ノーベル生理学・医学賞 基礎研究の大切さ改めて

 【論説】新型コロナウイルスの出現から1年足らずの短期間で実用化されたメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。このワクチン接種により2020年12月~21年12月に世界で約2千万人の死亡を防ぐことができたとの英大学チームの推計もある。今年のノーベル生理学・医学賞に開発に重要な貢献をした米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授ら2人が選ばれたのも当然といえるだろう。

 2人の研究を基に開発されたmRNAワクチンは、ウイルスのタンパク質の設計図に当たるmRNAを体内に送り込み同じタンパク質を作らせ、体の免疫を駆動させるという新しいタイプで、新型コロナの流行を受け初めて実用化された。ワクチンにはウイルスや細菌といった病原体の毒性を弱めたものなどさまざまな種類があるものの、従来型の開発は時間を要し通常なら10年は必要とされる。

 一方、新型コロナに使われたmRNAは「塩基」という4種類の部品が連なったひも状の分子で、ウイルスの遺伝情報を読み取れば酵素を使って簡単に合成できるとされる。ただ、そこまでの道は平たんではなかったことも付け加えなければならない。問題は、役目を果たせばすぐに分解されるmRNAの脆弱(ぜいじゃく)性だ。どうすれば酵素による分解や免疫の攻撃をかわして細胞内に送り込むことができるのか。その難問を解いたのが2人の研究だ。

 カリコさんはハンガリーの大学院生だった1978年以来、RNA一筋の研究生活。一緒に選ばれた大学の同僚であるトリュー・ワイスマンさんと共同研究を進め、mRNAの一部を改変することで免疫の攻撃などをかわせることを発見し、2005年に発表した。こうした基礎研究が追い風となり、ドイツの新興企業ビオンテックががんのmRNA開発に着手。同社が新型コロナワクチン開発に即、着手できたのも、その土台があったからだ。

 この技術はがん以外にもマラリアやインフルエンザなど他の感染症やエイズウイルスなどに対するワクチンにも応用できる可能性があり、新興企業が担い手として開発に乗り出しているという。基礎研究の大切さが改めて示された形だ。

 一方で、日本のコロナワクチン開発の出遅れ感は否めない。それどころか、1999年に政府が始めた新興企業育成策は研究開発型の支援ではなかったため、成果に乏しいのが現状だ。国立大の研究環境も悪化するばかりで、博士を目指す若手も減少するなど、研究力の低下は止まらない。目先の成果を優先した「選択と集中」という政策の失敗は明らかであり、基礎研究に積極的に取り組める環境を増やす必要があろう。

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