雨の悪条件での技。KTMカーボンシャシー、ヤマハの新マシンを考察/MotoGPの御意見番に聞く日本GP

 9月29日~10月1日、待ちに待った2023年MotoGP第14戦日本GPが行われました。決勝では雨で消化不良のレースとなりましたが、ライダーの技量が見れたり、テストライダーたちの走りも気になった方は多いのではないでしょか。チャンピオンシップ争いやマルク・マルケスの表彰台獲得もトピックスですね。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第19回目です。

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–今回の日本GPは別の意味で大荒れしましたね。まさにレースを狙い撃ちするような激しい雨でした。

 結局のところ自然には勝てないという事で、今回の勝者は圧倒的なパワーを見せつけた『雨』(笑)

 ま、ああいう悪条件でも地力と勢いのあるライダーは、ちゃんと結果を残しているのはさすがだね。それに引き換え、運に見放された感じなのが赤旗中断の直前に転倒してしまったヨハン・ザルコ選手。しかもレース中にファステストラップを記録しているから、なんとも皮肉な結果だね。来年はホンダへの移籍が確定しているから、お膝元で良いところを見せたかったのにねぇ。

–KTMのブラッド・ビンダー選手も不運でしたよね。今回は初日からいいペースでしたから、ドライならスプリントと同様に優勝争いに絡んでいたはずですよ。

 最近なんとなく元気のなかった、ジャック・ミラー選手も好調だったから、やはりKTMのマシンともてぎは相性が良いのかな。ここはストップ&ゴーの部分がかなり多いからね。

–それだけじゃないと思いますよ。昨年はジャック・ミラー選手がもてぎで優勝してますから。マシンはドゥカティですけどね。それに2位がブラッド・ビンダー選手だから、ライダーの得意なコースって事もありますよね。

 そうだった、すっかり忘れてた。それで3位がホルヘ・マルティン選手で4位がマルク・マルケス選手だったかな。マルケス選手はもてぎが得意だし、今回ベテランの技で3位表彰台獲得はホンダのお膝元での結果だけにインパクトが大きいね、さすがだわ。

–インドGPではホンダが全体的に調子良かったのに対して、今回はマルケス選手のみがなんとか好結果を出しましたけど、コースレイアウトの恩恵はあまり無かったみたいですね。

 インドGPではトラックのコンディションが良くない、という特定の条件下の話だから、今回はコースレイアウトの要素が支配的では無かったという事だな。

 レースでは支配因子が雨に変わったので、ホンダのライダーの成績が全体的に底上げされたということだね。

–つまり、雨ではマシンの優劣やコースレイアウトよりもライダーの腕が支配的だと……

 基本的に僕の経験した範疇ではそういう事になるね。もっともマシンは何でも良いわけではなくて、少なくともエンジンの扱い易さは大事だね。面白い事に、ライダーの中にはウエットが得意で、際立って速いけれど、ドライでは大したこと無いってのが一定数いるんだね。

 ウエットではグリップの限界が低いから、マシンはすぐにスリップしたりスライドしたりするけれど、その挙動がドライより緩慢になるので、そのライダーが基本的に持っている応答性の許容範囲内という事だね。で、ドライになると許容範囲を越えるので、普通の人に戻っちゃう(笑)

ブラッド・ビンダー(レッドブルKTMファクトリー・レーシング)/2023MotoGP第14戦日本GP

–話が前後しますけどKTMは今回新しいシャシーを投入したらしいですが、それが土曜日までの好結果の原因なんでしょうか?

 噂では、ミサノでダニ・ペドロサ選手が使用したカーボン製シャシーを投入したらしいけれど、ビンダー選手は「新しいシャシーはリヤのグリップが上がった」と言っているので、その恩恵はあったかもしれないね。もっとも、さっき話したようにふたりとももてぎが得意という要因もあるけどね。

–バイクに近いところで自転車のフレームもカーボン製が増えてきましたね、結構いい値段なので私には買えませんけど…… 自転車の場合、形は多少違いますけど、基本的にアルミや鉄のフレームを材料置換した感じですね。KTMはどんなタイプなのでしょう?

 過去には80年代にホンダのNR500のスタディモデルとか存在したし、ヘロンスズキから、RG500のエンジンをカーボンフレームに搭載したマシンが、グランプリに出場した記録がある。最近ではBMWのHP4というスーパースポーツモデルがカーボンフレームを採用しているよね。

 NR500はちょっと特殊な形状だけれど、後の2例はいずれもアルミツインスパーを材料置換したような形状だね。KTMの場合は元がスチールパイプ製だから、どういうアプローチでカーボン化したかは今のところ良く分からない。自転車みたいにパイプフレームの置き換えだと面白いけどね。

–最低重量が高めに設定されているMotoGPマシンで、カーボンで軽量化するメリットってあまり無いような気もしますが……

 たしかにそれは言える。主眼は軽量化じゃなくて、カーボンという素材の持つ特性から何か有益なものを引きだそうとしているわけで、その結果がKTMの場合はリヤのグリップ向上ということだね、狙い通りかどうかは知らんけど。

 僕の見立てでは、そもそも現状のMotoGPマシンは高剛性シャシーを追求するフェーズでは無いと思うので、狙いとしてはカーボンのもうひとつの特長である『しなりと反発力』じゃないかな。

–それじゃ釣り竿とかゴルフクラブと同じじゃないですか(笑)

 たしかにね、でもその『しなりと反発力』がこの道具の世界に革命をもたらしたのも事実だから、バイクの場合もそっちの方向でのアプローチは有りだと思うね。

 ただ、バイクのシャシーの場合は形状が複雑だから、設計するのも製造するのも大変だと思うよ。そもそも材料の特性は、繊維の方向を変える事でいかようにも変えられるから、逆に自由度が高すぎて混乱しそう。となると設計はやっぱりAIの導入が必須かもね、知らんけど(笑)

–今後カーボン製のシャシーは主流になりそうですか?

 エアロパーツみたいに明確な効果が認知されると、嫌でも追従せざるを得ないけれど、カーボンシャシーはどうかな~。まず現状では対応できる製造業者が限られているし、コストも非常に高いはず。おまけに、ささいなクラッシユでも修理が困難で、再使用できないケースが殆どだと思う。

 従って開発費だけでなく、レース運営の経費が嵩むわけで、この点は次の技術規則改定の際に、エアロパーツと同様に議論されるんじゃないかと思うよ。

–さて、カーボンで盛り上がってしまいましたけど、チャンピオン争いは俄然面白くなってきましたね。

 今回の結果、ホルヘ・マルティン選手が3ポイント差まで迫って来たから、首位のフランセスコ・バニャイア選手も冷静ではいられないよね。

 このまま行くと次回のインドネシアGPあたりで逆転される可能性が大だな。去年の結果を見る限りでは、マルティン選手はアウェイのレースでは余り良い成績ではないので、その点をどう考えるかだけれど、このところの「乗れてる」感じを見ると逆転は時間の問題で、ひょっとするとそのままチャンピオンという事も有りだと思うね。

 という事で今シーズンは、1位:ホルヘ・マルティン/2位:フランセスコ・バニャイア/3位:マルコ・べゼッチでほぼ決まりだね。

カル・クラッチロー(ヤマルーブRS4GPレーシング・チーム)のヤマハYZR-M1/2023MotoGP第14戦日本GP
カル・クラッチロー(ヤマルーブRS4GPレーシング・チーム)のヤマハYZR-M1/2023MotoGP第14戦日本GP

–最後に、今回ある意味予想通りの結果になったヤマハですが、テストライダーのカル・クラッチロー選手のマシンは見た目からもかなり別物と言う感じがしました。特にあの特徴的なエキゾーストパイプからはどんなことが見てとれますか?

 あの2本出しのエキゾーストパイプの元を辿っていくと、実はV4エンジンが収まっているんだよ、というのは冗談で、あれは見た目だけでもV4マシンに似せて速そうに見せようという苦肉の策、と言うのも悪い冗談で、実のところ良く分からない(笑)

 可能性があるとしたら、クロスプレーンクランクでもうひとつ選択できる点火間隔をテストしていたかもしれない。『0-270-450-540-720』という通常版に対して『0-90-180-270-720』という、各気筒を90度間隔で点火して、残りの1回転は丸々お休みと言う、かなり変則的なパターンがあるんだよ。

 これだと気筒間の排気干渉が大きいから、それを避けるために180度離れた気筒同士を連結した結果の2本出しかもしれないね。

–4気筒をそこまで近接させることでどんなメリットがあるんですか?

 近接させるメリットというより、結果的に1回転丸々お休みというところがミソなんだよ。

 いわゆる『ビッグバン』的な効果で、トラクションの向上が期待できるはずなんだけれど、そもそも数値で評価できるものではないので、まずはやってみないと分からない。でも実戦でテストする以上は、テストではそこそこの手応えを感じているはずだけどね。

 まあ、昨年のバレンシアGP以来の久しぶりの実戦で、これだけの結果が出せれば、クラッチロー選手のテストライダーとしての評価も及第点だし、マシンのポテンシャもかなりあると見ているんだが……贔屓が過ぎるかな(笑)

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