120億℃以上の環境では存在可能な原子核の総数が増える 超高温環境での新たな原子核の性質が判明

金やウランなどの重元素は、超新星爆発中性子星同士の衝突 (※1) といった超高エネルギーな天文現象によって生成されると考えられています。重元素の詳細な生成プロセスを理解することは、原子核全般の性質や、中性子星内部のような極端な環境を知ることに繋がる重要な研究です。

※1…中性子星とは、太陽の8倍以上の質量を持つ恒星の中心部で核融合反応が停止して超新星爆発が起こった後に残される、かつて恒星の中心核だった天体です。大雑把に言えば、中性子星は非常に多くの中性子で構成された巨大な “原子核” だと言えるため、中性子星の性質は極端な環境における原子核の性質によって決まると見積もられています。

【▲図1: 中性子星同士の衝突時の想像図。衝突点は最高で1兆℃、その周辺も数百億℃以上の超高温環境となり、非常に重い元素を大量に生み出すと考えられています(Credit: University of Warwick, Mark Garlick)】

ザグレブ大学のAnte Ravlić氏などの研究チームは、詳細がほとんど理解されていない超高温での「ドリップライン」の変化に関する研究を行いました。約230億℃(2.0MeV)までのシミュレーションの結果、120億℃(1.0MeV)以上の超高温の環境下ではドリップラインが大幅に変化することで、存在可能な原子核の総数が増えることを明らかにしました。

■「ドリップライン」は原子核が存在できる境界線

身近な全ての物質は「原子」でできており、その原子は中心部に存在する「原子核」と、その外側を周回する「電子」という構造に分かれています。

原子核は、「陽子」と「中性子」という2種類の粒子がいくつか結合している高密度な塊です。陽子と中性子はまとめて「核子」と呼ばれていて、原子核の性質は陽子と中性子の数で定まります。研究では陽子と中性子の数が近い原子核同士で性質を比較することがよくあるため、陽子と中性子の数を縦軸と横軸に取って原子核を2次元的に並べた「核図表」がよく使われます。

原子核は「強い相互作用」と呼ばれる力で塊の状態が維持されていますが、核子を繋ぎ止める数には限界があります。核子の片方がもう片方に対して多すぎる場合、余剰な核子はつなぎ止められずにこぼれ落ちてしまいます。核子がこぼれ落ちる限界となる数を核図表に記すと線で結ぶことができ、この線を「ドリップライン」と呼びます。簡単に言えば、ドリップラインとは原子核が存在できる範囲を示した境界線 (※2) であると言えます。

※2…より厳密に言えば、ドリップラインを超えた原子核も存在しますが、今回の説明では後述する理由により省いています。ドリップラインを超えた範囲の原子核は、こぼれた核子が原子核の周りに存在する特殊な形で存在します。このような状態の原子核は「ハロー核」と呼ばれます。このためより正確に言えば、ドリップラインは「原子核がハローを形成せずに一塊の状態で存在できる限界」です。今回の研究のように、原子核同士の反応を前提とする場合には一塊の状態ではない原子核の存在は原則として考慮されないため、ドリップラインが事実上の原子核の存在限界として扱われます。

ドリップラインは陽子と中性子のそれぞれに設定されていますが、特に注目されるのは中性子の側に引かれる中性子ドリップラインです。超新星爆発や中性子星同士の衝突といった超高エネルギーな天文現象においては、大量の中性子が放出されることで、原子核に何個も中性子が結合することがあります。そのような原子核は不安定であり、中性子が崩壊して陽子となり、より重い元素に変化します。このため、超高エネルギーな天文現象は、恒星内部の核融合反応では大量に生成されないような非常に重い元素を生み出す源となります。

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2つのドリップラインのうち、中性子ドリップラインは中性子が結合できる限界を表しています。生み出される重元素の種類や量といった重元素生成プロセスに大きく関わることから、中性子ドリップラインがどこにあるのかを知るのは非常に重要です。

ただし、原子核は非常に高エネルギーな環境であり、詳細な性質はあまり多くわかっていません。中性子ドリップラインが正確に知られているのは既知の元素の1割にも満たない、陽子の数が10個までの元素 (水素からネオンまで) に限られています。しかもこれは、超高温な環境である超高エネルギーな天文現象と比べても著しく低い温度環境での話であり、これまで超高温環境におけるドリップラインはほとんど理解されていませんでした。

■超高温環境でのドリップラインの変化が判明

Ravlić氏などの研究チームは、超高温環境でドリップラインがどのように変化するのかを調べるための理論計算的なシミュレーション研究を行いました。その詳細は注釈に譲りますが (※3) 、今回の研究では最大で約230億℃までの超高温環境を想定して計算を行いました。

※3…研究には「相対論的エネルギー密度汎関数理論 (REDF; Relativistic energy density functional theory)」と呼ばれる、原子核の研究でよく使われる「密度汎関数理論」に「一般相対性理論」の効果を加えた理論が使用されています。今回は超高温を想定し、さらに核子同士の結合が非常にゆるいドリップライン付近の計算を行うため、「ボンチェ=レヴィット=ヴォーテラン連続体減算手順 (Bonche-Levit-Vautherin (BLV) continuum subtraction procedure)」という手法が採用されました。

【▲図2: 今回の研究で計算された、通常環境 (青色) 、約60億℃ (緑色) 、約120億℃ (黄色) 、約230億℃ (赤色) でのドリップライン。温度が高くなるほど、魔法数 (黒色点線) 付近で大きく折れ曲がっていたラインがまっすぐになっているのが分かる(Credit: Ante Ravlić, et al.)】

その結果、約60億℃ (0.5MeV) の時点で中性子ドリップラインの変形が始まり、約230億℃にかけて中性子ドリップラインの大きな変化が起こることが判明しました。通常の環境での中性子ドリップラインは、特に魔法数 (※4) の付近で大きく折れ曲がることが予測されています。しかしその急激なカーブは温度の上昇と共に均され、約230億℃ではほぼ直線的になります。

※4…原子核を構成する核子が特定の数である場合、その原子核は他と比べて非常に安定になることが知られています。この特定の数を魔法数と呼びます。魔法数は閉殻構造や原子核の変形など、原子核の安定性に関わります。

このようなドリップラインの変形は、核の安定性に関わるいくつかの性質 (閉殻構造や原子核の変形) が消滅してしまうためです。同じような変化は陽子側にある陽子ドリップラインでも発生します。今回の研究では、通常の環境と比較して120億℃以上の環境では存在可能な原子核の総数が増えることが判明しました。

■原子核の性質を調べる研究に影響も

ドリップラインの変形により存在可能な原子核の総数が増えることは、超高エネルギーな天文現象における重元素合成プロセスにも一定の影響があります。また、今回計算された温度範囲は中性子星の内部のような環境でも適用されるため、極端な環境における核反応の様子をある程度明らかにしたという点でも今回の研究は重要です。さらに、今回の計算手法は通常の環境におけるドリップラインの検討など、原子核全般の性質を調べる研究にも応用される可能性があります。

ただし、その具体的なシミュレーション結果を得るには非常に多くの計算をこなす必要があり、現状の技術では困難です。そのため、重力波と電磁波を組み合わせたマルチメッセンジャー天文学など、宇宙で実際に発生する天文現象のデータを分析することで、シミュレーションの計算条件を絞り込むことが当面の課題となりそうです。

Source

  • Ante Ravlić, et al. “Expanding the limits of nuclear stability at finite temperature”. (Nature Communications)
  • Esra Yuksel. “Groundbreaking research shows that the limits of nuclear stability change in stellar environments”. (University of Surrey)
  • P. Bonche, S. Levit & D. Vautherin. “Properties of highly excited nuclei”. (Nuclear Physics A)
  • E. Suraud. “Semi-classical calculations of hot nuclei”. (Nuclear Physics A)
  • D. S. Ahn, et al. “Location of the Neutron Dripline at Fluorine and Neon”. (Physical Review Letters)

文/彩恵りり

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