SETO INLAND LINK ~ デニムの価値を見つめ直し産業をさらに活性化させたい。ひととデニム、未来がつながる展覧会

繊維産業が盛んな倉敷市児島地区。

日本初の国産ジーンズは、この児島の地で生まれました。

ジーンズショップが立ち並ぶ「ジーンズストリート」や、児島各社の衣料品を販売する「児島フェス #せんいさい」には県内外から多くのひとが訪れます。

華々しい印象の業界ですが、職人が高齢化しているうえ、後継者問題も抱えているのが現状です。

業界が抱える社会問題に向き合うため、デニムを多方面から見つめ発信する、新しいスタイルの展覧会「SETO INLAND LINKセト インランド リンク)」が誕生します。

コンセプトは「“デニム”が紡ぐ多様な個性」。

アパレル商品の販売はなく、アートを通して、デニムの価値や多様な個性に着目したイベントを紹介します

SETO INLAND LINK主催の癒toRi18株式会社について

SETO INLAND LINKの主催は、児島に会社を構える「癒toRi18株式会社(ユトリイチハチ)」です。

自社のオリジナルブランドの制作のほかに、取引先の依頼をもとに、加工をメインとし、手作業でデニムの商品を作り上げます。

職人の手で生み出されるので、細かいオーダーにも対応できる一方、繊細な技術が必要です。

職人技が光る加工のようすを特別に見学しました。

癒toRi18株式会社

癒toRi18株式会社の工場のようす

癒toRi18株式会社では取引先のオーダーを受けて、裁縫から加工をすべて手作業でおこないます。

分業のため何人もの職人の手に渡り、完成というゴールに向かうようすは、まるでリレーのタスキのよう。

仕上がりを想定しそれぞれの工程を決めた、1枚の「レシピ」をもとに職人達が作業をしていくことで、注文とおりに仕上がります。

版で形を付けて、足の付け根あたりの「ひげ」や裾のダメージ加工も職人技によって作られます。

ヴィンテージ感を表現するために石と一緒に洗い、ダメージを与える「ダメージクラッシュ」もジーンズ作りならでは。

単に石で洗うのではなく、ダメージに強弱を付けるため、ジーンズにピンを打ち、色落ちの濃淡をつけています。

写真左がダメージ加工前、右が加工後

職人のセンスと技術により、次々と形を変えるジーンズを見ていると、まるで共同でアート作品を制作しているように筆者の目に映りました。

オリジナルブランド

自社ブランドの「New Manual(ニューマニュアル)」は、SETO INLAND LINKに携わる藤原裕(ふじはら ゆたか)さんがディレクターを務めています

藤原裕さんはヴィンテージデニムブームの立役者といわれ、デニム業界に大きな影響を与える人物です。

New Manualは、「現代の物差しで、良き時代のモノを捉え直し、新しいマニュアルをつくる」そんなブランドです。

ヴィンテージ感を出すために、実際に洋服を着ていくうちにどこが色落ちするか、しわが入るか、すり切れるかなどを想像し、加工により表現します。

SETO INLAND LINKについて

写真提供:SETO INLAND LINK実行委員会

デニム産業における、職人の高齢化や後継者不足の課題を解決するため、若い世代へのアプローチが必須となっている現在。

デニムの価値を再定義し、昇華させる取り組みが不可欠との考えのもと、2023年10月7日(土)~9日(月・祝)にSETO INLAND LINKが開かれます。

産業を残し次世代に紡ぐためには、若者に価値を伝え、理解してもらう必要があります。

SETO INLAND LINKの想いや特徴は、以下のとおりです。

想い

  • デニム産業の新しい価値を提案することで、新たな人(働き手、企業、観光客など)を呼び込み、地域を活性化させたい
  • デニム作りは、技術力だけでなく自分の個性を活かせる仕事であると伝えることで、クリエイティブマインドを持った次世代の担い手に興味をもってほしい
  • デニムをとおして、多様な人たちのLINK(つながる)が生まれることで、創造的で豊かな未来が広がってほしい

特徴

  • 小学生から世界で活躍するアーティストまで多様な参加者
  • 歴史的で美しい風景や会場と、革新的なデニムを用いたアート作品の融合による非日常な空間
  • デニムを洋服だけでなく、様々な角度から楽しめる多様なプログラム

デニムの新たな魅力を、より多くの方に知ってもらうために、岡山県外、海外から訪れるひとが多い美観地区が会場に選ばれました。

児島虎次郎記念館(旧中国銀行 倉敷本町出張所)

児島虎次郎記念館は、大原孫三郎(おおはら まごさぶろう)が頭取を務めた旧第一合同銀行の倉敷支店として1922年に竣工。

ルネサンス調の円柱やステンドガラスが美しい建物です。

大原美術館や有隣荘などを手掛けた建築家の薬師寺主計(やくしじ かずえ)が設計し、2016年まで中国銀行 倉敷本町出張所として使われていました。

写真提供:SETO INLAND LINK実行委員会

現在は、児島虎次郎記念館の名となり、大原美術館の新館としてグランドオープンを目指しています。

かつては地元民の生活を支えた建物が、今後は観光のランドマークとなって生まれ変わる予定です。

旅館くらしき

倉敷美観地区を流れる倉敷川が、ちょうど湾曲するほとりにある旅館くらしき。

江戸時代末期に建てられた砂糖問屋の母屋や米蔵などを改装しています。

写真提供:SETO INLAND LINK実行委員会

板画家の棟方志功(むなかた しこう)や、小説家の司馬遼太郎(しば りょうたろう)も愛した旅館だそう。

倉敷の歴史を感じる空間を求め、国内外から多くの観光客が宿泊しています。

倉敷物語館

現在、倉敷物語館は文化観光施設となり観光客が訪れるほか、貸室としても使用されています。

江戸から昭和初期に建てられた、東大橋家住宅の母屋や土蔵を改修した施設です。

写真提供:SETO INLAND LINK実行委員会

倉敷美観地区の入り口付近にあり、観光情報コーナーやコインロッカーなども設置されています。

SETO INLAND LINKで価値を育て、広める

SETO INLAND LINKは、デニムの多様な魅力を伝えるため、さまざまなプログラムが用意されています。

▼SETO INLAND LINKのピックアッププログラムは、以下のとおり。

  • EXHIBITION-1:ヴィンテージ×リプロダクト
  • EXHIBITION-2:デニム×人との距離感
  • EXHIBITION-3:社会課題×アートの力
  • EXHIBITION-4:デニム職人の技術力×学生の表現力
  • ONLINE EXHIBITION:KURASHIKI TOUR by POGGY
  • WORKSHOP:みんなで紡ぐデニムのアート

上記のうち、地域のひとと共に完成させたEXHIBITION-3と4を紹介します。

EXHIBITION-3:社会課題×アートの力

写真提供:SETO INLAND LINK実行委員会

EXHIBITION-3は、社会課題と向き合うアーティスト2名による作品展示です。

  • LINK-1:アートが引き出す子どもたちの可能性 ~大切なひとのために作る服~
  • LINK-2:襤褸(ぼろ)の晴れ着

LINK-1では、癒toRi18株式会社の代表取締役 畝尾賢一(うねお けんいち)さんが運営する「パントーン・フューチャー・スクール」の児童8名と、アーティスト津野青嵐(つの せいらん)さんによる合同作品を展示します。

パントーン・フューチャー・スクールは、発達に遅れや不安がある小学生から高校生までを対象にした、放課後等デイサービスです。

アートをとおして自分の可能性を引き出し、表現してほしい。可能性を育てて、ゆくゆくは自分の個性に合う仕事に就いて、その産業に貢献する大人になってくれれば」と畝尾さん。

作品の完成品だけでなく、子どもたちが制作に取り組み成長し、社会とつながる過程も大事にしています。

LINK-1のテーマは「大切な人のために作る服」。

展示では、子どもたちが手掛ける服を着た「大切に想われているひと達」が集うようすを、作品の制作空間の再現と共に表現するそうです。

EXHIBITION-4:デニム職人の技術力×学生の表現力

写真提供:SETO INLAND LINK実行委員会

児島のデニム加工会社3社と、岡山県内の学校3校をそれぞれマッチングしたプログラム。

▼デニム加工会社

  • 癒toRi18株式会社
  • 株式会社WHOVAL(フーヴァル)
  • 美東(びとう)有限会社

▼岡山県内の学校

  • 倉敷市立短期大学
  • 倉敷ファッションカレッジ
  • 中国デザイン専門学校

デニム加工会社より技術を学んだ学生が、デザインを生み出し作品を制作します。

作品の素材には、3社の商品製造過程で生まれた廃材をおもに使用。

児島でデニム加工を手掛ける3社は、ともに協力し合い、産業を盛り上げようとする良い関係だそうです。

それぞれが加工業をメインとし、切磋琢磨し合う企業同士が一緒にイベントをすることに価値があると位置づけています。

会社のスタッフが、自社だけでなく他社も知ることが成長につながるという考えから、この関係が続いているようです。

EXHIBITION-4は、学生と職人の交流の機会を作ることで、技術の継承とデニム産業に興味をもってもらうきっかけつくりを行いたいとの願いが込められています。

デニム加工には技術とセンスが必要

デニムの新たな魅力と価値を伝え、つながりを生み出すSETO INLAND LINK。

イベントの主催である、癒toRi18株式会社の代表取締役 畝尾賢一さんに話を聞きました。

~~インタビューに入るため以降は2ページ目~~

「“デニム”が紡ぐ多様な個性」をコンセプトに掲げるSETO INLAND LINK。

主催の癒toRi18株式会社の代表取締役 畝尾賢一(うねお けんいち)さんに話を聞きました。

デニムの価値を発信

──SETO INLAND LINK 開催の経緯を教えてください。

畝尾(敬称略)──

地元の若者は就職をきっかけに他県に出てしまいがち。

働くうえでさまざまな選択肢がある世の中において、興味がないとこの地に留まらないですよね。

一方、児島のデニムに憧れて若者が職を求めやって来ても、現実と理想のギャップを感じることがあります。

そのため雇用につながりにくいのが現状です。

デニム産業の多様な魅力を、どれだけリアルに発信するかが重要です。

SETO INLAND LINKはデニムの良さをまだ知らない人にも届けたいと思い、企画しました。

畝尾賢一さん

未来につなげるためにデニムの価値を知ってもらう必要があります。

イベントをきっかけに、多方面からアプローチをして、今までデニムに興味がなかった若者にも価値を伝えたいですね。

またデニムがきっかけで、さまざまな可能性があることも同時に伝えていきたいです。

デニムをツールとしてつながる

──畝尾さんにとってデニムの魅力とは?

畝尾──

自分の個性が表現できる点だと思います。

なぜならばそれぞれのライフスタイルが、デニムの表情にも反映されますし、着用しているデニムの加工をとっても趣味がわかれたりもすると思います。

OEM製品に関してはお客様の依頼どおりに作りますが、できあがるまでの過程には職人のアーティスティックな技術が必要です。

ほとんどが手作業で行われるので、その日その時のコンディションが影響します。

いかに自分のモチベーションを上げて、毎日取り組むかが大事で、それがやりがいにもなります。

従業員は自分の持ち場を好きなようにアレンジして、働いています。

分業でパンツを作り上げるのですが、一見どの工程も単純作業のようです。

でもこの作業のなかに、技術が詰まっていて、手の感覚によって仕上がりが変わってきます。

パンツの右足と左足を別々のひとが同時に加工するときは、二人で息を合わせないといけません。

変化をしながら産業を支える

──SETO INLAND LINKはデニム産業とどのように歩んでいきたいですか?

畝尾──

産業はひとと同じで、成長して、変わっていくと思っています。

土と植物に例えると、今回の1回目のSETO INLAND LINKはデニムの価値を上げていくための、土を耕している段階と考えています。

この土に可能性を感じてくれる、様々な人達が種を植えてくれるように、選ばれる土となるように耕し続けていかなければいけない。

1回目で土をしっかりとPRして、2回目には種を植え、3回目には花を咲かせていけるよう繋いできたいです。

ひとに出会ったり、成長したりして、きっと2回目3回目は中身も変わって来るでしょう。

花を咲かせるまでのストーリーを大切にしたいですね。

守ることも大事ですが、変わることも同じくらい産業には必要だと思っています。

ずっと同じではだめで、変化をしないといけないんです。

わたしひとりだと発想に限界があるので、出会いのなかで誰かがわたしの想いを拾ってくれたり、変えてくれたりして構築できたらいいですね。

何かを継続するために必要なものっていうのは、目に見えるものじゃなくて、これから待っているものだと思います。

産業もひともイベントも、この先に出会いが待っていて、そこに未来を選べる選択肢と仲間と場所があって、変わっていくことが大切ですね。

おわりに

デニムの加工のアルバイトがきっかけで、デニム産業に携わることとなった畝尾賢一さん。

自身が経営する会社、癒toRi18株式会社では30代をメインに、10代の若者から60代の熟練した職人まで多様な人材が働いています。

デニム産業において働き手が高齢化するなか、30代が多いのは珍しいのではとふと思いました。

恐らく「価値」や「商品を作るのは単純作業ではなく、クリエイティブな仕事だ」と畝尾さんから伝えられているのでしょう。

SETO INLAND LINKでは、地域やひとを巻き込み、新たなつながりが生まれます。

さらにデニムの魅力や付加価値を知り、興味をもつひとが増えるかもしれません。

世界が認める産業を未来に紡ぐために生まれたこの企画。

どのように化学反応を起こして次につながるか、今後の動きにも目が離せません。

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