つ住民ら =8月、高松市役所

 高木さんが支援するのは、男性のような高齢者の他、さまざまな病気、障害を抱えた人が多く「ほぼ全員が医療を必要としている」。マイナンバーカードが健康保険証と一体化し、保険証代わりとなる「資格確認書」の有効期限が切れた後は、カードの取得が不可欠となる。支援団体の負担増につながるという懸念もよぎりつつ、高木さんは別の課題を口にする。「住民票が職権消除されていたら、さらに時間と手間がかかる」
 「職権消除」とは、住民基本台帳法に基づき、自治体が住民票を抹消する措置のことだ。住民の居住状況が調査で確認できない場合に実施される。受刑者は居住実態がないとみなされるため、住民票を職権消除されている人が少なくない。
 高木さんは以前、職権消除された元受刑者の住民票の再取得手続きを手伝った経験がある。そのときは約1カ月かかり、手数料も取られたため、元受刑者は刑務作業で得た報奨金を使わざるを得なかったという。
 2019年に支援した80代の男性は幸い、住民票が職権消除されていなかった。自治体の調査がたまたま及ばなかったのかどうかなど、理由はよく分かっていないという。

マイナンバーカードに関するポスター=8月、高松市役所

 ▽再犯リスクになりかねない
 元受刑者の就労を支援する男性には、雇い入れてくれる事業者側からよく聞く言葉がある。「刑務所でマイナンバーカードを取得させておいてほしい」。雇用する会社としては、社会保険や税金を納付する上でカードを持っていてくれた方が都合がいいのだという。
 税金や社会保障の手続きに必要な従業員のマイナンバーを確認する際、身元を厳格に確かめなければならない。その点、マイナンバーカードであれば、番号と身元を同時に証明できる。出所後から手続きをした場合にかかる時間を考えると、やはり刑務所による取得の働きかけが鍵を握るといえそうだ。
 受刑者の権利問題に詳しい松本邦剛弁護士はこう指摘する。「出所直後はある意味で社会に放り出された状態だ。利便性の高いマイナンバーカードを持っていないことで就職や家の契約などに遅れが出ると、更生したい気持ちがくじけてしまい、再犯のリスクになりかねない」。さらに政府がマイナンバーカード取得を促している状況を踏まえてこう訴えた。「出所を控えた受刑者に対し、取得しやすいような配慮や運用をすることが行政や刑務所に求められている」

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