小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=61

 切り出した灌木に曲がったものがあると、それを火にあぶって矯正したり、鉋で適当な太さに削ったりする。鍬の柄は、草の根を浮かせやすくするために、ある勾配をつけてすげる必要がある。工夫を凝らした鍬や斧は仕事の能率を上げる。凝り性の浩二が仕上げた農具は使いやすいと家族のものから喜ばれた。
 山伐りには屈強で熟練した三人の人夫を雇った。最初はフォイセで覆いかぶさった蔓や灌木を薙ぎ払う。山の中はむし暑い。薮蚊やぶよ、山だになどにまとわりつかれながらの開墾作業は容易でない。全身から汗が流れ、シャツは、雨に打たれたかのようにずぶ濡れになってしまう。彼らはシャツを脱ぎ、半ズボン一つとなって働く。赤銅色に輝く逞しい筋肉は動く彫刻だ。躍動美がある。
 フォイセによる下払いが終ると、次は斧で大木に挑むのである。野暮ったい男たちは野卑な言葉を交わしたり、あるいは、大声で男女にからむ歌をうたう。作業が、大自然と溶け合った雄大さで、何物をも寄せつけぬ、彼らだけの世界がそこにあった。
「俺は、この山伐りが終ったら、いっぺんセルジッぺ州の故郷へ帰ってこようと思ってんだ」
 一人が言った。
「毎日カッシャッサ(火酒)を飲んでいてそんな金たまんのか」
「心配すんな。浩二はいい男だから、融通がきくよ、きっと。なあ浩二」
「しっかり頑張れやな」
「セルジッぺ州といったら、あのランピオン(盗賊の首魁)たちが跋扈していた地方だな」
 東北地方の盗賊で二年前に殺されたランピオン一族のことは彼らもよく知っていた。最近のある報道によると、単なる盗賊でなく、地域ブラジルの腐敗政治に対抗した義賊だと論説した新聞もあって英雄化されつつあった。ランピオンには、マリア・ボニータと呼ばれる美人の妻がいた。勇敢で、かけ引きがうまく、情に篤かった。彼女がランピオン一族と共に壮絶な死をとげたことが、さらに話題を大きくしていた。
「俺、セルジッペに帰ったらマリア・ボニータぐらいの女を見つけてくるからな」
「バカこけ。お前なんかにゃ、その辺の女郎もくっついてきやせんよ」
「お前、俺の底力解ってえねんだな」
「カラ威張りするんじゃねえよ。お前の才覚なんて斧をふることだけじゃねえか」
「俺たちは山の王者だもん。この腕力にマリア・ボニータも靡かないことはないさ」
「笑わせやがる。本当だとしたら一杯おごるぜ」

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