期待のジュニア 木下晴結を指導する奥田裕介氏、トップランカーとの違いは「いかに早い段階でカムバックできるか」

今年すべてのグランドスラムジュニアのダブルスでベスト8以上の成績を残した木下晴結

女子テニスのジュニア育成プロジェクト「リポビタン Presents 伊達公子×YONEX PROJECT~Go for the GRAND SLAM~」の2期生として成長を続け、今年行われたすべてのグランドスラムに出場し、全豪オープンでは準優勝という成績を残した木下晴結(LYNX Tennis Academy/ITFジュニア世界ランク29位)。今年最後のグランドスラムとなったUSオープンでは、シングルスは残念ながら初戦で敗れたが、ダブルスではベスト4に。その木下を2018年から本格的に指導しているコーチの奥田裕介氏に、USオープンでのプレーを振り返ってもらい、ジュニアの指導で心掛けていることを聞いた。

――今大会を振り返ってみて感想をお願いします。

USオープン直前のカナダ・ルパンティニでの前哨戦(シングルス8強、ダブルス準優勝)はとても良かったですね。(木下)晴結のテニスのコンディションは良い状態でした。USオープンは去年も出場しましたし、雰囲気も知っていたので、ある程度勝負ができるという感覚を持って私も送り出しました。彼女も手応えを感じていたと思います。

しかし、ゲームスタートからうまく自分のペースに持っていく事が出来ず0-3となりました。まだ1ブレークダウン。さぁここからだと思っていました。ですが試合後、そこで頭が真っ白になってしまったと本人も話していました。晴結はスピン、スライスをうまく使い相手のリズムやペースを崩していきながら、得意の「しつこさ」で自分のテニスに相手を引きずり下ろしゲームメイクをしていく選手です。思ってもいないミスが出たり、低く速い球足を持ち上げれず晴結自身のリズムでテニスが出来ない状況で、何をしないといけないかを絞れずにゲームが続いてしまいました。

外から見れば、足を動かす、ポイント間の時間を有効に使う等、「落ち着き方」はあったと思いますし、彼女もその方法は知っているはずなのに表情やリアクションからはそうは見えませんでした。前哨戦の良い感覚や万全の状態で臨めただけに、ギャップが生まれたのかと思います。

――練習や前哨戦でできていたこともいざ試合になると実力を出せないということはよくあることだと思います。

そのような時に、いかに早い段階でカムバック出来るかというのが大事です。この試合、晴結もゲームが取れていない訳ではありません。テニスはどんな形でポイントを取っても「1点」であり「1ゲーム」。たとえ自分のプレーで取ったポイントやゲームでなくても、自分を取り戻していくタイミングがあったのではないかと思います。自分のプレーや戻し方は何なのかを知っているということが大事ですね。

――世界の選手と対戦してきて感じたことを教えていただけますか。

パワーがある選手、サービスで押してくる選手は、ミスをして相手に簡単にポイントをあげたとしても、長所を生かして「自分」を取り戻そうとしてきます。普段からそういう環境で練習をアグレッシブにやっているのだと思います。それがうまくいかない時もあって、勝ちを逃す場合もあるのですが、その選手を半年後、一年後と見た場合、攻撃的なショットが入るようになってきていたりします。テニスのスタイルはそれぞれですが日々、自分の限界を少しずつ突破していく事で、テニスがレベルアップしてくるというのが私の感覚です。

――今後の奥田コーチが進めていきたいことは何でしょうか。

晴結だけに限って言うと、海外の選手のようにショートポイントでポイントを取るイメージをあまりしていません。ですが、最近それが少しできるようになってきています。晴結のテニスは相手の得意なところを消し、相手がいつの間にか「晴結ワールド」にハマってしまっているというのがイメージです。

――これからは下部ツアー、そしてその先にあるWTAツアーを念頭においた活動だと思います。

戦うステージと選手レベルが上がれば、より攻撃的かつショートポイントで締めてくる選手が増えてきます。女子に多いフラットで速いローボールを返球する技術の向上やボディバランス、体の強化も必要になってきますね。今の晴結のテニスに何をプラスしていくのか、全てにおいて更なるステップアップが必要だと思います。

木下晴結を指導する奥田裕介コーチ

――強い選手が出てきたということがあると思いますが、奥田コーチは海外遠征に帯同することを意識していたのでしょうか。

大阪で勤めていたテニスクラブに世界を転戦するプロが在籍していました。当時、世界のテニスの仕組みを知らなかった僕は、「この人たちはどんな生活をして、どんな試合に出場しているのだろう」ともっと世界のテニスのことを知りたいという思いが湧いてきました。会社を退社後、縁があり海外にチャレンジしたいという選手と貯めた貯金をほとんど使ってITFジュニアを回り始めました。アジアが中心でしたが、ITFジュニアの仕組み、ツアーコーチとは?を理解することができました。その後も縁があり男子ツアーも何度か経験し知れたのは大きいですね。

――ツアーでのご苦労もあったかと思います。

今のようにスマホがあったわけではなかったので一通りのトラブルは経験済みです(笑) でも、その時代を経験できたこともまた良かったと思います。と、同時に8年前、1面でスタートした「LYNX Tennis Academy」も2面となり、クラブハウスも建って今では次世代達が日々、頑張っています。

――ツアーに出て活躍してみたいという場所が近くにあるのは求めている人には嬉しいですね。

ツアーの現場を知っているコーチや、世界テニスの仕組みを知っているコーチは、特に関西では少ないと思います。それだけがすべてではないのですが、いろんな選択肢を子供達に与えられる場を提供したいと思っています。

――遠征から帰って練習に取り組む際に、変化を取り入れることはありますか。

振りきるスイングを意識しています。ボールが入る入らないに関わらずですね。ハードコートですが、ベースラインから1~2m下がった所からのラリー、球出しの練習を取り入れています。繋げるボールでもしっかりスピンをかけて、相手をコートから追い出したりと、単純に動かすだけではなく、苦しい局面でどうするかを練習で取り組んでいます。その意識を持たせるというのが特徴だと思います。

――ポジティブな雰囲気ですね。

もっとやろうよ、自分からアクションを起こさないとチャンスは引き寄せられないよと。同じボールで同じコートの規格でやっていますが、世界がこうだからと押しつけないようにしています。個性を活かしてアドバイスしているのでフォームやテニスの特徴もみんなバラバラです。個人的には関西のテニス界を盛り上げていきたいですね。必要な方がいらっしゃれば情報を共有し、選手間やクラブ間の風通しを良くしたいですね。

――日本のテニスファン、ジュニアに一言お願いします。

日本人のテニスは世界で通用する可能性があると思います。しかし、やっぱり厳しい世界です。本当にあと1点を取らせてくれません。世界で戦うために、想像で話しているより島国である日本を出て直接肌で感じることが選手はもちろんのこと、コーチも大事だと思います。

ぜひ直接見て、受けて、対戦して感じて欲しいですね。国内外問わず、ランキングは関係ありません。ランキング下位の選手でも一切手は抜けません。晴結といつも言っているのは、どんな選手と対戦してもチャレンジする事を忘れず、どんな選手から声をかけてもらっても練習しようよと言っています。選手は、どんな環境、場所、プレーヤーにも対応出来る「対応力」とその「準備」をしておかないといけません。

――お忙しいところ貴重なお話をありがとうございます。

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