<レスリング>【2023年世界選手権・特集】メダルは逃したが昨年2位の選手を破る殊勲、収穫の多かった初の国際大会…男子グレコローマン72kg級・原田真吾(ソネット)

 

(文=布施鋼治)

 だれが彼の準決勝進出を予想したであろうか。男子グレコローマン72㎏級の原田真吾(ソネット)は、今回が世界選手権だけではなく国際大会にも初出場だった。

 失礼ながら、それほど期待されていたわけではない。昨年は前十字じん帯を断裂する負傷を負い、戦列から離れていた時期もあった。言葉を選べば、「当たって砕けろ」と言うべき立場だったか。

 そんな周囲の見方とは裏腹に、2023年世界選手権第7日、原田はあれよあれよという間に勝ち抜いて行く。初戦はモルドバ代表と対峙したが、相手の突進を利用しての巻き投げで4点を先取する。第2ピリオドになっても、その勢いは衰えず、相手の首投げの失敗から背後に回るチャンスを得て6-2で快勝した。

▲世界選手権のマットで、初めて外国選手と相対した原田真吾。堂々と闘い、勝ち抜いた

 2回戦の相手は東京オリンピックに出場し、一昨年の世界選手権では3位だったラマズ・ソイゼ(ジョージア)。一時は俵返しを決めるなどして5-0とリードしたが、ソイゼ側の「原田は足を触っていた」というチャレンジが認められ、1-0に。それでも、左肩をがっちりとテーピングしてマットに上がっていたソイゼは試合途中で続行不可能となり、原田が勝ち名乗りを受けた。

 準々決勝では昨年2位のウルビ・ガニザデ(アゼルバイジャン)と激突。一時は1-3とリードを許したが、スタミナで勝る原田が6-4で金星をつかみ取った。

昨年の世界王者相手とは力の差を痛感

 続く準決勝では、昨年の欧州王者ロバート・フリチ(ハンガリー)と胸を合わせた。フリチのがぶり返しをつぶして上になるなど攻勢に出る場面もあったが、第2ピリオドになると、プレス力に勝るフリチがステップアウト(場外)などで点数を小刻みに重ね、3-1で原田を振り切った。

▲今年の欧州王者相手にリフト技を仕掛ける原田。やや力の差があった

 試合後、原田は準決勝までの激闘を興奮気味に「まさかここまで来るとは思ってもいなかった」と振り返った。「世界選手権初出場なので、チャレンジャーの気持ちで挑みました。コンディションも良かったので、試合前から結構いけるかなという気持ちもありました。最後は力負けをしてしまって、体力がないところで取り切れなかった」

 当然、翌日の3位決定戦でのメダル獲得が期待されたが、勝負の世界は甘くなかった。敗者復活戦を勝ち上がってきた昨年の世界王者で地元セルビアのアリ・アルサラン(元イラン)に、試合開始早々いきなりステップアウトを許してしまった。

 場の空気にのまれるかのようにテークダウンを許し、ローリングを連発され、あっという間に0-9のテクニカルスペリオリティ(テクニカルフォール)負けを喫した。

 前日は伸び伸びと闘っていた原田とは、まるで別人。試合後は「世界の壁の高さを痛感した」と肩を落とした。

▲昨年の世界王者とは力の差があったが、これも貴重な経験

育英大・男子部の世界進出が始まる!

 「昨日まではチャレンジャーの気持ちだった。何も失うものがなかったので、チャレンジ精神で戦うことができた。3位決定戦になると、ちょっとメダルを意識して緊張してしまうところがありました」

 3位決定戦も準決勝と同じ日に組まれていたら、違う結果になっていたのだろうか。原田は「これが今の自分の実力」と冷静にアルサランとの闘いを分析した。

 「最初、相手に仕掛けられた“たぐり”も、自分の体勢が悪いまま一気に押し出されてしまった。それから一気に相手に流れを取られてしまい、グラウンドも守れなかった」

 国際大会に出場経験のない選手なのだから、準決勝を終えるまでアリ側には原田のデータは少なかったと思われる。準決勝までの原田の闘いぶりから、くせや弱点を見抜き、翌日の3位決定戦に活かしたのだろうか。

 初の国際大会出場でメダル獲得の快挙を成し遂げることはできなかったが、原田は確かな手ごたえをつかんでいた。「海外の選手は、日本の選手と違って圧力だったり、勢いだったりがある。日本人にはない動きもあった。今回、そういう選手たちと手合わせすることができたことは、大きな収穫でした」

▲昨年世界2位の選手を破って笑顔を見せる原田。この笑顔が決勝のマットで見られる日が来るか

 
 今春、育英大を卒業し、社会人になった現在も、同大学を練習の拠点とする原田は、気丈に語る。「まだまだ女子の活躍には及ばないけど、育英の男子も上を狙っていけるところを見せていきたい」

 元木咲良、櫻井つぐみ、石井亜海を擁する女子レスリング部に追いつき、追い越せ。育英大の男子レスリング部物語は始まったばかりだ。

 

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