進化するAIは仕事をどう変えるのか(第1回)

INDEX

登場人物

大学講師の知久卓泉(ちくたくみ)
眼鏡っ娘キャラでプライバシーは一切明かさない。**

五里雷太(ごりらいた)
IT企業に勤めるビジネスパーソン。

チクタク先生前回はChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)の基本原理・自然言語処理について、駆け足でしたが解説しました。今回は、そのLLMをベースとした生成AIがビジネスや業務内容に、どのような影響を与えるかについて考えてみたいと思います

ゴリくんチクタク先生、今回もVR教室でアバターの講師と生徒という環境ですか。あまり意味が無かったようですが・・・

チクタク先生当初は様々なアイデアがあったのですが、結局時間が足りなくてVRならではの機能を実現できませんでした。AIに関する新しい技術の発表が連日あり、その調査を優先してしまいました。言い訳ですが・・・

ゴリくんやはりそうでしたか。前回はLLMの解説をしてもらいましたが、今回は”AIがビジネスにどのような影響を与えるか”ですか。最近のビジネス誌では大流行のテーマですね

チクタク先生多くのビジネス誌では、ChatGPTの紹介とその利用方法やノウハウ、ビッグテック企業の覇権争いの記事が中心です。オフィスワークが中心のビジネスパーソンが読者なので当然なのですが、自分たちの仕事がどう変わり、どう対応すべきなのかまでは、あまり言及していません

ゴリくん僕も興味があったので、ビジネス誌のChatGPT特集号を読みました。驚いたのは、2023年4月時点での日本企業社員1000人調査で、生成AIを全く知らない人が54%、使ったことがある人が7%だったことです。(註1)これだけ大ブームとか言われていても、日本企業ではそんな程度なのですね

チクタク先生今の日本はIT後進国となってしまいましたが、これも新しい技術に興味がなかったり臆病な社員が多いからなのかもしれません

ゴリくんビジネス誌などでは、生成AIは弁護士やプログラマーなどの専門職が、特にインパクトを受けると書いてあります。今後の生成AIの動向が心配なのですが、生成AIの開発を主導しているのはOpenAIなので、日本や欧州など世界を飛び回っているCEOサム・アルトマンの考え方次第なのでしょうか?

チクタク先生GoogleやMetaなど数多くのIT企業が、激しい開発競争しているのでOpenAIだけでAI開発の方向性は決められません。しかも欧米各国では、AIが仕事を奪ってしまうとして、AI利用を規制しようとする動きが活発です。OpenAIは他社より数か月分先行しているため、その社会的影響の大きさに早くから気付いていました。このためAI技術の世界的な規制が始まる前から、素早く政治的な動きを開始することで、AI技術のメリットとデメリットを理解してもらい、その悪影響を減らそうとしています。 実際に世界の労働者の仕事に与えるAIの影響は深刻なのですが、これらの規制によって多少は緩和させるでしょう。ここは政治的駆け引きで決まるので誰にも予想はできません。考えてもわからないことは置いといて、本題であるAI技術の動向から推測できる範囲で、仕事がどのように変わるかを考えてみましょう

ゴリくん前置きが長かったですが、どのような話になるのでしょうか

生成AIの行方(1)

チクタク先生まず、現時点での生成AIの機能がどのような業務に役立つのか。そして生成AIはどの方向へ進んでいき、その場合はどう業務内容が変化するのかを考えます。ただその前に、非常に分かりやすい資料を見つけたので紹介します

ChatGPTによって描かれる未来とAI開発の変遷(註2)

チクタク先生この図は日本MSのセミナーでの資料です。注意してもらいたいのは、GPTと書いてありますがOpenAIではなく日本MSの考えなので、OpenAIの生成AIがこのようになると言っているわけではありません

ゴリくんPhase0からPhase3まで段階に分けていますが、現在は”Phase0高度な文章生成“の段階、ということなのでしょうか

チクタク先生明確な定義がされていませんが、”Phase1情報の集約。出力“の機能はMSのChatGPTを組み込んだBingで実現していますね。Googleが最も恐れているのがこの機能です。今までWebで検索すると多数の検索結果が表示されて、その中から自分で選択してきましたが、このAI機能を使うとピンポイントで”正解“が得られるので非常に便利なはずです。ユーザーがこれに慣れてしまうと、Web広告収入に頼っているGoogle検索のビジネスが崩壊してしまうので、最も生成AI技術が先行していたGoogleは検索機能に生成AIを組み込んでこなかったのです

ゴリくんなるほど。逆にMSは、生成AIの技術があれば一発大逆転ができるので、1兆3千億円もの莫大な投資をOpenAIにしたのですね。でも、ChatGPTは平気で嘘をつくから信用するな、というのが巷での噂ですが

チクタク先生現在のChatGPTは2021年9月までのデータで学習していますが、MSのBingは最新のデータで学習させたGPTと検索機能を組み合わせ、しかも回答の根拠となる複数の資料のURLまで表示するので、間違いは大幅に減っています。実用上は問題ないと思います

ゴリくんそれでは、Googleはこのままだとジリ貧ですね。ユーザーとしては便利な方がよいのでGoogleがどうなろうと気にしませんが

チクタク先生Googleも対抗上検索エンジンに急いで生成AIを組み込みましたが、発表を見る限りでは回答結果に広告を表示しています。Googleは未だに生成AIを自社のビジネスにどう組み込めばよいか模索しているようです。しかし、このままWeb上での広告ビジネスモデルが衰退していくと、インターネットでの情報収集は無料だという長年の常識は消えるかもしれませんね

ゴリくんえ!どうしてですか?

チクタク先生Webでのビジネスは、大半がスポンサーの支払う広告料金に頼っているからです。Bingの回答には広告が表示されないので、広告を見る人がいなければスポンサーは莫大な費用が必要なWeb広告に投資をしなくなるでしょう。Googleは死活問題なので、当然何らかの対応策をするはずですが、どうなるかは誰にも分かりません。ですから、このままだとFacebookやTwitterなどの広告モデルのネットビジネスが衰退するので、有料のWebサービスしか残らないかもしれない、と言っているのです。WindowsやOffice365など有料サービスが基本のMSは、これを狙っているのかもしれません

ゴリくんそうでしたか。だからMSはOpenAIと提携してから、Windows CopilotなどのAIを利用した製品を矢継ぎ早に発表して、GAFAを出し抜こうとしているのですね。それはいいのですが先生、この講座のテーマは“進化するAIは仕事をどう変えるのか”ですが、本論はまだですか?

生成AIの行方(2)

チクタク先生そうでしたね。どうもすぐ脇道にそれてしまう癖があるので。先ほどのMSの資料で面白い指摘があるのですが、それは”Phase2 デジタルツールとの自然言語コミュニケーション“です

ゴリくんそうですか?ChatGPTが簡単なプログラミングもできるという話なら有名ですよ

※図版:筆者作成

チクタク先生Phase2はそういう話ではありません。図の左は、プログラマーが生成AIを補助ツールとしてプログラミングする状況を表しています。ChatGPTは簡単なゲーム作成程度なら、数十秒でPythonのコードを出力できます。必要なライブラリや実行環境があれば、すぐにでも動作確認が可能です。エラーが発生しても、ChatGPTにエラー内容を示せば対応方法を教えてくれます。ただし実行環境の構築などの知識が必要なので、あくまでプログラマーのツールとしての利用になります。アメリカ大手IT企業のソフトウェアエンジニアの92%が、すでにAIツールを利用しているという調査結果まであります。(註3) 図の右Phase2では単にプログラミングするのではなく、各種サービスするコンピュータのAPIと直接接続してサービスを提供できることを表しています

ゴリくんどこが違うのですか?あまり変わらないようにも思えますが

チクタク先生プログラミング言語にはPython、C++、Java、C#等々様々な種類があって、その特性や機能によって使われています。しかしこれらの言語には大前提があって、プログラマーという人間がマシンであるコンピュータに正確な指示をするために作られたものです。ですから人間はそのソースコードを、読んだり書いたりできなくてはいけません。その後コンパイルなどで機械語に変換しコンピュータに実装します。しかし、マシンがマシンに直接指示できるなら、冗長度の高いプログラミング言語を介する必要はないはずです

ゴリくんそれはそうですが、そんなことが可能なのですか?

チクタク先生原理的にはできます。生成AIが出力したソースコードを、生成AIがコンパイラを直接動作させて機械語に変換させるところから始まるでしょう。やがて自然言語の指示を、サービス用コンピュータの機械語に直接変換することができるはずです。既に利用されているノーコード開発は、ライブラリにある機能を選択して組み合わせるだけで、きめ細かな要求は実装が困難です。そこは現状ではローコード開発が担っているので、この進化版ともいえます。MSの最新開発ツールにはBingチャット機能を搭載する予定です。ITツール類は、このように日々進化しているのです

ゴリくんそれだと、もし出力に誤りが見つかっても、人間ではデバッグできませんね

チクタク先生まぁ完全なブラックボックスになってしまうので、困難なことになるでしょう。しかし、今のAIでもAIの判断根拠が不明なので、このままでは医療用途には使えない、と数年前に声があがりました。そこで説明可能AI(XAI)という研究分野ができたのですが、実用的な方式がなかなか実現できませんでした。ところが生成AIが登場すると、判断根拠を生成AI自身が説明できるようになったのです。ですから、AIの中身がブラックボックスでプログラマーがデバッグできないということも、生成AI自身でデバックできるようになると思います

ゴリくんずいぶん楽観的ですね。それにしても、ここまでの説明では生成AIの発達がソフトウェアエンジニアに大きな影響を与えることは分かりますが、大半のビジネスパーソンの仕事はそうなるのでしょうか

チクタク先生最も重要なことは、生成AIの活用でITエンジニアの労働生産性が10倍以上向上するので、ITの進化がさらに加速度をつけていくことです。つまりITエンジニアの労働環境だけの話ではなく、社会実装されるソフトウェアの機能向上のスピードが今以上に速くなるので、それを利用するビジネス環境もどんどん変化してしまうのです

生成AIの行方(3)

※図版:筆者作成

チクタク先生ただ、この話をする前に、Phase3の説明を先にさせてください。図はMSがイメージしているPhase3とは若干異なるかもしれませんが、Phase2と決定的に違うところがあります。それは生成AIに直接マシンをコントロールできる権限を与えたところです

ゴリくんということは、完全自動運転車のようなものですね

チクタク先生そうです。現時点では自動運転といっても、ハンドルやアクセル、ブレーキなど人が運転できる装備を備えて、運転席に人が座っていなければなりません。それが完全自動運転車になると、運転席が無くなりコンピュータに運転をすべて任せることになります。この場合、乗員の命をコンピュータの判断に任せることになるので、政府や自動車メーカーも慎重に段階を踏んで開発を進めています

ゴリくん当初は自動運転車がすぐにでも発売されると思っていたのですが、予想以上に実用化は遅れていますね

チクタク先生自動運転車の話をすると長くなるので、ここではPhase3のイメージを理解してもらえるだけでかまいません。とにかく、このPhase3の段階にまで進むと、人は言葉で指示をするだけで、直接様々なサービスを受けられることになります。と同時にロボットの暴走やAI兵器の登場など社会的リスクも増大していきます

ゴリくんそこまでいくと、ビジネスパーソンどころか大半の労働者の仕事に影響がありそうですね。いつ頃なるのでしょうか?

チクタク先生技術的には、そう遠くない未来です。完全自動運転車が登場する時代なら、多種多様なサービスロボットも実用化されているはずです。ただし、生成AIなどのAIにどこまで権限を渡してよいかは、政治的な話になるので予想はできません。それこそ産業革命時のラッダイト運動のような反対運動が巻き起こる可能性がありますので。長くなりすぎたので、今回はここまでとします。本題であるビジネスへの影響までたどり着きませんでしたので、次回から説明することにします

【第2回へ続く】

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