二宮和也がビートたけしに託された“純愛”とは?「ただ2人でいる」ことを求めた大人の恋を描く『アナログ』

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たけし、二宮、タカハタが紡いだ恋愛物語

2017年、「暴力的なまでに純粋な恋愛小説」のキャッチコピーで出版された『アナログ』(集英社文庫)は、ビートたけしが初めて書き下ろした大人の恋の物語だ。

主人公は、アラフォーの腕のいい建築デザイナー、水島悟。既に父はなく、がん闘病中の母を見舞いながら、家事一切をひとりでこなして生きている悟が、自分がデザインしたカフェで出会った、携帯電話を持たないミステリアスな女性、みゆきに惹かれていくさまを坦々と描く。悟を二宮和也、みゆきを波瑠が演じている。

監督は、タカハタ秀太。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(1985~1996年:日本テレビ)でディレクター・デビューしたタカハタは、2015年、二宮を主演に迎えた年末スペシャルドラマ『赤めだか』(TBS)で、ビートたけしを俳優として起用し、見事な演出を見せた。

これは、そんな因縁浅からぬ3人による恋愛映画だ。原作をビートたけしが、監督をタカハタが、ビートたけしの恋に対する考え方を託された男、悟を二宮が担う。

「人に伝わるのは、思いを込めた時間」

悟は、居間に仏壇のある家で一人暮らしている。キッチンは、再生栽培している豆苗など、緑で溢れている。糠床も育てており、切ったきゅうりの糠漬けをひとかけら、慣れた手つきでポイっと口に放り込む。悟は1人でも生きていける男なのだ。

彼は、カタカナ業界用語を使いたがる上司に自分のアイデアを横取りされても、無茶ぶりされても、さして怒ることもない。むしろそこに自分なりの楽しみを持ち込み、その面白さに没頭し、目を輝かせて仕事する。

同僚やクライアントは、彼のその姿に惹かれるようだ。気を引いたり、呼びかけたりは決してしないのだが、悪友や同僚、支社の人々まで、彼の周りには味方が多い。

悟は、「思いを込めた時間こそが人に伝わる」と考えている。悟とみゆきが出会ったカフェ<ピアノ>を作る際、悟は取っ手や窓止め、トイレットペーパーホルダーまでこだわり抜いた。そこに気づいたのがみゆきだ。しかも素直に「素敵だ」と口にした。同じ価値観を共有できる人。悟がみゆきに恋をしたのは、このときだろう。とどめは、たぶん帰り際のハグ。

悟は、最新であるからと意味もなく技術を使う日常に嫌気が差していたのだろう。彼も、デジタル機器を使いこなせないわけじゃない。ただ、ものを作るとき、何のために作るのか? なぜそれを使って作るのか? ちゃんと自分が理解できる意味を大切にしているのだ。ものが早く大量に生産されることよりも、思いがどう込められたかが大切だから。

「大人の恋=感情の積み重ね」を大事に描く

大人の恋というと注目されがちなのは性愛の描写だが、この作品に性的な描写はない。むしろ大事に描かれるのは、「一緒に生きていきたいという思い」が強くなっていく悟とみゆきの感情の積み重ねだ。みゆきが悟にハグをすることにもちゃんと理由がある。

大人の恋にとって、何かを生み出すことより、ただ2人でいることのほうが重要。大人だからこそ、人生において、そんな人とめぐりあえることが「奇跡」だと知っているのだ。ビートたけしは『アナログ』で、それを描こうとしたのではないか。「暴力的なまでに純粋な恋愛小説」とは、まさに「2人でいること」を指しているのだと思う。

思いが強くなっていくさま、ときに裏切られるさまを、二宮は言葉より表情で表現していく。みゆきの表情を、一瞬も逃すまいと見入る。あまりにストレートにのぞき込むため、みゆきが視線を外すほど。

帰り際、振り返って手を振る彼女に、気持ちが溢れた悟は小さく呼吸する。二宮の、こういった小さな表情の変化、呼吸の積み重ねでの表現は、さらに磨きがかかったように思う。全編を通して描かれる悟の感情が、さまざまに立ち昇るのを目の当たりにする。

“主演俳優”という立場を熟知する二宮の現在〈いま〉

主演俳優という立場を熟知する、昨今の二宮が演じる役には、どんなアウトローであってもシンパがいる。キャスティングは偶然だろうが、二宮にはそういう関係性がよく似合う。彼の演じるのは、独立独歩、自分で世界を切り拓ける人物であるが、人生はそれだけでは立ち続けられない。二宮がそういう役回りを演じることで、周囲との関係の築き方について考えさせ、重要なのだと気づかせる。

悟が、みゆきや、幼なじみの悪友、高木淳一(桐谷健太)、山下良雄(浜野謙太)らと、焼鳥屋で飲むシーンがある。みゆきがトイレで外したすきに、3人はボーイズトークに花を咲かせる。「おまえも落語を一席やれ。芝浜だ」と高木は無茶ぶりをする。このシーンはたぶん、3人の力量を信じるタカハタ監督が、長廻しでアドリブを撮影し、適宜編集したのだと思う。

この友人たちとのバカ話こそ、作品をより深いものにする演出だ。浜野の「愛するってああいうことなんだな」、桐谷の「いますぐ誰かに好きって言いてえ」という台詞は、観る者をしみじみと幸せにする。悟との関係性を見せたうえで言わせるからこそ、胸の奥深くまで刻まれる言葉。

小説のなかのワンセンテンス、「幸せな気持ちになんて、大切なものが一つだけあればなれるものなのかもしれない」を凝縮した作品なのだと思う。

文:関口裕子

『アナログ』は2023年10月6日(金)より全国公開

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