地球由来の高エネルギー電子が月面で水を生成? 太陽風以外の主要な供給源である可能性

大気の無い「」は非常に乾燥した天体ですが、表面には微量の「」 (※1) が存在することが分かっていて、その主な起源は「太陽風」だと考えられています。しかし、太陽風が遮断される地磁気 (地球磁気圏) の尾部を通過している時に水の蒸発が観測されていないことは、月面の水に関する大きな謎として残されていました。

※1…今回の研究で言う「水」には、通常の水分子であるH2Oだけでなく水酸化基 (OH) も含まれます。

ハワイ大学マノア校のShuai Li氏などの研究チームは、ISRO(インド宇宙研究機関)が打ち上げた月探査機「チャンドラヤーン1号」の観測データから、太陽風が遮断される地磁気の尾部を通過中でも月面で水が生成されていることを突き止めました。この観測結果は、月面の水の主要な供給源に地球由来の高エネルギー電子が加わる可能性があることを意味しています。

【▲図1: チャンドラヤーン1号によって観測された月の表側の物質の分布。青色が濃い場所ほど水が多いことを示しています(Credit: ISRO, NASA, JPL-Caltech, Brown Univ., USGS)】

■月面の水は太陽風が作っている

地球唯一の天然衛星である「月」は、地球と異なり大気が存在せず、表面が極度に乾燥した不毛の天体です。しかし、長年の探査の結果、月の表面にはわずかながらも固体の水 (氷) が存在することが判明しています。水の氷は両極付近のクレーター内部に生じた永久影 (※2) に豊富に存在することが知られていますが、その他の低緯度地域にも存在することがわかっています。その証拠として、太陽光が当たる場所で昇華して宇宙へと逃げた、極めて薄い水蒸気が観測されています。逃げ出すプロセスが働きながらも水が存在するということは、月の表面では現在進行形で水が生成されていることになります。

※2…月の自転や公転の角度の関係で、太陽光が半永久的に当たらない場所。

月の表面で水が生成されるプロセスとして、これまで強く支持されてきたのは「太陽風」です。太陽風は太陽表面から放出される荷電粒子(電気を帯びた粒子)の流れであり、主な成分は陽子(水素イオン)です。太陽風は高エネルギーであるため、月面を構成する岩石に衝突すると、鉱物の中に含まれる水酸基 (OH) が分離します。この水酸基に太陽風の陽子が結合することで、水が生成されます。こうした高エネルギーな荷電粒子による化学反応は、月だけでなく大気が存在しない他の天体でも起こっていると推定されています。

ただし、この生成プロセスには一部に謎がありました。カギとなるのは「地磁気 (地球の磁気圏)」の存在です。磁気は太陽風の進路を曲げる性質があるため、天体の磁気圏内部では太陽風が遮断されます。月の磁場は極めて弱いのでほとんど無視できますが、強い磁場である地磁気の存在は無視することができません。

地磁気は太陽風との “押し合い” によって、まるで彗星の尾のように、太陽とは反対側に長く伸びます。月は地球の近くを公転しているので、伸びた地磁気の尾部に定期的に入り込むことになります。すると、太陽風が約99%も遮断される地磁気の中では太陽風による水生成プロセスが停止します。月面の水が太陽風によって生成されているのであれば、この期間中は水が生成されずに蒸発する一方なので、月面の水の量は時間と共に減少するはずです。

しかし実際の観測では、太陽風が遮断されている時にも月面の水の量はほとんど変化していないことが分かってきています。太陽風が遮断される期間は月の日中の約27%に渡るため、太陽風に代わって水を生成しているのは何者であるのかが長年の謎となっていました。

■地球由来の電子も月面の水を作っている?

Li氏などの研究チームは、太陽風が遮断されている期間に水を供給するプロセスを解明する研究を行いました。Li氏らは以前、月の表側(地球に向いている側)に酸化鉄が予想外に豊富に含まれていることを発見しており、鉄を酸化させている酸素の供給源が地球の上層大気であることを明らかにしています。この研究結果を踏まえると、地球から月へと流れ込む物質が、太陽風が遮断されている期間の水の生成にも関与している可能性は十分にあります。

Li氏らは月探査機「チャンドラヤーン1号」の観測データを分析し、月が地磁気圏内を出入りしている時の月面の水の量の変化を調べました。チャンドラヤーン1号には「月面鉱物マッピング装置」と呼ばれるリモートセンシング装置が搭載されていて、月面に存在する水を高い感度で検出することができます。

分析の結果、Li氏らは月面の水の量の変化と地磁気の尾部の出入りに関係性があることを発見しました。まず、月が地磁気圏内に入る時と出る時に、月面の水の量は増加していました。地磁気の境界近く (磁気圏シース) では磁気と太陽風の相互作用によって月面に届く高エネルギーの太陽風が増加し、水の生成量が一時的に増加することが期待されるため、この結果は予測通りです。

【▲図2: 地磁気の構造。今回の研究により、地磁気によって形成されたプラズマシート (Plasma Sheet) に含まれる高エネルギーの電子が月面の水の供給源である可能性が示されました(Credit: NASA, Aaron Kaase)】

しかし驚くべきことに、地磁気圏内にいる時にも月面の水の量はほとんど変化していないことが確かめられました。このことは、地磁気圏内でも太陽風に匹敵する水生成プロセスが働いていることを示しています。

Li氏らは、地球を取り巻くプラズマシートに含まれる高エネルギーの電子が、太陽風の陽子と同様に鉱物を分解して水を生成する役割を果たしているのではないかと推定しています。プラズマシートは地磁気によって閉じ込められた荷電粒子で構成されており、その中には高エネルギーの電子が豊富に含まれています。これが正しい場合、地磁気とプラズマシートの新たな役割が解明されたことになります。

■有人月探査ミッションにとっても重要な研究

今回の研究によって、地球由来の電子が月面で水の生成に関わっているという、これまで知られていなかった地球と月の新たな相互作用が発見された可能性があります。月面の水は将来の有人月探査ミッションで貴重な水の供給源となる可能性があり、その生成過程の詳細を知ることは効率的な水の取り出し方を考える上で重要です。

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Li氏らはこの仮説が正しいかどうかを確かめるために、新たな月探査機による観測を提案しています。地磁気の出入りとプラズマや水の量をより詳細に確かめることで、月面の水生成プロセスがさらに詳しく理解されることでしょう。

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文/彩恵りり

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