Beyond 5Gの技術開発「経済安保の観点でも重要」 日本の存在感低下、総務省が描く戦略は

高速通信とスマートフォンの普及は私たちの生活を大きく変えたが、2030年代に登場すると予想される次世代の通信規格「Beyond 5G(6G)」は産業に大きなインパクトを与えるかもしれない。電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ、JDL)が九州産業大学(福岡市)で開いた「The Conference of Digital Life vol.1」の基調講演で、総務省国際戦略局技術政策課の清重典宏氏がBeyond 5Gと政府の取り組みについて解説した。

総務省国際戦略局技術政策課の清重典宏氏

Beyond 5Gとは

携帯電話や車載システムなど、移動中にインターネットに接続するサービスは約10年ごとに世代交代する。3G(第3世代移動通信システム)が2001年、LTEを含む4Gが2010年、5Gが2020年に商用利用を開始しており、次世代のBeyond 5Gは2030年ごろに商用化されると考えられている。

Beyond 5Gでは高速通信、低遅延、多数の機器に同時接続できるという5Gの各性能がそれぞれ10倍程度強化される。さらに、消費電力を現在の約100分の1に抑える「超低消費電力」、セキュリティーの強化や障害からの“瞬時復旧”を実現する「超安全・信頼性」、空や海上でもつながる「拡張性」、人工知能(AI)技術を活用して最適なネットワークを構築する「自律性」の4機能が盛り込まれる見込みだ。

通信速度(理論値)についていえば、4Gの1Gbps(1秒あたり1ギガビット)から、今日は5Gの10Gbpsへと10倍に向上した。Beyond 5Gではさらに10倍の100Gbpsに到達する。通信の高速化がYouTubeなどの動画配信サービスを発展させて、新ビジネスの創出を後押ししてきた向きがあるが、清重氏は「(5Gの)10Gbpsの通信速度を必要とする個人の方は、あまりいないのではないか。5Gはスマホの外に出てはじめて価値があるものだ」と話し、5G以降の通信は産業利用を中心に考えていく方向性を示した。

経済安保でも課題に

Beyond 5Gは社会経済の神経網に例えられる。超高速通信の特徴を生かして、車両の自動運転システム・遠隔監視システムが高度に発達すれば交通や流通の業界は影響を受ける。実在の都市を仮想世界に再現する「デジタルツイン」で人流分析や減災対策の研究が進めば土木建築業界に貢献するだろう。

だが、待ち構えるハードルは多い。消費電力の大幅削減を実現するには、光通信と電気通信の変換時に生じるロスを省いて、すべて光で処理するオール光ネットワークが必要だというが、当面は光と電気の信号を融合させた光電融合技術で対応する方針だ。

また、5Gのように高い周波数の電波は到達距離が短く、従来の基地局では僻地や海上までカバーできない恐れがある。そのため、高度約20キロメートルの成層圏に無人航空機を飛ばして“空飛ぶ基地局”として運用するHAPS(High Altitude Platform Station、ハップス)の開発も重要視されている。高度550キロメートルの低軌道上にある小型衛星を活用した、米スペースXの通信システム「スターリンク」よりも地表に近いため、高速通信や低遅延といった特徴を生かしやすいと考えられている。

ソフトバンクの先端技術展示会で展示された、成層圏を飛行する基地局HAPSのフライトシミュレーター

清重氏がこうした事情を背景に「(通信関係の)日本メーカーが世界でシェアを取れなくなっている」と指摘。3兆円規模の基地局市場では中国、韓国、欧州の合計5社が97%を占めており、日本はNECが0.8%、富士通が0.7%で合計しても1.5%しかないと話した。5Gの標準必須特許については日本企業全体で15%を保有しているというが、世界に先駆けて3Gを商用化した日本の存在感は低下している。

「グローバルベンダーしかネットワークの機械を作れず、外国に依存しないと国内の通信インフラを整備できない時代が近づいている。単に国際競争力をつけるだけでなく、経済安全保障の観点から見ても大きな課題だ」と清重氏は警鐘を鳴らした。

社会実装と海外展開志向で公募

日本の存在感低下は、政府だけでもメーカーだけでも食い止められない。対応を迫られた総務省は国立研究開発法人「情報通信研究機構(NICT)」に情報通信の技術研究に関する基金を新設。同基金の事業で今年8月1日から31日にかけて、オール光ネットワークやHAPSに代表される「非地上系ネットワーク」などの分野を対象に、年間数十億円程度を助成するプロジェクトを公募した。

公募の特徴は、研究成果を社会に生かす「社会実装」を重視することと、世界で強みを発揮できる「海外展開志向」であることだった。研究のための研究ではなく実利を追う方針には、税金を原資とする事業は厳しい目で見られるという側面もありそうだが、清重氏は「技術を標準化させる(世界に普及させてイニシアチブを取る)ために研究成果を開示するとともに、特許化などでしっかり囲い込んで国際競争力を高めるオープンクローズ戦略が非常に重要だ」と方針を語った。

また、Beyond 5Gの研究開発を進めても産業界が垣根を越えて連携する意識を持たないと、せっかくの技術を活用できないと懸念。「JDLを大きなプラットホームとして、産業界が連携して未来づくりができるような取り組みを続けていただきたい」と話し、産学官の連携強化をミッションに掲げるJDLの活動に期待感を示した。

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