大阪大大学院の特任研究員、岡真裕美さん(43)=大阪府茨木市=は安全行動学を専門とし、子どもの日常に潜むリスクについて啓発を続ける。研究のきっかけは、突然の水難事故で夫を亡くしたことだった。川で溺れた子どもを助けようとした夫。「冷静な人だったのに、なぜ危険な川に飛び込んだのか」。その答えを探している。(竜門和諒)
■帰ってこない
2012年4月21日。土曜の午後2時、夫の隆司さん=当時(34)=がジョギングに出かけた。コースは自宅近くの安威川河川敷。岡さんは5歳の長男と2歳の長女と一緒に横になり、うとうとしていた。
4時には隆司さんが子どもをスイミングに連れて行く予定なのに、帰ってこない。約束をすっぽかすような人ではない。携帯電話を鳴らしたが、置きっ放しで、部屋で着信音が響いた。
血圧が高めなので、どこかで倒れたのだろうか。地元の消防に電話した。「34歳で177センチ、80キロくらいの男性が運ばれていませんか」。保留され、2回3回と転送される。嫌な予感がした。そして告げられた。「運ばれていますが、すでに亡くなっています」「川で溺れた子どもを助けようとしたようです」
意味が分からなかった。安威川は浅く、流れも穏やかなはず。川底のブロックをつたい、対岸まで渡る人もいる。そんなところで、どうやって溺れたの?
■なぜ 危険な川に飛び込んだ?
後で聞いた話では、川で遊んでいた男子中学生が溺れ、一緒にいた小学生3人も次々に川に入った。通りかかった隆司さんら複数人が助けようとしたらしい。
うち1人は、飛び込んだ途端にずぼっと頭まではまり、慌てて川岸に上がったという。すぐそばは川底のブロックが水面に見えるような場所。勢いのある水がブロックを越えたところで川底をえぐり、滝つぼのように深くなっていた。見た目には分からないが、天候次第で最大7メートルほどの深さになる。行政も認識していたようだが、危険を知らせる看板はなかった。
冷静で、少し理屈っぽかった隆司さん。「深みがあると分かっていれば、夫は別の行動をとったのではないか」
■美談なんかじゃない
テレビや新聞は事故を大きく伝え、夫の「勇気ある行動」をたたえた。「子煩悩なお父さん」「近所の子どもを集めて遊んでいた」「責任感が強かった」…。
子育て中だったが、特に熱心だったわけではない。ニュースの男性が夫とは重ならなかった。
はたから見れば、子どものために命をささげた正義の人かもしれない。でも、美談なんかじゃない。家族にとってはたった1人の夫であり、お父さん。「なんでそんなことをしたの」。悲しみと悔しさが募った。
憔悴し、生きる気力を失いかけた。でも、幼い子のために「生きなあかん」。岡さんはある決意をする。
■事故は防げる
事故から1年後。大阪大大学院人間科学研究科に入った。子どもの命をどう守れるか、自ら研究しようと思った。
修士論文のテーマは「子どもの自主性を生かした安全教育」。地元の小学校に協力してもらい、通学路の危険を児童に知ってもらう方法を考えた。
今は同研究科に在籍し、今年からは大阪総合保育大学(大阪市)の非常勤講師も兼任。研究対象は水難事故だけでなく、交通事故、自宅での事故など多岐にわたり、兵庫、大阪を中心に講演に立つ。兵庫県が事業者向けに行う安全研修の講師も務める。
「あらかじめ危険だと知っていれば、防げる事故は多い。『自分は大丈夫』と思わないで」。伝えたいのは、事故は誰にでも起こりうるということ。取り返しのつかない結果を招かないよう、過去の事故パターンを学び、安全な行動を、と呼びかける。
夫の死を、不幸な事故やましてや美談で終わらせてはいけない。そう願って。