【中野信治のF1分析/第17戦】鈴鹿での角田裕毅とアルファタウリらしい戦略。危うさを感じたペレスの走り

 鈴鹿サーキットを舞台に行われた2023年第17戦日本GPは、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)がポール・トゥ・ウインで制し、レッドブルが2年連続のコンストラクターズタイトル獲得を決めました。今回は角田裕毅(アルファタウリ)の戦い、日本GP中に発表された平川亮のマクラーレンF1リザーブ就任、セルジオ・ペレス(レッドブル)のメンタリティなどについて、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。

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 私はDAZNの解説者として鈴鹿入りしていましたが、今回のF1日本GPはファンの皆さんの猛烈なエネルギーを感じた週末でした。ファンの皆さんがそれぞれ、思い思いのF1の楽しみ方やスタイルを持ってサーキットに来てくださっており、ドライバーやチーム、そしてF1を全身全霊かけて応援しようという機運が高まっているとも感じました。

 私も決勝後に名古屋駅で鈴鹿から帰路に着いたF1ファンの方、または鈴鹿には行けなかったけどF1ドライバーを一目見たいというファンの方に、サインを求めていただきました。サーキット以外の場所でも盛り上がる、ファンの皆さんの熱量が伝わってきて、日本もいい意味で変わってきたと思いました。

 さて、今回の日本GPは驚くような発表ごともありました。2024年マクラーレンF1のリザーブにトヨタからWEC/SFに参戦している平川亮選手が就任したニュースは私も驚きました。こういった明るいニュースが日本のモータースポーツ界から出てくることは非常に嬉しいですね。若いドライバーたちにとってもモチベーションになるでしょうし、『俺もF1に!』という機運を高めてくれるので、非常にポジティブなニュースだと思います。平川選手はこの機会をぜひ活かし、日本人ドライバーの能力の高さを、まずは旧車でのテストになると思いますが、マクラーレンというチームに認めてもらえる走りを見せてほしいと願っています。

 また、発表当日にはモリゾウさん(トヨタ自動車の豊田章男会長)がF1の現場に現れたことも驚きました。F1から撤退した2009年以降、F1からは距離があるように見えたトヨタだけに、今回モリゾウさんが鈴鹿を訪れたことでモータースポーツ界は活気づくと思います。これからどのような展開になるかはわかりませんが、本当に今後が楽しみですね。

2024年マクラーレンF1のリザーブ入りを発表した平川亮/ザック・ブラウンCEO/モリゾウ(トヨタ自動車豊田章男会長)

■角田VSローソン。ノーポイントに終わったアルファタウリ

 さて、日本GPのレースについて、やはり話題の中心は裕毅です。現地で裕毅に会いに行った際に「中野さん、スターティンググリッドの内側と外側ってどっちが有利なんですかね?」と聞かれたことがすごく印象に残っています(笑)。考えれば、裕毅はドライの鈴鹿でスタートを切るのは2018年のFIA-F4以来5年ぶりでした。

 それはともかく、F1参戦3年目ということもあり、クルマを作り上げる作業であったり、予選でマシンの限界を引き出すための物事の進め方など、裕毅は常に考えながらひとつひとつの課題に取り組んでいる印象でした。たとえば、今回の予選Q1でもタイヤ2セットでしっかりとタイムを出し、Q3進出へ向けてタイヤを残すなど、クルマのポテンシャルを余すことなく引き出していた予選だったと思います。

 決勝はオープニングラップでチームメイトのリアム・ローソンに先行されるかたちとなりましたが、あれはローソンが上手かったと思います。ローソンにとってはニュータイヤ(ソフト)のアドバンテージを活かしてどうしても前に出なければならない状況でした。そういった状況下での1周目の攻防でしたが、ここはローソンに軍配がありました。多少ローソンも強引には見えましたが、ギリギリ裕毅にもラインは残しているようにも見えました。

2023年F1第17戦日本GP 決勝終了直後のリアム・ローソン(アルファタウリ)

 1回目のピットストップで裕毅がアンダーカットに成功し、ローソンの前に戻ることが叶いましたが、2回目のピットストップでは逆にローソンにアンダーカットされるかたちとなりました。どういった理由で裕毅はあのようなストラテジーとなったのか、もしかしたら後半に向けて第2スティントを引っ張った方がトータルのタイムで有利だったという可能性もあります。つまり、最後の第3スティントを短めにし、ハードプッシュした方が、先行するアルピーヌ勢に対しタイムを稼げる(接近できる)という考えだったかもしれません。ただ、実際に走ってみなければタイヤのデグラデーション(性能劣化)状況も見えてきませんから、いずれにせよ難しい判断だったと思います。

 一方のローソンは第2スティントで早めにピットに入っています。裕毅に先行されてしまった以上、再び前に出るにはアンダーカットを狙うしかなかったかもしれません。予選日の朝、アルファタウリは2024年のドライバーラインアップを裕毅とダニエル・リカルドと発表しましたが、レギュラー昇格が果たせなかったローソンは数少ないグランプリでなんとしてでも自分の存在をアピールしなければならなかったという事情も影響したのかもしれません。

 チームとしては2度目のピットストップを終え、ローソンの背後に、ローソンよりペースのいい裕毅が接近した際にポジションを入れ替えるという指示もアリだったのではと思います。ただ、契約更新の発表のタイミングもあり、ローソンに対し「裕毅に譲れ」とは言い難い部分もあったのかもしれませんね。その結果、ローソンは11位、裕毅は12位でチェッカーとなり、アルファタウリは2台ともノーポイントに終わりました。そういった点から……アルファタウリらしいなとも感じる一戦でもありました。

2023年F1第17戦日本GP 角田裕毅(アルファタウリ)

■精細欠いたペレス、意地を見せたハミルトン

 決勝は鈴鹿でもフェルスタッペンが他を圧倒し、レッドブルが6レースを残して2年連続のコンストラクターズタイトルを決めました。さすがフェルスタッペンという見事な完勝っぷりでしたが、対照的にチームメイトのセルジオ・ペレスは精細を欠いたレースとなり、ヘアピンでの接触もあってリタイアに終わりました。

 日本GP直前の水曜日に東京で行われたイベントの際、ペレスとも少し話をする機会があったのですけど、その時もすごくネガティブな空気と言いますか、いろいろな葛藤を抱えながら戦っているという印象を受けました。モータースポーツはメンタリティが大きく結果を左右するスポーツです。チームメイトがライバルを圧倒するフェルスタッペンですから、ただでさえフェルスタッペンに近い結果を残すことは困難を極めるにもかかわらず、メンタル面でも葛藤を抱えたままでは、さらにフェルスタッペンとの差が開いてしまうのは当然です。

 一番いいメンタル状況で臨んで、初めてフェルスタッペンのコンマ数秒落ちでついていけるか否かというところだと思いますが、今のペレスは戦う以前のところから苦しい状況に追い込まれているのかなと思いました。走り始めからあれだけのタイム差が出たり、FPでミスを犯したりと、決勝でどのような走りを見せるかも容易に想像できましたね。

 決勝13周目のヘアピンでケビン・マグヌッセン(ハース)に追突した際も、その1周前、2周前からかなり危うい動きをしていました。「これは危ういな」と思ったらあのアクシデントです。あのインへの飛び込みは、ペレスの楽観的すぎるターンインでした。本当に乗れていて、落ち着いて、集中できていればああいったミスは絶対に犯さないドライバーだと思います。それだけに、フェルスタッペンというドライバーをチームメイトに持つことがどれだけ難しさ、今のフェルスタッペンの仕上がりの良さが及ぼす影響は大きいなと思います。

2023年F1第17戦日本GP セルジオ・ペレス(レッドブル)

 また、チームメイトバトルといえば、メルセデスの2台も熾烈なバトルを見せましたね。今回は、チーム代表のトト・ウォルフが膝の手術のため現場入りせず、ジェローム・ダンブロジオがチームの指揮を取りましたが、2台の戦いが激しかった要因は、ウォルフ不在によるものではないと思います。

 ルイス・ハミルトンとジョージ・ラッセルのコンビで2025年シーズンまで戦うと発表したメルセデスですが、ここでどちらのドライバーが優位に物事を進められるかという争いが起こり始めたように見えます。ハミルトンはラッセルの先生役に終わらず、7度の王者の意地を見せていますし、スプーンカーブでラッセルをアウトに押し出すかのような攻防では、明らかにライバル意識をむき出しにしていました。

 ああいう動きを見ていると、ハミルトンもチームが今後に向けてどういう絵を描いているかを察知しているのではないかと思います。チームとしては2026年にラッセルがナンバー1ドライバーとなるようにシフトしつつある。それに対し、ハミルトンは意地を見せているように感じますが、ここでの戦いを通じてハミルトン自身ももうひとつレベルを上げるべく努力していたように見えます。それが今回のギリギリのバトルに繋がったのかなと思いますね。

 改めてハミルトンの負けず嫌いなところ、そして7度のF1王者たる所以を感じさせられましたし、同時に若いラッセルの上手さ、1ストップという難しい作戦にチャレンジする姿勢に、このドライバーはまだまだ伸び代があるとも感じました。クルマが良くなるとドカンとくるのは間違いないでしょうし、勝利から遠ざかっているとはいえメルセデスからも目が離せないなと感じましたね。

2023年F1第17戦日本GP ジョージ・ラッセルとルイス・ハミルトン(メルセデス)

 さて、本当にいろいろなことがあったF1日本GPですが、次の日本GPまで7カ月もありません。史上初の春開催ということで、これまでにはなかったさまざまなポジティブ要素があると思います。花びらも咲き始める春という季節にF1が開催されるということは、日本GPの良さを際立たせることになるでしょうし、日本でF1を開催する上での新しい付加価値が生まれる可能性もあります。引き続き、どんなGPとなるのかをじっくりと見てみたいと思います。

 そして今季は残すところ6戦となりました。コンストラクターズタイトルは決し、ドライバーズタイトルもフェルスタッペンでほぼ決まりつつあるなか、注目は2番手以下の争いです。また、コースによってはシンガポールGPのようにレッドブルが失速する波乱の展開もあるかもしれません。フェルスタッペン&レッドブルに対し、どこまでフェラーリ、マクラーレン、そしてメルセデスが迫れるか。そして、アルファタウリの躍進にも期待して見ていきたいと思います。

2023年F1第17戦日本GP 決勝レーススタート

【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。2023年はドライバーとしてスーパー耐久シリーズST-TCRクラスへ参戦。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

DAZNF1中継の解説として日本GPを取材する中野信治氏(左)

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