日高のり子 小学生に声優人生39年の現実、苦労、後悔を語る「本当のことを伝えたかった」

声優の日高のり子が5日、都内の江戸川区立中小岩小学校で講師を務め、全力の演技、本音トークを披露した。「タッチ」浅倉南、「となりのトトロ」草壁サツキ、「名探偵コナン」世良真純など数々の人気キャラクターを演じ、声優生活39年で得た技術、喜び、苦労、後悔などを直球で生徒に投げかけた。

小学6年生の約60人を対象とした「声優によるキャリア教育」に登場した日高。一般社団法人こえのつばさが主催し、東京都の「笑顔と学びの体験活動プロジェクト」の一環として2022年にスタートした課外授業で、人気声優が文学作品の朗読、人生経験を踏まえた体験談を通じて、読書の大切さ、将来への夢や希望を持つ大切さを伝える。

大きな拍手で迎えられた日高は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を情感たっぷりに朗読。続いて生徒が描いた10歳の男の子、ツンデレ女子高生、優しいお母さんなどのイラストに沿った声色の演技を披露した。生徒たちとの朗読劇では感情が大きく揺れ動く女神を熱演した。

生徒からの質問では、自身の経験をオブラートに包まず応じた。声優になったきっかけを「小学生の私はお芝居が大好きで演劇クラブ、放送委員会に入っていました。大人になってからのラジオ番組で『声に特徴があるので声優に向いているのでは』という手紙をいただいて、それで声優という仕事があるんだ、と気がつきました。そして自分の声を録音したテープをアニメ制作会社に送って、一つアニメ番組出演したことがきっかけです」と答えた。

声優の仕事内容をアニメのアフレコ、外国語映画の吹き替え、CM、ナレーション等だと挙げ、現在担当するCM、テレビ番組のナレーションを披露。生徒たちがどよめく中で「声優のお仕事はオーディションを受けなくてはなりません。若い人だけでなく、私は今も受けています。受かった作品が多くなれば忙しくなるし、受からないと暇になる。そういう意味では厳しい世界です」と真剣な表情で続けた。

苦労した経験を問われ、「タッチ」浅倉南の演技を挙げた。「デビューして間もない頃で、(上杉)達也役や(双子の弟)和也役ら周りは先輩ばかり。自分だけが新人でした。セリフを上手に言えず、南ちゃんの気持ちをなかなか表現できず、私だけがやり直しになった時、他の声優さんも付き合ってくれました。それでもできない時は私だけで居残りました」と回想した。和也が交通事故死し、その墓前に立つ達也に「たっちゃん」と声をかけるシーンだった。

「励ましたいけれど言葉にならず、でも気持ちは分かるよ、という思いを込めて『たっちゃん』と言って下さい、と伝えられました。でもそれができなくて、居残りで最初は映像が流れていたんですけど、もう映像が使われないようになって、(録音室に)赤いランプがついた時に『たっちゃん』と言ってください、と伝えられました。それが30回以上続いて、何が正解か分からないし、私を南ちゃんに選んだ人は『失敗した』と思っているかも、と悪い考えが浮かびました。悲しくて、分からない、ごめんなさいと思った時に言った『たっちゃん』がOKになりました」

30回以上NGが続き、「私の追い詰められた気持ちと、どう声をかけていいか分からない南の気持ちがリンクしたのかもしれない」と振り返った日髙。そんな苦労が続き「声優に向いていないのかも」と悩んだ時もあったが「ファンから『南ちゃん』と呼ばれるのが喜びでした」と乗り越えていった。自身の演じたキャラクターの声を披露して喜ばれる時に幸せを感じるといい、生徒にリクエストする場面も。「デスノート」ニア、一人三役だった「ざわざわ森のがんこちゃん」のがんぺーちゃん、ツムちゃん、ヒポ先生のセリフを演じ、他の質問では「となりのトトロ」サツキのセリフも披露した。

後悔を問われると「あまりないんですけど」と断った上で、浅倉南から女子高生役が続き、「トトロ」サツキで初めて女子小学生を演じ、次は男の子役への挑戦を考えていた時期に触れた。オーディションを経て主人公・一撃弾平を担当した「炎の闘球児 ドッジ弾平」が印象に残るという。

「弾平くんはドッジボールを当てる時、当てられる時に、とても大きな叫び声を上げます。1カ月か2カ月ごとに声をつぶしてしまうんです。他の仕事も頑張らないといけないので、初めて自分の喉に合わないのかな、失敗だったのかなと思いました。すごくやりたかった作品で、今は経験できて良かったと思いますが、当時は苦しくて少し後悔しました」

大きなやりがいと喜び、苦労や後悔を経た今、声優としてさらに先を見据える。今後の目標を「声優を初めて39年。その頃と、例えば今出ている『呪術廻戦』(九十九由基役)ではアニメが進化しています。その中でも置いてきぼりにならないようにしたい。昭和でデビューして、平成を乗り越えて令和。いつでもその時代の雰囲気が出せるように、もっと技術を磨いて進化して、いろんな雰囲気のキャラクターを演じたい。ゴールはありません」と言い切った。生徒たちに「私は教科書を朗読するのが好きで、演劇、放送委員と小学校で出会った『好き』が今も続いています。皆さんはまだ将来のことを迷っているかもしれないけれど、興味を持ったことをより知りたいという気持ち、そして小さな目標を見つけてほしいです。頑張ってください」と呼びかけ、講義を締めくくった。

参加した男子生徒は「母は『タッチ』、『らんま1/2』が世代で、僕は『名探偵コナン』が好き」と話し「朗読劇の迫力がすごくて、いろんな情景が浮かんできて心に残った。特別な機会に立ち会わせて頂き感謝しています」と大人びた感想を語った。男性教師は音読のコツを日高に質問し「同じテンポで、早口よりも安心できるテンポで読む。物語の風景を思い描くといいと思います」と返され、「授業にも役立てたい」と話していた。

日高は長男が小学生の頃は6年間、絵本の読み聞かせボランティアを行っていたというが、60人を前にした講演はこの日が初めて。「緊張しましたが、みんな真剣で、楽しそうで良かった」と振り返った。

演技、質疑応答ともに真っ正面から受け止め続けた。「将来なりたい職業で声優は上位です。だからこそ、厳しいことも含めて本当のことを伝えたかった」と説明。自身の小学6年生時は「役者になると決心していたのに、それを表に出すと馬鹿にされると思って、恥ずかしくて口にできなかった」と思い起こし、小学4年生時に劇団のミュージカル舞台で途中降板させられた悔しさは、成人後も抱き続けたという。「私の言葉は、きょうの小学生が大人になってからも心に残るかもしれない。だから一生懸命話しました」と語った。12月には音楽朗読劇ヴォイサリオン『スプーンの盾』(日比谷シアタークリエ)に出演予定の日高。さらなる進化へ挑戦を続ける。

(よろず~ニュース・山本 鋼平)

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