うどん、かき氷、トースト……。その昔、街道筋にあったドライブインでよく見かけた自販機(自動販売機)がたくさんならんでいた。その数112台。
当時、私が一番お世話になったのはハンバーガーの自販機だろうか。コインをいれ、スイッチをおすと箱にはいった、熱々のハンバーガーが出てきたものだ。
昭和期に活躍した、レトロな自販機が神奈川県相模原市郊外にある『中古タイヤ市場 相模原店』に結集している。
「趣味でレトロな自販機を集めはじめました」
「はじめて見たのはハンバーガーの自販機でした」と同社齋藤辰洋社長はふりかえる。
「大きな声では言えないのですが、小学生のとき、近くのパチンコ屋にあったハンバーガーの自販機をよく見に行きました」
29歳のとき(2001年)、中古タイヤ、アルミホイールを販売する『中古タイヤ市場』を開業。
ある日ネットオークションを眺めていたら旧い自販機が競売にかけられていた。子どもの頃パチンコ屋で眺めていたハンバーガーの自販機を思い出したのか、瓶コーラの自販機をネットオークションで落札。
「自宅にはおけないので、使える状態にしたものを会社の駐車場に放置しました」
コツコツ集めはじめたら旧い自販機で駐車場がいっぱいになった。
タイヤやホイールを交換する間、お客さんにハンバーガーやうどんを食べてもらおう。そう考え、2014年頃このスタイルで営業をスタート。
旧い自販機を動態保存しようと思うと自分で修理するしかない。自販機の製造元が対応していないからだ。
ネットオークションで落札したはいいが、ボロボロの状態で届くことも少なくない。それを1台1台手塩にかけて動くように自分達でリペアしている。
川鉄計量器製のカレーライスの自販機も手元に届いたときはボロボロだった。
「温かいカレーライスが出てくるようにするまでに時間がかかりました」
カレーライスの自販機がもう1台ある。ボンカレーの自販機だ。
笑福亭仁鶴扮する素浪人のTVCMを覚えている方も少なくないだろう。「3分間待つのだぞ」のセリフで一躍有名になった、ボンカレーの自販機だ。
先の川鉄計量器製と異なり、温めたレトルトパックのカレーとご飯が別々に出てくる。レトルトパックの封を切り、自分でカレーをご飯に盛りつけるスタイルだ。
「天ぷらうどんやお茶漬などはキッチンで作っています」
天ぷらうどんと天ぷらそばの自販機のほか、ラーメンの自販機もあった。
食べもの系で一番人気が、ラーメンと天ぷらうどんだそうだ。
「ハンバーガーとトーストも人気が高いです。個人的にはハンバーガーと川崎製鉄製のカレーライスが好き。でも、基本的に全部好きです」
お昼やお腹が空いたら自分でも食べるそうだ。
修理は自社でするにしても食品はどうしているのだろうか。
「カレーライスやお茶漬のご飯は、店舗の奥にあるキッチンで炊いています。それ以外の、ハンバーガー、トースト、かつ丼、たこ焼きなどは地元の食品メーカーに作ってもらっています」
うどんやラーメンなどの麺類も天ぷらも汁も食品メーカー製。
食品メーカーから届いた麺や天ぷらをキッチンに並べた丼に、自社スタッフがひとつひとつセットする。これを別途汁といっしょに自販機に格納する。
社長は左団扇なんだろうなあと思っていたら、齋藤さんも丼にそばをセットしていた。
昔ドライブインの自販機コーナーで買ったハンバーガーは箱にはいっていた。どんな絵柄の箱だったか記憶にないが、黄色い箱だったような気がする。
齋藤さんはハンバーガーの自販機を修理するだけでなく、レトロ風のハンバーガーの箱を復活させた。
印刷会社がプリントした箱を食品メーカーに運ぶ。食品メーカーでは作ったハンバーガーを箱につめ、『中古タイヤ市場 相模原店』に納品。これを自社スタッフが自販機に格納する。
日清食品の自販機になぜかマルちゃんホットワンタンが入っていた
ごく一部を除き、自販機はすべて自社所有。修理はもちろん、商品管理も自社で行っている。
ハンバーガーだけでなく、メーカーに納品してもらったコカ・コーラもカップラーメンも自社スタッフが自販機につめる。
自販機を自社管理しているがゆえに、ここでしか見られない、不思議な光景と遭遇できる。
たとえば日清食品の自販機をご覧いただきたい。
日清食品といえばカップヌードルやどん兵衛でおなじみだが、日清食品の自販機に、競合他社のマルちゃんホットワンタンが呉越同舟しているのだ。
アサヒビールやキリンビールの自販機でも同じ現象がおきていた。それぞれの自販機に他社の缶ビールやチョーヤ梅酒などがいっしょにならんでいるのだ。
アルコール類の自販機には、ひとつだけ共通点があるという。
「すべてノンアルコールのビールなどがはいっています」
パーキングエリアやドライブインではアルコールを一切扱わないように、ここでもアルコールを販売していない。
おもちゃやプラモデルの自販機もならんでいた。ところが、商品がスカスカ。
「ここ数日でほぼ完売しました(苦笑)。プラモデルやおもちゃは浅草橋にあるおもちゃ問屋へ行き、売れそうなものを自分で選んで買ってきます」
齋藤さんのセンスで売上が左右する自販機もあるようだ。
「一度来たかった」という人が神奈川県内外から押し寄せる
私が訪れたのは8月の平日の朝10時半。
バイクが10台、クルマが何十台もとまっていた。地元湘南ナンバーのクルマが一番多かったが、つくばナンバー、横浜ナンバーのレンタカー、松本ナンバーもあった。齋藤さんによれば、今日は少ない方らしい。
お客さんに話を聞いた。
「テレビでこの店を知り、クルマで来ました」(神奈川在住のカップル)
男性はホットドッグ、女性はハンバーガーを購入。うどんも食べようと思っていると女性が話してくれた。
猛暑のこの日、3時間かけて水戸からバイクで来た男性3人がいた。
ひとりはハンバーガーとラーメンを購入。もうひとりはラーメンとトースト。もうひとりは友人二人が呆れるほどの大食漢だった。ラーメンとハンバーガーを食べたあと、かつ丼と瓶コーラを購入。
かつ丼を食べ終えると炎天下、水戸へ帰っていった。お疲れ様でした。
かき氷を買っていた女性がいた。
「家族3人で八王子から来ました。娘が一番来たがっていたんです(爆笑)」
瓶コーラを買おうとしていたご主人をインタビュー。
「昔ドライブインにうどんやそばの自販機がありましたよね? 埼玉にこういう店があると知り、行ってみたら食べもの系の自販機が使えず悔しい思いをしました」
埼玉の仇を相模原で返せたようだ。
最後にもう一度齋藤さんに質問した。なかなか入手できない《幻の自販機》はないのだろうか?
「もうほとんどの自販機を集めました。縁があれば引きとらせていただきます」
昔はあちこちで見かけた自販機だったが、いまや珍しくなったレトロな自販機が一堂に会するここは観光スポットとして脚光を浴びている。
今度の週末、出かけてみませんか。懐かしい自販機と出会えるかも。
【中古タイヤ市場 相模原店】施設概要
住所/神奈川県相模原市南区下溝2261-1
電話/042-714-5333
営業時間/タイヤ販売部門は10:00~19:00、自販機は24時間営業
定休日/タイヤ販売店は水曜、自販機は無休
(うまいめし/ 中島 茂信)