【おんなの目】 真昼の幽霊

 八月の暑い日、歯医者に行くために家を出た。予約は十二時。デパートで用事があったので早めに家を出た。用事はすぐにすんだので、一時間近く時間が余った。デパートから歯医者まで十分もかからない。時間調節のために涼しいデパートの通路の椅子に座ってぼんやりと売り場の様子を眺めていた。

 眠ってしまった。デパートの人が行き来する通路の椅子で寝た・・・そのうえ夢まで見た。

 三年前に突然七十五歳で亡くなった和美さんが、銀色の競技用の自転車の横に立っているのだ。少し猫背だった背はすっきりと伸び、華奢だった身体には筋肉がつき、二回りも大きくなっている。太腿なんて私の倍はある。なんという立派な身体。ヘルメットから覗く髪も黒く顔も日に焼けて健康そのもの。スポーツ大好きの彼女だったけれど、競輪選手のような出立ちには驚いた。「和美さん競輪選手になったの?」。彼女は微笑むばかり。見惚れていたら彼女がパッと足を上げ自転車に飛び乗った。待って、と叫んだ瞬間、目が覚めた。

 夢見心地でのろのろと歯医者に行った。受付の人が「予約時間から一時間過ぎてますよ」と言った。嘘!私は二時間もデパートの椅子で眠っていたのか。信じられなかった。ぼーっとした頭で和美さんを探した。

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