勝つためのデータ分析ソリューション。デロイトアナリティクスとTOM’Sが進めるシステム構築

 2021年から、全日本スーパーフォーミュラ選手権/全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権に参戦するTOM’Sと協業し、レースエンジニアやドライバーの支援を行うソリューションの開発やシステムの構築に取り組んでいるのがデロイトアナリティクス。3年目を迎え、その取り組みはチームが活用するレースデータ分析プラットフォームの開発、戦略決定を支援するソリューションの提供に繋がっているという。その取り組みの成果を聞いた。

 ある相手と戦う上で、最も重要なのは己を知り、相手を知ること。情報を手に入れ、活用することはスポーツの分野ではいまや世界的な常識であり、ありとあらゆるスポーツでトラッキングやデータ分析が行われている。気合と根性で勝てる時代は残念ながら過ぎつつある(とはいえ、今でも数字を超越したスピリットが感動を呼ぶことが多いのだが)。

 ふだん、データサイエンスを専門に扱うスタッフが300名以上も在籍するというデロイトアナリティクスでは、企業支援や人財育成などに取り組んでいたというが、2021年からのTOM’Sとの協業のなかで、データ活用を行いたいという提案があったという。デロイトアナリティクスとしても、これまでにモータースポーツは取り組んだ分野ではなく、興味深い取り組みとしてデータ活用がスタートした。

 もちろん、1年目から取り組みがうまくいっていたわけではなかった。デロイトアナリティクスに所属する原知弘氏を中心としたデータサイエンティストのメンバーがTOM’Sとの作業を開始したが、それまで持っていたモータースポーツの知識から用語はある程度分かりはするものの、現場が求めるものが分からなかったという。

 そこで、TOM’Sの小枝正樹エンジニアや大立健太エンジニア、2021年までチームに在籍していた東條力エンジニアの意見を聞きながら、「こういうデータが欲しい」「こういった分析が欲しい」という要望を採り入れていった。

 その試行錯誤の結果、デロイトアナリティクスでは、レース中のタイムデータをさまざまな切り口でリアルタイムに分析するプラットフォームをクラウド上に構築することに成功した。レース中の自車、ライバル車のタイム差の推移やタイヤ交換による順位変動の予測等といった情報をリアルタイムに活用することで、レース中のドライバーとエンジニアのコミュニケーションの円滑化や迅速な意思決定に役立てている。

2023スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ 笹原右京(VANTELIN TEAM TOM’S)

■クラウドにデータを蓄積。ブラウザ上で閲覧可能に

「最初の1年はかなり大変でしたね」というのは、デロイトアナリティクスの原氏。プラットフォーム構築に向けては、Amazon Web Service(AWS)を使用し、リアルタイムにライブタイミング等からデータを収集。まずは安定してデータを集められるように作業を進めたが、「現場に来たら『あれ、動いてない!』ということもありました。ただ2シーズン目からは安定し動作をさせることが出来、エンジニアやドライバーの皆さんも使い方に慣れてきていただきました」と確実なシステムが構築されていった。

 我々メディアやファンの皆さんもそうだと思うが、ライブタイミングを見ていると、次の周には前周のデータを見ることがなかなかすぐにはできない。また限られたレースウイークの時間の中で、データを並べ替えたり、集計したりといったことに時間を要していると、走行を終えてすぐにデータ解析、ドライバーとのミーティングに使用することができない。

 このプラットフォームでは、クラウド上にタイムを蓄積していき、一覧ですぐに表示が可能。セクターの平均タイムなどもすぐに確認が可能で、もちろん自車だけでなく、ライバルのタイムもチェックが可能になる。自車、他車のタイム/セクタータイム、記録された時刻、決勝ではタイム差、ピットロスタイムと他車との位置関係の比較、任意の周回数での平均ラップタイム、セクターごとのベストを記録した仮想最速タイムなど、エンジニアが求めるあらゆる情報を、リアルタイムに見やすいかたちで表示できるようになっている。

 さらに、これらのデータに加えて、走行後に車両から吸い上げたロガーデータを組み合わせて閲覧することも可能だ。データをクラウドにアップロードしてから、自動でタイムデータとともに閲覧できるようになる。「初期の頃は東條さんがエクセルにコピー&ペーストしてやっていました」というから、エンジニアたちの手間、効率は大きく上がっていることになる。さらに現在、過去のデータを参考にした戦略シミュレーションにも取り組んでいるという。

デロイトアナリティクスがトムスと開発したクラウド上のリアルタイム分析プラットフォームの画面

■課題を改善。ドライバーからも評価を得る

 ドライバーからの評価も高い。VANTELIN TEAM TOM’Sの宮田莉朋は「導入前はデータが集約されておらず、走行後の振り返りが満足に行えないこともありましたが、導入後はいつでもデータで走行の振り返りを行うことが可能になり、レースのストラテジーの判断が容易になりました。そういった情報を予め自分の頭に入れた状態でレースを進めることで、エンジニアのみに頼らずドライバーもストラテジーに関わりやすくなりました」と評する。

 またシーズン途中からながらチームに加わった笹原右京も「分析プラットフォームによって、エンジニアやドライバーが求める情報をタイムリーに見ることができること、それを後で振り返ることができることにメリットを感じています。フリープラクティスは本当に時間が限られており、スーパーフォーミュラでは車両はほぼ持ち込みで、現場では微調整程度しかセッティングの幅がないのですが、その中でも素早く必要な対応を行うことができるのは、プラットフォームを利用することの一番の強みだと思います」とコメントしている。

 表示はクラウドからブラウザで見られるため、PC、タブレット等を問わず閲覧が可能と非常に手軽なものではあるが、逆に言えばインターネットを経由しなければならない。「データを取ることが重要になりますが、最初の年は決勝でデータ収集プログラムがうまく動作していないことがあり、青ざめるといったこともありました(苦笑)」と原氏。またサーキットごとのデータの排出方法の違いや、インターネット通信の速度には大きく苦労してきたという。「クラウド側は問題がなくても、サーキット現地の電波状況が悪くネット通信速度が遅いため、エンジニアの方たちが見る際にレスポンスが悪く実用に耐えない、といったこともありました」という。現在、多くのチームが導入しはじめているスターリンクもひとつの解決策だとか。

 このプラットフォームは、TOM’Sが参戦するスーパーフォーミュラ・ライツでも使用している。ただし、スーパーGTの場合は戦略の複雑さ、要素が増えすぎてしまうこともあり、現在はまだ使用されていないのだとか。

 とはいえ、2年間で大きな改善を行い、チームの信頼を勝ち取ってきたデロイトアナリティクス。今後もチームに貢献していきたいとしているが、TOM’Sにとっても強力な武器となっていきそうだ。

2023スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ 宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)
全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権第3戦オートポリス 古谷悠河(Deloitte. HTP TOM’S 320)

© 株式会社三栄