【コラム 前野隆司のウェルビーイング講座】第3回 自然に触れる人は幸せ

地球のサステナビリティを考える時、対象として植物について考えることが多いですよね。植物が二酸化炭素を吸収し酸素を排出することも温暖化対策のために重要ですし、絶滅危惧植物種を守ることも生態系の維持のために必要です。もちろん動物の保護も同じように重要です。

実は、人のウェルビーイング(幸せ、健康、心と体の良い状態)についての研究の中には、自然との触れ合いとウェルビーイングの関係に関する研究がたくさんあります。「自然と触れ合う人は幸せ」「リラクゼーションよりも公園の散歩の方が幸福度が高まる」「部屋から20%くらい緑が見えると幸せ(その緑はフェイクでも構わない)」「川から200m以内の距離に住んでいる人は幸せ」「木に抱きつくと心が落ち着く」などなど。また、森のフィトンチッドという化学物質が健康に寄与するという研究もあります。よって、自然は、それを守ることも重要ですが、人のウェルビーイングのためにも重要なのです。

では、なぜ、自然と触れると人は幸せを感じるのでしょうか?

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もともと自然と共に生きてきた長い人類の歴史の中で、自然と共にいると安心で幸せな気持ちになるような特徴が遺伝子に組み込まれているからではないかと思います。人類が生まれたのは10万年前とも、もっと前とも言われています。仮に10万年としましょう。産業革命により都市化の進展が始まったのは、200数十年前です。日本では明治維新。160年くらい前ですね。200/100,000=500。つまり、人間がコンクリートとアスファルトに囲まれて暮らすようになったのは、人類の歴史の中のたったの500分の1。人類の歴史の0.2%です。99.8%は、森の中で暮らしたり、農業をして自然とともに生きたりしていたわけです。

人類の長い歴史の中で、現代的な生活をしている私たちの方が例外で、99.8%は自然とともに生きていたわけです。だから、自然に触れると安心で幸せな気持ちになるのは、先祖の暮らしの記憶がDNAを介して呼び起こされるからなのではないかと思います。

自然好きの人がいます。ハイキング好きや、登山家、キャンプ愛好家、都市農園で畑づくりをしている人、庭いじりが趣味の人。自然好きというのは、スポーツ好きや将棋好きなどと並んで、趣味の一つだと認識されているきらいがありますが、私は、それ以上のものだと思います。自然というのは、単なる趣味的なものではなく、私たちを長年包み込んできた、私たちの環境なのです。

都会にいると、人類が世界を支配しているような気持ちになります。しかし、大自然に触れてみると、その巨大な力に圧倒されます。人類は確かに大地の多くの部分をコンクリートとアスファルトで覆い尽くしてしまいましたが、実は今でも自然の一部に過ぎないのです。

ある私の教え子は、自然林の中で3日間過ごす「森のリトリート」を体験した時、森の中にいるときの何ともいえない「すっぽり感」が心地よかったと言っていました。森に抱かれたような感じ。母なる大地の母なる森に包み込まれて、安心な感じ。

「海ではいけないんですか?」と聞かれることがあります。海の近くで育った私もかつては森よりも海派でした。海は広くて大きくて、世界の大きさを感じさせてくれます。世界で活躍するぞ、という大志を抱くときにぴったりな存在です。一方、森は、私たちが悩んだりモヤモヤしているときに「それでいいんだよ」と優しく包み込んでくれるような存在。そんな違いがあるように思います。

いずれにせよ、自然に触れる人は、幸せです。海でも、森でも。週末に、ホリデーシーズンに、自然とふれあいに出かけましょう。平日の空き時間に、公園に寄るのもおすすめです。都会にも、例えば東京ですと、皇居の二の丸庭園(千代田区)、新宿御苑(新宿区)、MUFGパーク(西東京市)など、壮大な緑が保存された大きな公園があります。

自然に触れて、ありのままの“自然なあなた”を思い出してみてはいかがでしょう。

前野 隆司(まえの・たかし)

慶應義塾大学 大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 ヒューマンシステムデザイン研究室 教授

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2011年4月から2019年9月までSDM研究科委員長。この間、1990年-1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。

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