中山芳徳・ナショナルジュニア女子ヘッドコーチ、トップ50の壁を突き破るためには「うまくいかないことにどう向き合い、自分の伸びしろを見い出せるか」

ナショナルジュニア女子ヘッドコーチ・中山芳徳氏に聞く世界で戦うために必要なこと

今、ITFジュニア世界ランク(9月25日時点)で齋藤咲良(同5位)、石井さやか(同6位)、クロスリー真優(同8位)、小池愛菜(同9位)とトップ10に4人も日本のジュニアがいる。一見、日本女子テニスの未来は明るいように思えるが、そんな簡単なことではないのが現実。長年、16、14歳以下の国別対抗戦・ジュニアフェド(現ジュニアBJK)杯、ワールドジュニア女子代表監督を務める中山芳徳氏に、プロで100位、50位に入るために何が必要だと考えるのか、ジュニア時代に何をしておくべきなのか聞いた。

――ジュニアの女子シングルスでは4人がシード(クロスリー真優は試合前に出場を取りやめ)。グランドスラムジュニア優勝を狙える位置にいると思いますが、どのように見ていますか?

トップ10に4人がおり、それぞれの選手たちが違うバックグラウンドを持ちながらプロを目指して、その通過点で彼女達が非常にいいパフォーマンスができているというのは世界基準でステップアップできていることを示しているのだと思います。

グランドスラムというのは、選手がとりわけ勝ちにきているトーナメントで、ここで結果を出すというのは(普段の大会と)違うものがあります。自分の思い通りにいかないストレスと向き合わないといけないので、普段の試合であれば勝てる相手にも苦労したりする。この観客の中で勝っていくことが簡単ではないということを自分達がより高みを目指す上で必要な要素と感じられるかどうか、というのがポイントになると思っています。

積み上げてきたものがうまくいくか、いかないかというところだけにフォーカスしてしまうと、負けた時にがっかりすることになると思うのですが、将来ここ(USオープン)で勝ち上がっていくような選手になるために、自分の「思い通りにならないことにどう向き合えるか」というところを私は見ています。各選手がそれぞれランキングを上げてここに辿り着いているのですが、一発勝負ですしみんなが勝ちに来ている中で何ができるのかという難しさも感じると思うんですよね。

特に女子ジュニアの場合、プロのサーキットにも出場しながらここに辿り着いている選手が多く、勝つということが簡単ではありません。シードがついていて勝ちに行く位置にいるのは確かですが、(ジュニアランキングにプロの結果は反映されないため)数字には見えないタフさというのがあるのではないかと思います。

勝ったらおめでとうだし、負けたら今後プロでやっていくために何をやらないといけないのか、どういうことを足して、何を積み重ねないといけないのかと。うまくいかないストレスにどう向き合ってポジティブに変換できるのかが、一番の大舞台だからこそ受け止められるいい機会だと思います。ここが進化する場所なのでそんなことを感じながら観ています。

――選手自身の拠点の専属コーチがいる中で、先ほどお話のあった「苦しい時にどう向き合うのか」ということなど選手に話されることもあるんでしょうか。

もちろん話はします。どういうことを積み重ねているのか、どういう段階にいるのかとかそういうことをコミュニケーションを取っています。その状況に応じてコーチを挟んで対話をすることもあります。

――今大会、日本女子はメインドローに残念ながら入れなかったのですが、このまま日本ジュニア女子が順調に育っていけば本戦に入る素質はあるとお考えですか。

そのポテンシャルがあるということを証明していると思っています。これからどういうものを足さないといけないのか、どういうことを乗り越えていかなければいかないのか100位、もしくは女子の場合だと50位以内は一つの目標です。ジュニアとはまた違う「壁」はあると思うのですが、なぜここ(USオープンジュニア出場)が必要かというと将来的にトップ20、30に入ってくる「エリート」とここで対戦できる。そうすると自分のものさしが、その「エリート」になります。そのものさしを持たずに、ただグランドスラムに出たい、プロになりたいと言っても自分がどういう位置で何を追いかけているのか明確ではないんです。

そういう意味では彼女たちはトップ10にいて、こういうところで1、2回勝ち、今トップでも活躍しているミラ・アンドレーワ(世界ランク63位)やアリーナ・コルニーバ(同212位)とも対戦している。誰を追いかけていて、誰がライバルなのかというのも重要ではないかと思います。

今年5月にはITFジュニア世界ランク2位を記録している齋藤咲良

齋藤咲良であれば、WTAランキングで400位台ですが、周りの選手は300位を切る勢いで16歳になっています。そうなると1年後にはUSオープンジュニアにはいないわけで、プロのUSオープン予選に出ていることになります。そういうエリートたちの(成長)スピードも感じますし、常に対戦していると相手選手の経歴を調べたりします。そうするとランキングを調べたり、どこでプレーしているのかとか練習をしているのかなど気になるので追うことになります。まだ16歳だと制限※もある中であんなに勝ち上がって大人のグランドスラムに出ています。それを人ごとではなく「感じられる」という事がすごく大事になってくると思います。

※WTAおよびITFでは、18歳未満がプロの大会出場できる数に制限を設けており、17歳で16大会、16歳で12大会、15歳で10大会、14歳で8大会となっている。また得られるワイルドカードの数にも限りがある。

――100位、50位の壁、いろんな壁を越えていくのに技術的なことも含めて「鉄則」みたいなものがあれば教えてください。

自分がキーワードに上げたのが「自分がうまくいかないことにどう向き合えるか」です。試合中のミス、トーナメントでの勝者は1人しかいないので負けということもそう。WTAランク50位でも勝率は52%なんです。フェデラーとかナダルのように80%を越えることはツアーではあり得ないこと。常にうまくいかないことに向き合えるかどうか、そこに自分の伸びしろを見い出せるかどうかですね。

みんな自分が上手くいかないことにガッカリしてしまうのですが、言い方を変えると自分のテニスが上手くいくかどうかだけにフォーカスして勝てるというのは(大坂)なおみなど相手をオーバーパワーできる人だけ。自分のテニスにだけフォーカス=相手を超えられるんです。

それに対して他の日本人の場合は、「相手のいいところ」を消して、相手の得意なことをさせないことが求められます。ヨーロッパやアメリカの選手は高い競争の中にいて、それが見えているのでテニスが「主観的」ではない。主観的というのは「私が何ができればいい」「これができればいい」ということですが、相手にそのテニスを越えられると何もできない。ヨーロッパやアメリカの選手は、自分を越えていく人をどう倒していくかということをやっているのでしぶといんです。主観的な考えだけでテニスができ、勝てるのは限られた人達だけです。

日本選手たちは海外に行き、高い競争の中にいると「コートセンス」というのが磨かれていきます。今回、世界ランクトップ10に入っているジュニアは、海外での大会をベースにプレーしています。常に海外の選手と、コートの反対側に「外国人の景色」があるわけです。そこに触れているとストレスにも慣れてきます。ですが日本だけで戦い、たまにしか外国勢の景色やボールを受けないとなると、やはり海外を中心に活動している子が勝っているというのもあたりまえのことにもなってきています。厳しい言い方をすると高い競争、環境の中にいるっていることは大切。他のスポーツでもそうですが海外勢が中心になってきていて、厳しい環境の中で衣食住を共にし這い上がって来る。将来、世界のトップになるための「ものさしを変える」ことも大事だと思います。

――そういう意味では、日本国内だけでも男子とヒッティングなどをすることで海外勢のテニスの免疫をつけることはできるのではないでしょうか。

パフォーマンスを上げるために日本でもできる、例えば環境を揃えて、男子を使ってとか、日本の国内の国際トーナメントを多くしてなどですね。「パフォーマンス」だけを考えるとできると思うのですが、お話ししたように人間的に「ネガティブなこととどう向き合うか」とか「自分の考える能力」という工夫が必要になり、日本にいるとどうしても揃えてもらえてしまう。

うまくいかないことに対して向き合って、知恵を覚えて、自分の問題解決能力というものが上がるかどうかが重要なポイントになると思います。それ(問題解決能力)は普段の生活の中からも生まれ、それは大事な場面、プレッシャーのかかったところで生きてくるでしょう。日本の子たちをと総称していう必要はないのですが、負けたり、上手くいかないことがあると自分の「アイデンティティー」までも疑うんです。一方、海外の子たちは負けても「自分自身」は崩れたりはしない。人格を否定されたわけでもなく、自分は自分でただゲームに負けただけなんだと。日本の子たちは自分が自分ではなく、評価されてないという思考に陥いってしまう。

だからこそ、「勝ってると自信がつく」と勘違いしているところがあります。私は上手くいかないところから這い上がった時に、自信がつくものと考えているので、選手自身が嫌なことと向き合えるかは大事。トップに行くためにあえてストレスを与えていくことも必要です。

ハードワークというのはただ長い時間「しごかれる」のではなく、いかに自分が競技と向き合って得た自信が大事だと思います。日本人が元々、持っている緻密さや勤勉さやデータを使う、科学的なトレーニングをするなど日本人が良いと思っているものはトップの選手たちも持っている要素ですが、日本人の平均点は高いと思います。

――日本人が勝つためには、ストレスがかかった時の対応の仕方が大事になることがわかりました。

日本に居ると与えられるストレスは想像がつく。海外では競争のハードルは高く、文化や習慣も違う。欲しいものがすぐに手に入らないから工夫する、一つやることに時間をかけないといけない。いろんなことが揃ってないから自分でやらなければいけなくなる。上手くいかないから自分で考えて知恵を出し、諦めないでやってみるとかそういうことって海外に出て行かないと(不利な条件が)揃わない。

揃ってないとできないと言ってしまう人、環境は与えられるものだと思っている人は勝てないと思います。良い環境は「自分で作り出す」という視点は、とても大切です。

レジャーのテニスだとスポーツを学んで楽しく続けることが大事で、根本は変わらないんですが、それが一旦競争の中に入ると生き残るというインスティンク(本能)が必要になってくるので、それを磨くには海外にいた方がというのが自分の考え方です。

――海外に身を置くことで自分の「自信」になっていく、ということになりますか。

正直に言うと、いいコーチング、データを活用する緻密さとかはなければ難しいでしょう。12〜13歳でみんな技術があり、「穴」がない。ダブルフォルトで崩れるなんてこともないんです。その人をハイパフォーマンスに持っていくのに、知識がなかったとかそれがもう許されない時代になってきている。その(基本的なスキル)上に人と差をつけるために「何を持ちますか?」というのを見い出すものはセンスから生まれて来るものだと思います。

みんなテニスが上手だったら勝てると思っているけど、全員上手なんです。もう(今の時代)下手くそがいないんです。ボールの後ろに入ったらアンフォーストエラーをしない、その中でゲーム性でどう差をつけられるかということになります。

――ひと昔ならフォアハンドだけが飛び抜けていいけど…というプレーヤもいました。確かに見ていても大きな穴はないように思います。

相手にストレスを与えて、相手が、(プレーの)枠以外のことをしないといけないようにした結果、はじめて簡単なミスに見えるポイントはあります。すると、こんな強い選手でも簡単にミスしたり、こういう崩れ方をまだするのか?となるんです。つまり、勝手に相手が崩れることを期待できない時代です。そういうことも含め、高いレベルにいることは大事なことだと思います。その基準を変えるということですね。

――グランドスラムがゴールではなく、この先に選手を送ることを中山ヘッドコーチもお考えだと思います。

ストレスなくいい形で出してあげようとすると、逆に伸びしろがなくなってくる。例えば今、彼女たちが持っているベストのパフォーマンスが崩れないように考えると、周りが色々揃えてあげることになります。それイコール彼女たちが考えなくて済むようになるということです。ただ、それが崩れないようにパフォーマンスが出せるようにとかやっていくとステージが上がってきた時に、自らを崩してでも何か新たなものを得ようとする作業ができなくなります。

自分が変わるために、今うまくいかないこととか新しいことを取り入れる「変化」ということが怖くなってくる。「変化」が「進化」のはずなのですが、安定したいと言っているとそれは「停滞」になります。

――耳が痛いお話しですね。

あまりジュニア期の進化、変化の段階で揃えてあげ過ぎるとプロになった時にすごいストレスを受けることになります。

――ストレスをあげる、かけるということは出場する試合をタフなところにする、もしくは練習しながら培うものでしょうか。

両方だと思います。うまく行かないことに対して「もがく」。もがくということは、いろんなことにトライアンドエラーをするのも「もがく」だと思います。ですが、「素直でいい子だね」とコーチのいうことを聞いて言われたことをできるだけでは、ある程度伸びるのですが、それ以上がなくなってしまいコーチの想像を超えないんです。素直でこちらの言ったことをやりなさいというのは良いことですが、自分で考えて「ちょっとこうやってみたらどうなんだ」ということがないんです。

それができないと、(選手がコーチへの)依存度が高くなりコーチに答えを聞くようになる。そして答えを教えてくれる人が、良いコーチになります。それでは選手はコーチが思うところにまでしか行かない。優れた選手たちというのは、自分でいろんなものをピックして自分で自分のテニスを作り上げていくので、一緒に遠征をしていてこちらの想像を超えることがあります。自分の想像を超えるという瞬間があるということは、自分で物を考えているという証拠で、そこが(選手の)ポテンシャルだと思っています。

2021年から拠点をアメリカ・フロリダのIMGアカデミーに移した石井さやか

――選手とコーチがお互いに依存し合うような光景もあるように思います。コーチとの信頼関係はもちろんあるけれど、選手は自分を持ってコーチと対等に話し合う関係が良いということでしょうか。

そういう人格をあえて作ろうと持っていくというのがコーチングだと思っています。それを「俺の言うことをちゃんと聞いておけば勝ったのに!」とかではなくて。

――コーチのエゴが思いっきり入っていそうですね。

そうなってしまうと自分達の想像を超えていくことはありません。もちろん世界基準のフィジカル、技術の精度も必要、だからこそ正しいメカニズムでボールを打つことはあたりまえで、そこは譲らず、ブレずにしっかり積み上げる。足を使う、正しい打点で取るとかみなさんが思っているあたりまえのことを続けていきながらですね。

――あえて奇をてらう必要は必ずしもないと。

例えばショットの精度が荒く、それでも頑固に打ち続けた後に本人に気づきがあるかもしれません。それをコーチが「勝ちたいならコートに入れておけ」ということになると普通の選手になってしまいます。「奇」で打つところも生まれないということは、西岡良仁(ミキハウス/男子世界ランク44位)も生まれないということになる。人と差をつけたい、人と違うものを持ちたいと思っているかですね。

――それはエネルギーだったり、私はやってやる!という個性や「我」のようなものなのでしょうか。もっと上に行きたいとか。

そうですね。「ウィルパワー」(意志力)とかキャラクターというのは非常に必要ですね。負けづづけていると自分を見失いかけることもあると思います、ミスが多いとか、歯が立たない相手と対戦しないといけない。想像している以上にこの競技自体にストレスがかかります。そこを乗り越えるためにこの差をハードワークして乗り越えないといけないそうなると相当意志が強くないといけない。

――もう数年後にはプロのツアーにいかなければならないという現実があります。

普通の日本人の子が考えるストレスを彼女たちは日常にできているから一つ先を行っています。海外だと普通に住むことも圧力がかかります。英語ができる、できないなど一つ一つが知らないことでストレスだと思うのですが、こういうのも積み重ねの一つになります。いろんな人種がいて、言葉や食事のことなど挙げればきりがなく、その中で彼女たちは過ごしています。

残念ながらテニスというのは、ヨーロッパやアメリカが中心のスポーツなのでその中にいる必要があると思います。競技の一番高いところに行くわけですから我々はアジアにも日本にもその環境がないので外に出ていくというのは必至だと思います。

――それは世界基準の「鉄則」なんですね。

絶対ですね。それが結果的に我々はテニスでいろんなことを育んだ人が世の中の役に立つ、貢献できる人を作るということがテニスの、我々スポーツに関わっていく人の一番の目的なのでプロだったらどうだとか、成績がどうだったということよりもそういう人を作りたいと思っています。言葉やいろんな文化を理解することによって表現できるストライクゾーンが広がります。それが日本をある程度理解する人にしか通じないではなく、その人が育んだセンスが言葉とかいろいろな宗教とか文化とかを理解する事によっていろんな人に伝えることができる。今はそういうグローバルなものが求められている。海外組がそういうことができる社会に貢献できる頻度は大きいと思います。

――テニスの勝敗だけで判断してしまうと視野も広がらないのかもしれません。

すぐ日本人はサイズが小さい、武器がないと言いますが、ATPの中では西岡選手やヒューゴ・ガストン(フランス/同99位)、ディエゴ・シュワツルマン(アルゼンチン/同114位)など活躍しているのも現実。もちろん確率が少なく、次出てくるのも難しいのもわかります。でも何がないからダメと諦めるのではなく、あえてやるという情熱があることが大事です。簡単ではないし大変だと思いますが、決めたんだから簡単に「諦めない」グリット(やり抜く力)みたいなものをちゃんと持ち合わせている人でないと。そこに物を考える力だったり、何かを考える上で情報を集めよう、ロジカルな頭を持っているというのは大事ですね。

――みんなに合わせなきゃとか自分が気後れしてしまう思考はテニスまで小さくまとまってしまいそうな気がします。

相手の立場になってテニスを考えたら、もう少し相手の崩し方とか、相手の良いとこの消し方が見えてくると思うんです。それが「主観」で好きか、好きじゃないか、だけだと厳しいですね。もちろん『主観』の大事さもあります。例えば、友達に見たくない映画に誘われても、これ見たかった!と嘘をついて観るのではなく、ちゃんとこの映画好きじゃないからまた誘ってねと自らの意見や気持ちをちゃんと主張できる『主観』もとても外に出たときに必要とされます。だからこそ頑固に貫くという良い面もあります。しかし一方で、目の前にいる友達が、りんごが大好きでこれから食べようとしているに、『私りんご嫌いで、絶対食べれない最悪!』と言ってしまったりします。ここで言われた相手の立場になって考えるという『客観』がないと、テニスにおいても自分が上手くいかないや負けている時に、相手の立場になって突破口を開くこともできずただパニックになってしまいます。

『上手くいかないことの連続を経験しそれに向き合うことによって、なりたい自分を作って行く!』それが、今後選手たちがさらに伸びて行く、大きな要素と考えています。

――主観と客観、相手への許容と理解そしてストレスへの免疫力など楽しくお話ししてをさせていただきありがとうございました。

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