「イカゲーム」のイ・ジョンジェが初監督・主演を務める『ハント』が公開

ⓒ2022MEGABOXJOONGANG PLUS M, ARTIST STUDIO & SANAI PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

イ・ジョンジェが初めて監督を務めたスパイ・アクション映画は韓国で大ヒット

「イカゲーム」で世界的スターとなったイ・ジョンジェが4年間温めてきたシナリオをもとに初めて自ら監督を務め、盟友チョン・ウソンとダブル主演を果たした『ハント』は、1980年代の韓国を舞台に、壮絶な諜報戦を描いたスパイ・アクションである。韓国での公開時には初登場1位を獲得。第75回カンヌ国際映画祭ミッドナイトスクリーニング部門で上映されると、約7分間のスタンディングオベーションを受けた。さらに、第47回トロント国際映画祭など世界中の映画祭を席巻。第43回青龍映画賞、第31回釜日映画賞ほか数々の映画賞で新人監督賞を受賞した。

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<STORY>

1980年代、安全企画部(旧 KCIA)の海外次長パク(イ・ジョンジェ)と国内次長キム(チョン・ウソン)は組織内に入り込んだ"北"のスパイを探し出す任務を任され、それぞれが捜査を始める。スパイを見つけなければ自分たちが疑われるかもしれない緊迫した状況で、大統領暗殺計画を知ることになり、巨大な陰謀に巻き込まれていく。

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忠実に再現された1980年代の韓国

出だしからスピード感と緊張感に溢れる映画である。まずは1983年のワシントンDC。米韓首脳会談の会場の周辺で、民主化運動を弾圧する全斗煥大統領の退陣を要求する韓国系移民のデモが激しさを増していた。

安全企画部の海外次長のパクと、国内次長のキムが大統領の警備にあたるなか、大統領暗殺のテロが勃発する。応戦するパクとキムらは激しい銃撃戦の末、犯人グループを射殺し、暗殺事件は未然に防がれた。

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物語は安全企画部に潜む北のスパイの正体をめぐって、目まぐるしく展開する。北と南の諜報戦に加え、パクとキムが互いの身辺を探る熾烈な駆け引きを繰り広げ、緊張感と緊迫感が次第に高まっていく。

全編を通して画面は地味で暗い色調で統一されている。1980年代という時代を感じさせる画作りだ。仕事場のデスクで煙草を吸っているシーンから、日本で言えば昭和の時代であることが想起されるが、画面の色調や粗さによって見事に時代を表現している。

さらに照明効果による明暗のコントラストが秀逸だ。スパイの疑いをかけられて諜報機関で拷問を受けるシーンは光の演出が特に効果的で、血なまぐさい緊迫感が観る側に伝わってくる。

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自国に不都合な歴史を描きつつ、エンタテインメント作品に仕立てる

1980年代の韓国は経済成長が加速し、1988年のソウル五輪の開催で先進国の仲間入りを果たす。その一方、1979年秋の朴正煕大統領の暗殺事件の後、「ソウルの春」と呼ばれる民主化への期待が一挙に高まるが、軍は武力で民主化運動を鎮圧する。

軍の実権を握っていた全斗煥(後に韓国大統領に就任)は非常戒厳令を全国に拡大し、金大中や金泳三ら有力政治家を連行。民主化を求め激しさを増す学生デモに対し、韓国南部の光州で空挺部隊が投入され、市民への発砲などで多くの死者、行方不明者が出た。韓国軍が自国民を攻撃し殺害した光州事件である。

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光州事件は、本作に登場するキャラクターにも暗い影を落としていることが描かれる。苛烈な物語の向かう先にある全斗煥大統領の暗殺計画をめぐって浮き彫りになるのは、北と南のそれぞれの思惑だけでなく、大統領の所業に対する怒りに苛まれた一人の人間の姿であった。国家にとって不都合な歴史を映画の中で堂々と表現できるところに、韓国映画界の底力を感じる。

「本作は1980年代を背景に創作されたフィクションである」――。本作の冒頭で流れる字幕が、なぜか心に引っ掛かっていた。観終わった後、こう思った。「この映画は本当にフィクションなのか」と。

冒頭の字幕の言葉が、ずっしりと重く感じられる。自らが脚本を手掛け、主演と監督を務め、エンタテインメント性を備えたスパイ・アクション映画に仕立て上げたイ・ジョンジェ。その意志と手腕に脱帽である。

<作品データ>
『ハント』
脚本・監督:イ・ジョンジェ
出演:イ・ジョンジェ、チョン・ウソン、チョン・ヘジン、ホ・ソンテ、コ・ユンジョン、キム・ジョンス、チョン・マンシク
2022年/韓国/DCP5.1ch/シネマスコープ/韓国語・英語・日本語/125分/PG12/헌트(原題)HUNT(英題)/字幕翻訳:福留友子・字幕監修:秋月望
配給:クロックワークス
公式サイト: https://klockworx.com/huntmoviejp9月29日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー

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堀木 三紀

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)

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