創業から78年。鎌倉の喫茶『イワタコーヒー店』を救った3代目・女性店主が語る、店を続けるために大切なこと

1945年創業。鎌倉の小町通りの入口に店を構える老舗喫茶『イワタコーヒー店』。戦後直ぐにオープンして以来、1度も閉じることなくお客さんを迎え続けてきました。その魅力は広々としたレトロな空間で楽しむ、フワフワのホットケーキや、どこか懐かしいフルーツサンド。

開店と同時に多くの人が押し寄せる人気店ですが、そのどっしりとした店構えとは裏腹に、過去には閉店を迫られるほどの困難がありました。

今回は、そんな『イワタコーヒー店』の危機を救った3代目店主・生嶋亜里紗さんに取材。するとそこには困難を乗り越えた戦略と、女性のパワーがありました。

レトロな空間。幻想的なサンルーム。鎌倉の人気喫茶『イワタコーヒー店』

奥行きのある店内。特に人気は奥にあるサンルーム席です。手入れの行き届いた中庭から、木漏れ日が入り幻想的な雰囲気。創業当時の『イワタコーヒー店』は、外国人向けの洋食も扱う店だったそう。

新しいものを積極的に取り入れることが好きだったという創業者で生嶋さんのお祖父様が、何度も建て替えを繰り返し、現在の広々とした『イワタコーヒー店』の原型ができたのだとか。

70年以上の歴史を誇る『イワタコーヒー店』。実は生嶋さんが店主になってから、さらに修繕と改装を重ね、今の姿になったそう。

生嶋さん「形あるものは歳月と共に劣化していきます。当時の雰囲気を大切にしているので気づかれることはありませんが、どれも新しく修繕しています。私がしっかりと店に関わり始めた頃は腐朽が進み、建物も経営業況もボロボロ。それでも私には、なぜかこの店は立て直せるという確信があったんです。

そうして17年、少しずつ改修を進めていきました」

現在のように遠方からも沢山のお客さんが来店するようになるまで、新店を運営するのとは全く異なる苦労があったと語る生嶋さん。一見では“変わらない店”でありながら、内部では存続のための変化を現在も続けています。

パンケーキブーム到来。最も古い名物商品「ホットケーキ」が店を救った

繁盛の転機となったのが『イワタコーヒー店』に70年以上ある名物商品「ホットケーキ」。オーダーしてから、職人が専用の鉄板でひとつひとつ丁寧に焼き上げます。そのため、提供までに20分以上かかりますが、一時期は来店客の9割以上がオーダーするほどの人気ぶりだったそう。

生嶋さん「私が店主になってから数年後、世間的なパンケーキブームが起きました。すると、うちの『ホットケーキ』を求めて老若男女問わず驚くほど沢山来店くださり、一時は店の外まで行列ができるほど。売り上げが飛躍的に伸びただけでなく、『イワタコーヒー店』を知ってくれる方が増え、店を軌道に乗せることができました。正に『ホットケーキ』は店を救ったメニュー。人員も手間暇もかかりますが、ずっと出し続けたい大切な1品です」

ゴールデンウィークには瞬間的に、5時間待ちになったこともあったという「ホットケーキ」。その人気ぶりが伺えます。

『イワタコーヒー店』では、丸いお皿に分厚いホットケーキが2段。メープルシロップとバターが添えられて運ばれてきます。しっかりと焼き上げられた外側はパリッとした食感。中は弾力がありふわふわとしています。優しい甘さで、朝食や軽食にぴったりのボリュームです。

『Hermès』から飲食業界へ、全てをかけて『イワタコーヒー店』の立て直しを図る

昭和25年オープンして間もない『イワタコーヒー店』

お祖父様から2代目として『イワタコーヒー店』を引き継いだのが、岩田さんの叔父様。しかし、2005年にその叔父様が急に他界。そこで初めて店の経営業況を知り、一時は閉店も考えられたんだとか。

生嶋さん「私の家はサラリーマンでしたから、店のことはどこか他人事のようでした。しかし、いざ『イワタコーヒー店』がなくなってしまうと思ったときに、忍びない思いがこみ上げて。幼い頃からそこにあって疑わなかった“もう一つの家”がなくなってしまう。そう思ったときに、店を継ごうと決意したのです」

当時、高級アパレルブランド『Hermès(エルメス)』で働いていた生嶋さん。その仕事にやりがいを感じつつ、『イワタコーヒー店』の立て直しを図るため退職。なんと『イワタコーヒー』の預金通帳にはたったの3000円しか入っていなかったというから驚きです。

生嶋さん「何より先に手をつけたのが、財政管理。出来るだけ無駄を省き、コツコツとお金を貯めては店の修繕費にあてていました。そして次が労務環境です。私にとって『イワタコーヒー店』は自己実現ではなく、スタッフや私たちの生活の礎だと考えています。良い人材が良い環境で働けるように、今も全力を注いでいます」

経営者としての目線で現状を客観的に見続けてきた生嶋さん。今でも活かされているという社会人としてのノウハウは前職によって培われたのだと語ります。

生嶋さん「『Hermès』では、社会人としての全てを教えてもらいました。同じ接客業であることもそうですが、仕事に対する姿勢など。もしも前職の経験なく店で働いていたら、現在のような『イワタコーヒー店』の姿はなかったと思います」

一見疲弊して見える状況にも、『イワタコーヒー店』の持つオリジナルの価値をしっかりと感じ取った生嶋さん。鎌倉の人気店として今も『イワタコーヒー店』があるのは、生嶋さんの努力と戦略の賜物です。

『イワタコーヒー店』を支え続けた、凛々しく美しい女性の姿

お店に立つ生嶋さんの祖父母の様子

取材を進めていくと、女性たちの存在なくして『イワタコーヒー店』は語れないことに気がつきます。その始まりは58年間店に立ち続けた生嶋さんのお祖母様の頃から。

生嶋さん「創業して以来、祖父母で店をやっていましたが25年目のある日、店を仕切っていた祖父が急に他界したんです。それから33年。祖母は変わらず店のレジに立ち続けていました。その姿は今でも私の脳裏に色濃く残っています」

白い制服を着て、背筋をぴんと伸ばした祖母の立ち姿。その奥ゆかしくも強い意志を感じる背中。生嶋さんが語るお祖母様の姿はまるで、今目の前にいる生嶋さんそのもの。美しい立ち振る舞いや、ぶれない意志。そういったものが、時代を超えて引き継がれているようです。

生嶋さん「私は女性がもっとその力を生かしやすい仕事環境を整えたいと考えています。

女性は堅実で働き者が多いですし、ポテンシャルもあります。女性を特別扱いするのものではなく、男性・女性それぞれの強みを生かして双方が働きやすい環境作りを目指すことが私自身、いま尽力していることです」

歴史を感じながら味わう真っ白な「フルーツサンド」

取材後、コーヒーと共に運ばれてきた「フルーツサンド」。こちらは「ホットケーキ」に比べると新しいメニューなんだとか。それでも10年以上ある人気メニューで、素朴な見た目が懐かしい雰囲気です。

生嶋さん「この『フルーツサンド』は私が幼い頃にスタッフが作ってくれたまかないから着想を得たものです。女性の好きなフルーツをたっぷり使い、ホイップクリームと一緒にサンドしています」

食べると、しっとり柔らかな食パンの食感。クリームは軽く、フルーツのほのかな酸味との相性抜群です。

歴史を知れば知るほど、愛おしさが増す老舗喫茶店『イワタコーヒー店』。その空間と変わらない味わいがコーヒーと共に身体を優しく包み込んでくれます。

About Shop
イワタコーヒー店
神奈川県鎌倉市小町1丁目5−7
営業時間:9:30~18:00
定休日:火・第二水曜

園果わたげ

ウフ。編集スタッフ

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ufu.の新米編集者。メンズカルチャー誌でアシスタントを経験後ufu.に転身。 特技は甘いものを食べ続けること。最近は美術館内レストランの限定コラボスイーツにハマっている。

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