ソウルに居ながらにして、田舎町の風情が楽しめる「弘済洞(ホンジェドン)」【気になる韓国、ソウルの今 vol.28】

地元のおじいちゃんたちが憩う店「チェ・ウネ スンデクッ」に至る路地

韓国のドラマや映画には、すっきりしたオフィス街やキラキラの繁華街ばかりが登場するため、あまりピンと来ないかもしれないが、ソウルはじつは山に囲まれていて、中心部から地下鉄やバスで20分も行けば自然と親しむことができる。

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今回は仁寺洞や益善洞エリアから地下鉄で15分で行ける下町、弘済洞のケミマウル(アリの村)散歩を楽しんでみよう。

枯れた味わいの町だが、じつはBTSのジョングクがポスター撮影をした場所でもある。

仁寺洞のある安国駅からわずか4駅

マウルバスは弘済駅の1番出入口近くにたまっている。そのなかから07と書かれたバスに乗ればケミマウルに行ける

仁寺洞や益善洞から近い安国駅から地下鉄3号線で15分。弘済駅で下車し、1番から歩道に出ると、どこにでもあるソウルの風景が広がるが、仁寺洞から見たときよりも山々が近くに感じられるはずだ。

歩道を逆方向に20メートルほど歩いたところにある停留場から緑色のマウルバスに乗る。マウルバスとはソウルや釜山など都市部を走るマイクロバスのことで、大型車が走れない狭い道や急坂が続く地域と最寄り駅を結んでいる。ここ弘済洞も急坂が多いので、マウルバスは必要不可欠だ。

バスは大通りをすぐに右折し、仁王市場とユジン果物卸売商店街の古いビルの間を抜けて行く。

弘済駅をあとにするマウルバス後部座席からの風景。右手がユジン果物卸売商店街の建物

左手に高架自動車道を見ながら走っていたバスが右に曲がると、そこは急坂の町。2、3階建ての多世帯住宅が多いが、ところどころに年季の入った瓦屋根の家も見られる。

この十数年間、全国的に急増した壁画村(庶民の生活圏の外壁や塀をペイントして観光地化したもの)のようにカラフルではないが、その分、生活感がある。

弘済駅前から10分ほど走ってきただけなのに、鄙びた山村に来たような錯覚に陥る。

映画にも登場した急坂の町

ケミマウルを目指し、急坂を登るマウルバス

バスはさらに急坂を登っていく。景色の変化に驚いていると、まもなく終点の「ケミマウル」。クルマが入って行けるもっとも標高が高い場所だ。

終点で降りてバスを見送る。周りは積年の感じられる家々。マウルバスが下って行く方向には高層アパート群。

ここは日本でも公開された映画『チャンシルさんには福が多いね』で失職した主人公(カン・マルグム)がユン・ヨジョン扮するおばあさんの家に下宿するときに映った場所だ。

映画が公開された2020年当時と比べると、家々の壁の色が塗り替えられたり、壁画が描き足されたりして、少し明るい雰囲気になったようだ。

5、6年前と比べると、壁画が増えていたケミマウル。BTSのアルバム「LOVE YOURSELF」のジョングクのポスターはこの辺りで撮影された

ケミマウルは1950年代、朝鮮戦争(1950~1953)の避難民や、地方からソウルドリームを求めて上京してきた人たちが住み始めたところだ。

ケミマウルと呼ばれ始めたのは1983年。ケミ(アリ)のように地道に働く人たちの村という意味で名づけられた。

降りたところで少し待てば弘済駅に戻るバスがやってくる。バスでケミマウルを下り、少し行くと、往路とは違う道に入る。

車窓の右手には個人経営のさまざまな飲食店や雑居ビルが、左手にはヘリントンプレイスという新しい高層アパート群が完成している。右と左のコントラストが今のソウルを象徴しているようだ。

バスはあっというまに弘済駅に着く。短い旅の余韻に引きずりながらそのまま帰ることなどできない。さっき通り過ぎた仁王市場で一杯やろう。

市場の屋台を冷やかしたあと、路地裏の大衆酒場へ

仁王市場の屋台のスンデ(腸詰)の盛り合わせ

仁王市場の北側の一角には、スンデクッ(腸詰のスープ)、手打ち麺などの看板を掲げた屋台が集まっている。

平日の6時、マッコリや焼酎を楽しむおじさんたちの笑い声が響いている。

仁王市場の屋台のスンデクッ(腸詰のスープ)

2018年にこの市場を歩いたとき、路地裏に高齢者たちが集う飲み屋があったのを思い出した。女将の年齢やここ数年の世相を考えると、そのままの姿で残っているとは限らなかったが、杞憂だった。

その店「チェ・ウネ スンデクッ」は、まるでコロナ禍などなかったかのようにそこにあった。赤字でスンデクッ、青地でシクサイルチョル(食事一切)と昔風に書かれた看板も以前と変わらず。

引き戸を開けると、6年前と同じようにおじいちゃん、おばあちゃんの酒盛りが行われていた。

その日は雨。朝晩少しずつ秋の気配が感じられるようになっていたので、白身魚の辛い鍋を頼む。酒はマッコリ。

隣席の客に躊躇なく話しかけてきたり、「これを食べてみろ、飲んでみろ」と言ってきたりする酔客はソウルでは絶滅しているかと思ったが、そんなことはなかった。

おじいちゃんおばあちゃんと一緒に、幼稚園児のようにケラケラ笑っているうちに、すっかり酔っぱらってしまった。

ドラマや映画ではキラキラな面ばかり目立つが、ソウルはいい街だ。こんな酒場が、こんな酔客がまだ残っている。

(うまいめし/ チョン・ウンスク)

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