MotoGP日本GPを振り返る…雨が証明したM.マルケスの性能、ドゥカティの速さ。小椋藍と佐々木歩夢の母国GP表彰台

 2023年のMotoGP第14戦日本GPは、日曜日の決勝レースで大きなドラマが待っていた。シーズンを席巻し続けているドゥカティ勢が示した地力と、ますます接戦の様相を呈するチャンピオン争い。対してホーム、日本でホンダとヤマハは変わらぬ苦戦を強いられ、しかしマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は雨という好機を逃さず表彰台に立った。そしてMoto2クラス、Moto3クラスでは、各クラスの日本人エースが表彰台を獲得し、日本のファンを沸かせた……。そんな日本GPを振り返る。

 日本GPの金曜日、好調な走り出しを見せたのはKTM勢だった。予選Q2へのダイレクト進出がかかる唯一のセッション、プラクティスを、ブラッド・ビンダー(レッドブルKTMファクトリー・レーシング)が1分43秒489をマークしてトップで終えた。今年の日本GPは土曜日まで天候に恵まれ、日向では暑ささえ感じる気候だった。こうした状況もあり、ビンダーはこのトップタイムによって、2015年にホルヘ・ロレンソがヤマハで記録したオールタイムラップ・レコードを更新した。

 翌土曜日のQ2でホルヘ・マルティン(プリーマ・プラマック・レーシング)がそのビンダーのタイムを更新し、1分43秒198を叩き出してレコード自体は破られたが、ビンダーは午後のスプリントレースでマルティンに次ぐ2位を獲得している。

 KTMは今大会に向けて、カーボンファイバー製シャシーを新たに投入した。このシャシーはサンマリノGPでワイルドカード参戦したテストライダーのダニ・ペドロサが使用し、決勝レースでは4位に入っている。そして翌日のミサノ公式テストでビンダーとジャック・ミラー(レッドブルKTMファクトリー・レーシング)がテストしたものだ。

 ビンダーによれば、このシャシーによって「リヤのグリップが上がった」ということだった。チームメイトのミラーもスプリントレースで4位を獲得。レギュラーライダーのふたりが走らせた実戦でも、ニューシャシーがよく機能していることを証明した。

 2023年のMotoGPはドゥカティ勢──主にフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)、マルティン、そしてマルコ・ベゼッチ(ムーニーVR46レーシング・チーム)──が平均的に速く、KTMやアプリリアが各々の相性のいいサーキットでドゥカティに対抗しながらシーズンが進んでいる。土曜日までの状況を見れば、今大会はドゥカティ対KTMの図式かと思われたが、日曜日は天候がレースを大きく翻弄した。

 MotoGPクラスの決勝レースが始まる時刻が近づくと雨が降り始め、スタート直後にホワイトフラッグが提示された。これにより、ライダーたちはピットインして状況に適したタイヤを装着したマシンに乗り換えることが可能になった。なお、このルールはフラッグ・トゥ・フラッグと呼ばれている。

 微妙なコンディションや天候の場合はピットインのタイミング、マシンの乗り換えについての判断が分かれ、それがドラマを生むことがある。ただ、今回は、ライダーたちはほとんど迷うことはなかった。1周目を終えた時点でほとんどのライダーがピットイン。その後、全ライダーがレインタイヤを履いたマシンに乗り換えた。しかし雨脚は強まっていき、レースは12周終了時点で赤旗提示。最終的に再開されることなく終了となり、12周終了時点の順位が最終結果となった。なお、レース距離の50パーセント以上が終了していたため、フルポイントが付与されている。

 優勝したのはドゥカティのサテライトチームであるマルティン、そして2位はドゥカティのファクトリーライダーのバニャイアだ。チャンピオンシップのランキングトップ(バニャイア)とランキング2番手(マルティン)でもある。

 ポールポジションを獲得し、スプリントレースを制したマルティンは、雨の決勝レースでも変わらぬ強さを発揮した。

「いつもはこういうコンディションでは加速でちょっと苦戦するんだけど、今日は電子制御のおかげで加速が素晴らしかったんだ。これが(優勝の)カギだったと思う」

「フルディスタンスのレースじゃないから優勝とは思えなかったし感情としてはいつもと同じじゃないけど、フルポイントを獲得したっていうのはすごく大事なことだよね」

 マルティンは日本GPでスプリントレース、決勝レースを制したことで、チャンピオンシップにおけるランキングトップのバニャイアに3ポイント差に迫った。マルティンはサンマリノGPで「僕はファクトリーライダーではないので、チャンピオンを獲得するのは自分の責任ではない」と語っていたが、獲得ポイント数に言及しているあたり、当然、タイトル争いを意識しているのだろう。

 方や、同じドゥカティを駆るマルティンにポイント差の接近を許したバニャイアは、残り6戦12レースのタイトル争いについて「素晴らしいファイトができるだろう」と語っていた。

「ホルヘには勢いがあるけど、僕たちとしても、昨日から今日にかけてよくなったことがある。次戦はマンダリカだ。またトップになることが大事だ」

 決勝レースがウエットコンディションだったのは第2戦アルゼンチンGP以来、フラッグ・トゥ・フラッグのレースは2022年オランダGP以来のことだ。ただし、2022年のオランダGPではマシン乗り換えを行ったライダーはおらず、実際に乗り換えがあったのは2021年オーストリアGPにさかのぼる。フラッグ・トゥ・フラッグ、ウエットコンディションという状況であっても、ドゥカティとマルティン、ドゥカティとバニャイアというパッケージの速さが変わらないことが証明された形となった。

マルケス、スタート前の決意

 そしてホンダとヤマハの苦戦もまた、日本GPで変わらなかった。そんな苦戦した日本メーカー勢のなかで、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が健闘した。

 予選では日本メーカー勢として唯一Q2に進出。スプリントレースでは7番グリッドからスタートし、7位でゴールした。そして決勝レースでは、やはり7番グリッドからスタートして3位を獲得。自身としては今季初、2022年オーストラリアGP以来の表彰台となった。

 マルケスが3位を獲得した要因に、雨という天候とフルウエットコンディション、そして12周で赤旗終了という状況があったのは間違いない。ただ、それに加えてマルケスの決意と性能がなくてはならなかった。

 マルケスは「スクリーンに雨粒が落ちたのを見て、『よし、行ってみよう』と思ったんだ」と言う。通常とは違うコンディションのなかで、優勝、あるいは表彰台を獲得するチャンスがあるかもしれないと考えたのだ。

「(1周目でピットインしたが)スリックでもう1周走ることはできたんだけど、トップグループにいて、みんなピットに入っていたから、ピットに入る(決断は)簡単だった。このサーキットでは、ウエットタイヤだと速いってわかっていたからね。特に昨年は、雨の予選でポールポジションを獲得しているし。トップグループのライダーがピットインしたので僕もピットインした」

 そして見事に3位を獲得した、というわけだ。決意を実現に導くポテンシャルがあるからこそとはいえ、マルケスが目的に向かう集中力は尋常ならざるものがある。

 また、マルケスは日本GPで、もてぎで表彰台を獲得したかったのだという。MotoGP.comのなかで、こう語っていた。

「今年最初の表彰台がホンダのホーム。首脳陣の前で獲得しなければいけなかった」

 シーズンも終盤に入ろうとしているこの時期、マルケスに対する様々な憶測はいまだ収束の兆候を見せない。「首脳陣の前で獲得しなければいけなかった」という言葉が、マルケスの将来への決断にかかわっているように思われるのだが……。これもまた、憶測の域を出ない。

 ただ、日本GP中にホンダの状況として大きな変化はあった。HRC開発室室長が國分信一氏に代わり、佐藤辰氏が就任したと、MotoGP.comが報じている。ホンダの苦戦の大きな理由はエンジンではないかと見られてきたが、MotoGPマシンをつくるのもそれを走らせるのも、チームという環境をつくるのも、人でしかありえない。今回の人事は変化をもたらすことになるのだろうか。

Moto2小椋藍、Moto3佐々木歩夢、母国で2年連続ポディウムに立つ

 Moto2クラスでは小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)、Moto3クラスでは佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)がそれぞれ、2位表彰台を獲得する活躍を見せた。

 Moto2の小椋はスタートで出遅れたため、2番手に浮上したときにはトップを走るチームメイトのソムキアット・チャントラ(IDEMITSU Honda Team Asia)と約2秒の差があった。ふたりはほとんど同じペースで周回を重ね、小椋は2位でゴール。チャントラが優勝し、2009年250ccチャンピオンである青山博一監督率いるIDEMITSU Honda Team Asiaがワンツーを果たした。

 レース後、「今回の2位は満足できる?」と聞けば、小椋は「そうですね」と答えた。小椋は今週末、体調を崩していたのだという。土日にかけて体調は快復に向かったというが、「(日曜の朝、起きたときは)体調がちょっといいことがうれしかった。『お、いいぞ』って」と笑っていた。

 もてぎでは、小椋のゼッケンナンバー「79」のグッズを身に着けたとてもたくさんのファンの姿が見られ、将来、日本のエースとなるだろう小椋藍というライダーに、大きな期待が寄せられていることがうかがえた。そんなファンの声援がレースで後押しになったのでは? と聞くと、「はい、うれしいですね」と、少し控えめに笑みを浮かべる。

 そして「予選2番手だから優勝を期待されるのは当たり前ですけど、ちょっと、(優勝に)足りなかったですね」と続けるあたり、優勝という形でファンに応えたかったのだろう気持ちが伝わってきた。

 レース後には故・加藤大治郎の日の丸を持ってクールダウンラップを走り、ファンの応援に応える形でバーンナウトを披露した。

「金曜、土曜と(ファンサービスを)していなかったから……」

 波のある2023年シーズン、体調不良をはねのけ、母国グランプリでファンの期待に応える素晴らしいファイトだった。

チームメイトのチャントラとともに表彰台に上がった小椋藍(左)

 Moto3クラスで2位を獲得した佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)は金曜、土曜とやや苦しんでいた。ペースは悪くなかったが、一発のアタックに腐心して予選では8番手。今週末に速さを見せており、また、チャンピオン争いでもライバルであるジャウマ・マシア(Leopard Racing)がポールポジションで、佐々木の前からスタートする状況だった。

 佐々木はマシアがレースを引っ張ると予想していたが、同時にマシアについていくペースがあるとも考えていた。

 果たして、レースは佐々木の予想通りの展開となった。ただひとつ予想外だったのは、デニス・オンジュ(Red Bull KTM Ajo)が表彰台争いに加わってきたことだ。インドGPを終えてランキング5番手に後退したオンジュにとって、チャンピオンシップを考えれば日本GPの結果は重要だったのだろう。

 気持ちのこもった走りではあったが、レース中盤にオンジュは転倒し、佐々木は2番手を確固たるものとした。最終ラップにはダニエル・オルガド(Red Bull KTM Tech 3)に90度コーナーでのオーバーテイクを許したが、佐々木はメインストレートでホルガドを抜き返し、0.056秒差の2位でゴールした。

「ダニエルが後ろにいるのはスクリーンで見てわかっていました。できれば2位で終わりたいなと思っていたけど、ぶつかっても……と考えていたんです。90度で(オルガドが)入ってくるのはなんとなくわかっていましたね。最終コーナー立ち上がりのグリップは僕のほうがずっとよかったから直線で抜けるかと思ったら、向こうがミスもしてくれたので」

 日本GPの結果により、Moto3クラスのチャンピオンシップは、マシアがランキングトップに浮上。佐々木が6ポイント差のランキング2番手に再浮上した。ランキング3番手はオルガド。佐々木は、マシアとオルガドがタイトル争いの実質的なライバルだと考えているが、特に「心配はマシアですね」と言う。

「レオパードがアジアに入ると速くなるのは毎年のことなんですよ。でも、自分もアジアでは得意なサーキットしかないです。ただ、バレンシアがあまり得意じゃないので、カタールまでにどれだけポイントを稼いで、最終戦に入れるか、ですね」

 佐々木は日本GPでの2位により、今季8度目の表彰台獲得となった。残り6戦、チャンピオン争いへと突き進む。

佐々木歩夢も加藤大治郎が加藤大治郎が2001年、鈴鹿で優勝したときの国旗を掲げてクールダウン・ラップを走った

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