「男性の性暴力」はなぜ隠されてきた? 9つの “神話”を砕いた2度の法改正の重さと意義

社名変更に伴いジャニーズ事務所の外壁にあった社名看板は撤去された(10月6日都内/弁護士JP)

友人と帰宅途中の夕暮れ時、目の前に突然男が現れて仁王立ちし、いきり立った陰茎を見せつけられた。小学校4年生のころだ。 その場からとにかく離れようと友人と猛ダッシュで自宅へ逃げ帰った。もう数十年も前のこと。ただ、その時の光景はいつまでも脳裏に焼き付いて離れない。トラウマというほどではないが、気持ちの悪い記憶として心の奥にしまい込んでいる。ちなみに私は男性だ。

口止めされたわけではもちろんないが、このことを家族に話すことはなかった。再び遭遇しないよう警戒し、しばらくはその道を帰宅ルートから外した。いま思えばあれも一種の性暴力だったのだろう。

大人になり、男性を好むセクシャリティの男性に迫られたこともある。その時はうまくかわして事なきを得たが、なかなかの”圧力”だった。ひょう変ぶりが衝撃で、男色というものの存在を初めてリアルに感じた瞬間だった。

長く信じられてきた「男性のレイプ神話」の弊害

2020年6月に開催された「性犯罪に関する刑事法検討会ヒアリング」で配布された臨床心理士・公認心理士の宮﨑浩一氏の提供資料。そこには男性の性暴力被害について、氏の分析が詳細に記されている。その中に「男性のレイプ神話(※)」についての記述がある。

1. 男性が性被害に遭うはずがない。
2. 性的な被害に遭う男性はゲイ(同性愛者)である。
3. 女性が性的な加害行為をするはずがない。
4. 性的な被害を受けることでその男性はその後ゲイになる。
5. 性的虐待を受けた男児はその後、自らも性的虐待を行う男性に成長する。
6. 性的な被害を受ける男性は、男らしさに問題がある。
7. もし暴力行為が伴わなければ、男性は性的被害に遭いそうになっても抵抗できるはず である。
8. 性的被害に遭いそうになっても抵抗しない男性は、その行為を望んでいる。
9. 被害を受けた時に勃起・射精などの性的反応が起こったら、彼もその性的行為に同意していたといえる。

※岩崎, 2009;Struckman-Johnson,1992;Turchik&Edwards,2012 で挙げられているものより宮﨑氏が作成

すべて偏見であり、間違いだそうだが、少なくとも10代のころはすべて信じていた。それゆえに黄昏時の”開チン事件”を他言せず、しまい込んでしまったのだと合点がいった。

故ジャニー喜多川氏が行った少年たちへの性暴力。その規模や権力を悪用したやり口は悪質極まりない。だが、一方でこうした「神話」も社会への届きづらさを助長ししていた可能性は否めない。

資料によれば、男性の性被害者のほとんどは加害者と既知の間柄だったという。被害後には脳卒中や心臓病などの健康状態の悪化がみられ、自傷行為や自己非難等が起きる場合もあるそうだ。

2017年までは「被害者は女性、加害者は男性のみ」が法律上は「強姦罪」

法的側面でも、男性の性暴力が露見しづらい要因があったことは否定できない。1908年から2017年までは暴力的な性行為の強要は「強姦罪」とされ、「被害者は女性、加害者は男性のみ」で、親告罪だった。

それが2017年7月の法改正で「強制性交罪」となり、加害者の性別は撤廃され、非親告罪となった。さらに2023年7月の法改正では、「不同意性交等罪」となり、同意なき性行為が罰則対象となった。

不同意性交等罪では、有効な同意ができない場合の8つの類型が示され、その中には「地位・関係性が対等でない場合」も明記されている。組織内の立場を利用し、断りづらい状況で性交におよんでも「不同意性交」とみなし、罰則を科すよう、法的にも認められたのだ。

加えて、相手が13歳未満、もしくは13歳以上16歳未満の子どもで、行為者が5歳以上年長である場合も不同意性交等罪が成立する要件となった。

神話が崩壊しても”亡霊”におびえているような発信側の欺瞞

夢を追って芸能界に飛び込み、不幸にも喜多川氏の毒牙にかかってしまったジャニーズ被害者の面々。身を襲った悪夢を他言もできず、ともすればその当時は何が起こったのかさえ理解できていなかった可能性もある。

ピュアな想いを打ち砕かれ、後遺症に苦しみ、重篤なトラウマを抱え続けながら、478人の被害者はようやく被害補償のスタートラインに着いた。もちろん、これで一件落着でもなんでもない。あくまでも第一歩を踏み出したに過ぎない。

世界が問題視し、企業が厳しい姿勢を打ち出し始めてようやく、判決でクロとされている芸能界の大スキャンダルにのっそりと素知らぬ顔で猛攻を浴びせ始めたメディア。見て見ぬ振りをしている間に、男性の性暴力にまつわる「神話」は、2度の法改正を経て、完全に霧散した。にもかかわらず、追及の手がどうにもピンボケなのは、まさか故喜多川氏の「亡霊」におびえているわけではあるまい。

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