四国の山中にヒマラヤ民謡?ネパール人労働者激増、12万人来日の背景は 川下りやホテル、空港、食肉処理まで…新たな裏方に【移民社会にっぽん】

徳島県三好市の吉野川で、ラフティングのガイドとして日本語で説明をするネパール人ミトン・シュレスタさん(左)=7月

 四国・徳島の吉野川上流。日本有数のラフティング(川下り)の名所でアジアののどかな民謡が響いていた。ゴムボートを操縦してヒマラヤの民謡を披露するガイドの男性はネパール人だ。よく見れば、インド亜大陸の風貌をした船頭が川のあちこちにいて日本人客とボートをこいでいる。

 コンビニやファストフード店など日本各地で近年、ネパール人の労働者らを目にする機会が増えていないだろうか。少子高齢化と人手不足で、日本が移民や外国人労働に依存する社会に近づいている。中でも目立ってきたネパール人の背景を追ってみた。(共同通信=高山裕康)

徳島県・吉野川上流のラフティング現場とネパール人ガイド(左)=7月

 ▽給与5倍、ネパール大地震の被災者も
 ♪レッサム・フィリリ、レッサム・フィリリ(絹が風にたなびく)―。
 涼しい山あいで、ミトン・シュレスタさん(33)がネパールの民謡を歌っていた。ネパール人のシュレスタさんが歌っていたのは故郷ヒマラヤのガンジス川上流ではなく、徳島県の吉野川の深い山の中だ。急流は全国屈指のラフティングの名所となっているが、ここで操船ガイドをしているのがシュレスタさんだ。

 「こいで、こいで」。上手な日本語でオールさばきを指導し、日本人観光客が歓声を上げていた。シュレスタさんは、埼玉や京都など日本の5地域でラフティングツアーを行うビックスマイル(京都府亀岡市)で2018年から働いている。母国でもラフティングガイドだが、ヒマラヤは毎年夏、モンスーンの雨期で川は増水する。この閑散期に日本に出稼ぎをするネパールガイドが増えている。

徳島県三好市の吉野川で、ラフティングのガイドとして働くミトン・シュレスタさん(左)=7月

 2015年のネパール大地震ではシュレスタさんの自宅も損壊したという。「再建のためのローンが残っている。日本なら給与は5倍になる」とシュレスタさん。ビックスマイル社の宇山昭彦社長によると、以前は夏と冬の季節が反対のニュージーランドからガイドを雇うこともあったが、次第にネパール人ガイドにシフトしていった。「ネパールは年長者を尊重する文化があって、仕事がしやすい。ガイドの技術も高い」と宇山社長。現在は従業員の6割ほどの約60人がネパール人という。ネパール人を雇うラフティングツアー会社は多く、吉野川のラフティングスポット沿いのあちこちでネパールの人々を見かけた。

 厚生労働省によると、ネパール人労働者は2012年の約9千人から2022年の約12万人と13倍に急増している。ネパールの1人当たり国民総所得(GNI)は1230ドル(約18万円、2021年)で、日本の30分の1とまだまだ貧しい。

 私は2015年から18年にかけてインドに駐在し、現地を取材した。その頃から、ネパールでは日本への留学を目指す若者がいた。

 ▽中間層の夢は日本留学

 「日本ではごみの分別が必要です」「はい、先生」。2017年、カトマンズ郊外の日本語学校の授業で、約50人の若者が日本語で一斉に返事をした。ネパール人生徒のビマラ・ギリさん=当時(26)=は大地震で21歳の弟を失っている。「専門学校で観光ビジネスを学び、故郷の村でガイドをしたいです」と真っすぐな目で話していた。

ネパール・カトマンズ郊外の日本語学校で、日本語を学ぶネパール人の留学希望者ら=2017年1月(共同)

 インドは伝統的な身分制度カーストの影響を受け就労先に制限がある人が多いが、ネパールは比較的緩やかだ。英領インドの強い影響力の中、貧しい山間地のため、雇い兵部隊の「グルカ兵」や、インド各地の飲食店などに出稼ぎに行くことが一般的になったとされる。人口約3千万人のネパールは、中国とインドに挟まれた内陸国のため港がなく、輸出産業は不向きなのが実情だ。2015年の大地震では周辺国も含め約9千人が死亡し、復興のため海外出稼ぎの重要性は増した。

日本語学校の看板が並ぶネパール・カトマンズの繁華街=2017年1月(共同)

 約300人が通う日本語学校の校長は「ネパールでは英語教育を受けた富裕層は欧米に留学し、貧困層は中東へ出稼ぎに行く」と指摘した。貧しい人々の行き先はアラブ首長国連邦(UAE)やカタールの建築現場だ。2022年のサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会を機にネパール人ら外国人労働者の中東での厳しい労働環境が広く報じられた通り、重労働で亡くなる人もいるが、それでも母国より待遇はいい。

 日本を目指すのは「150万円程度の準備金を用意できる中間層が中心」(校長)。日本側の規定で留学生には週28時間のアルバイトが認められているため、これくらいの資金があれば「学費や生活費を賄える」と考えているのだという。

 ▽インド料理店を次々開店
 一方、日本側にも事情がある。東アジアの経済成長を背景に日本語学校に通う中国人・韓国人留学生が減少し、専門学校も少子化で留学生の受け入れが進んでいる。少子高齢化でサービス業界を中心に人手不足が続く。ネパール人が働く東京都内のラーメン店の店長は「日本人バイトが集まらず、真面目でよく働くネパール人を雇っている」と話した。ネパールと日本、双方の思惑が一致した結果、ネパールで日本留学ブームが起きた。カトマンズには「日本での就労保証」などの看板を掲げる業者があちこちにあったほか、留学生を募集する日本人リクルーターの姿も見かけた。

 ネパールの若者らはバイトをしながら日本語学校で学び、その後専門学校や大学に進学し、卒業後は日本語力を生かして日本企業への就職という夢を抱いた。

 これに先立ち、日本ではインド料理店で働くネパール人が独立して料金の安いインド・ネパール料理店を次々と開店していた。新店を開けば、従業員として親族や知人らを招くことができ、仲介料の利益も生まれる。東京や名古屋など大都市ではネパール食材店も増加し、仲介業者など就労のネットワークが拡大した。

 ネパールのカレースープ「ダル」に用いる香草ジンブーは、東京でも簡単に買える状況になっている。2022年の外国人労働者数でネパール人はベトナム、中国、フィリピン、ブラジルに続く5位となっており、存在感は高まるばかりだ。

 ▽料理上手の少数民族
 ネパールは英語教育が盛んで、出稼ぎのために語学を磨く人が多い。夏休みシーズンの成田国際空港では、日本語と英語を操り、旅客案内や片付けで働くネパール人職員がいた。カトマンズ出身の職員は「自分の休暇では富士山に登りたい」と笑いながら話した。新型コロナウイルス禍から回復基調にあるホテルや旅館でもネパール人スタッフを見かけるようになった。

長野県茅野市の「ちのステーションホテル」で働くエリナ・パラズリさん=8月

 避暑地・長野県茅野市の「ちのステーションホテル」の受付で今年8月、社員のエリナ・パラズリさん(28)が「いらっしゃいませ」と明るくあいさつしていた。エリナさんは2017年に仙台市の日本語学校に留学、専門学校を経て2年前に就職した。ホテルを選んだのは「コンビニのアルバイトで接客が好きになった」からだという。

 茅野市の白樺湖周辺にある「池の平ホテル&リゾーツ」も職員12人がネパール人だ。ホテル内の料理店で働くネパール人シェフは、かつてアフガニスタンでも働いていたと振り返った。グルカ兵の歴史を通じた出稼ぎネットワークを感じさせる。

長野県茅野市の白樺湖周辺にある「池の平ホテル&リゾーツ」で働くネパール人夫妻=8月

 珍しいところでは、料理上手の少数民族としてネパールで知られている「タカリ」も来日している。今年7月には東京都江東区で、その食肉処理技術を生かした恒例のバーベキュー大会が在日タカリ協会の主催で開かれ、近隣の日本人住人らと交流した。協会によると、日本には約500人のタカリが住み、うち100人ほどが東京で食肉処理業に従事している。あるタカリの男性は「最近は牛がどんどん大きくなっており、処理には特殊な技術が必要」と胸を張った。男性が働く食肉処理関連会社の従業員は9割が外国人だという。

東京都江東区で開かれた少数民族タカリによるバーベキュー大会。職場がある東京・芝浦で入手した良質な牛肉を使っているとアピールした=7月

 コンビニや弁当製造工場、ファストフード店や居酒屋、ホテルの清掃などでもネパール人アルバイトが増えた。人材紹介をする日本人男性は「少子高齢化で深夜勤務を伴う職場は人手不足が続いている。時給が高いのでネパール人留学生に人気だ」と指摘した。

 7月の週末に東京・中野で開かれたネパールフェスティバル。ネパール人にとって故郷の雰囲気が味わえる貴重な機会だが「留学生の参加は少ない。土日は(日本人の代わりに)彼らは働いている」との声が聞かれた。

 ▽就労規制の緩和求める声
 在日ネパール人を巡っては、難民認定制度を利用した就労拡大が問題視され、国別の難民申請者でネパール人が最多となったこともある。法務省によると、2018年の国別で1位、約1700人が難民申請していた。ただ最近は減少しており、2022年は10位で130人にとどまった。在ネパールの日本大使館は、難民申請に関し「必ずしも日本で働けることを意味しない」と注意喚起している。

成田国際空港で働くネパール人男性=7月

 多くのネパール人留学生が飲食店などでバイトしているが、就労拡大には壁もある。バイト先で評価され、上司が正社員としての採用を望んだとしても、専攻分野と異なる職場への就職では在留資格が取得しにくい。例えば、専門学校で自動車技術を学んでいた留学生が焼き鳥店でアルバイトし、日本人経営者が学生の腕を見込んで卒業後の就職を求めても、専攻と就職先の関連性が低いと判断されれば在留資格が得られないという仕組みだ。

 各国留学生に奨学金を支給してきた国際人材交流支援機構(東京)の小見山幸治理事長は「日本語が理解できるネパール人留学生をもっと活用できれば、日本の人手不足の解消になるはずだ」として規制緩和を訴えている。

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