ハッブル定数の謎を解くかもしれない “希望” のIa型超新星「SN H0pe」を観測

私たちの宇宙は膨張していることが観測されていますが、その膨張速度を表す「ハッブル定数」は、観測方法によってその値が異なるという大きな問題を抱えています。この問題は「ハッブル緊張(Hubble tension)」と呼ばれ、現代宇宙論における大きな謎の1つとなっています。

アリゾナ大学が設置したスチュワード天文台に所属するBrenda L. Frye氏などの研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で撮影された画像の中に観測史上2番目に遠い「Ia型超新星」が写っているのを発見し、その性質をもとにハッブル定数を精密に測定できるのではないかとする研究結果を発表しました。ハッブル定数の謎解きにつながるという “希望” を込めて、Frye氏らはこのようなIa型超新星を「H0pe型超新星」と名付けています。

【▲図1: 紫色の四角内にある明るい点が、今回発見されたIa型超新星「SN H0pe」です。重力レンズ効果によって3つの像に分裂しています。明るい銀河本体からわずかにズレた位置にあることから、ごく近くにある矮小銀河が発生源であると推定されています(Credit: Brenda L. Frye, et al.)】

■ハッブル定数、Ia型超新星、重力レンズ効果とは

今回の主題であるH0pe型超新星を解説する上で欠かせないのが「ハッブル定数」「Ia型超新星」「重力レンズ効果」という3つの用語です。まずはこの用語について簡単に説明します。

私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。宇宙の膨張速度は、1929年に宇宙の膨張を発見した天文学者エドウィン・ハッブルにちなんで「ハッブル定数」と呼ばれています。現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで測定しても一定であるはずです。しかし実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数 (セファイド変光星による) と遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には大きな食い違いがあることが分かっています。どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないため、食い違いが生じる理由はわかっていません。これは「ハッブル緊張」と呼ばれています。

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ところで、宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。その1つが、白色矮星 (※1) で発生する「Ia型超新星」という現象です。白色矮星の近くに伴星があると、伴星から流れ出たガスが白色矮星に降り積もっていきます。そして白色矮星の質量がある限界 (太陽の約1.4倍の質量) に達すると、核融合反応が一気に進行して膨大なエネルギーが放出されます。これがIa型超新星です。一定の質量に達した時に発生するという性質があるため、Ia型超新星は明るさが一定であり、見た目の明るさの違いは地球からの距離の違いによって生じると仮定することができます。このため、Ia型超新星は “宇宙の標準光源” や “宇宙の標準ろうそく” と呼ばれています。ただし、現在の技術で観測できるIa型超新星は、比較的近い宇宙で起きたものに限られています。

※1…太陽のように比較的軽い恒星が、中心部の核融合反応が停止した後に残す高密度な天体。

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現在ハッブル定数が測定されている遠くの宇宙と近くの宇宙のちょうど中間で測定が可能となるため、より遠くで起きたIa型超新星を多数観測することが期待されています。特に注目されているのが「重力レンズ効果」を受けたIa型超新星です。重力には光を曲げる性質があるため、観測者と遠くの天体の間に別の天体があると、遠くの天体からの光は進路を曲げられて、時には複数のルートから同じ天体の光がやってくることがあります。まるで凸レンズが焦点に光を集めるように、遠くの天体の見た目の明るさが増大されることから、このような現象は重力レンズ効果と呼ばれています。ただし、異なるルートから光が集められる性質上、重力レンズ効果を受けた天体は複数の像に分裂して見えることも珍しくありません。

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■3つに “分裂” した遠方のIa型超新星「SN H0pe」

【▲図2: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって撮影されたG165。重力レンズ効果によって遠くの銀河の像を複雑に歪めています。今回の研究では、無数の像が21個の別々の天体に由来することが判明しました(Credit: Brenda L. Frye, et al.)】

Frye氏などの研究チームは、非常に珍しい条件を備えたIa型超新星の像がウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された画像に含まれていることを発見し、その性質に関する研究結果をまとめました。

今回研究された画像に “主役” として写っている天体は、地球から見て「おおぐま座」の方向にある銀河団「G165 (PLCK G165.7+67.0)」です。G165は地球から約46億光年 (赤方偏移z=0.35) (※2) の位置にあり、太陽の260兆倍、天の川銀河の数百倍もの質量を持つ巨大な銀河団です。このため、G165はその周りに重力レンズ効果で激しく歪められた銀河の像が見えることで知られています。銀河の見た目の形は孤状になっているため、これらの像は「Arc(孤)」と名付けられ、機械的に番号が振られています。

※2…この記事における全ての天体の距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離(または光路距離)」と呼ばれます。また、2つの距離の表し方が存在することによる混乱や、距離計算に必要な数値にも様々な解釈が存在するため、論文内で遠方の天体の距離や存在した時代を表すには一般的に「赤方偏移(記号z)」が使用されます。

Frye氏らは「Arc 2」と名付けられた銀河の中に明るい点を発見しました。観測データの分析から、この明るい点はIa型超新星であることが明らかにされました。このIa型超新星はArc 2にあることから、論文中では仮の名前として「SN 2」と名付けられていますが、Frye氏らは後述する理由から独自に「SN H0pe」と名付けています。

今回の研究では、SN H0peはArc 2からわずか5000~7000光年しか離れていないと推定されたため、おそらくArc 2の伴銀河 (衛星銀河) である矮小銀河で発生したと考えられます。地球からSN H0peまでの距離は約162億光年 (z=1.78) であり、2013年に見つかった「SN UDS10Wil」の約169億光年 (z=1.914) に次いで2番目に遠いIa型超新星です。

ユニークなことに、ウェッブ宇宙望遠鏡の画像に現れたSN H0peは “1つ” ではありません。重力レンズ効果で像が分裂し、まるで3か所に別々の超新星があるように見えているため、像を区別するために「SN 2a」「SN 2b」「SN 2c」という枝番がそれぞれの像に付けられています。3つの像に分裂したIa型超新星の観測記録は、2022年に初めて撮影された「AT 2022riv」に次いで2番目です。

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■SN H0peは “希望” を込めた名前

【▲図3: SN H0peの3つの像の明るさを波長別にプロットした光度曲線。誤差は大きいものの、それぞれの像として観測されている光は重力レンズ効果によって異なる経路を通過してきたため、明るさが変化するタイミングにズレが生じていると推定されます(Credit: Brenda L. Frye, et al.)】

Frye氏らは、今回発見されたSN H0peが持つこれまでにない特徴に注目しています。まず、SN H0peは3つの像が撮影された2番目のIa型超新星ですが、1番目であるAT 2022rivと異なり数週間の間隔を空けて合計3回撮影されたため、短期間での明るさの変化を計測できました。3つの像はすべて同じ天体なので、本来であれば明るさの変化も同じタイミングで起こるはずです。しかし、3つの像の元となる光は重力レンズ効果によってそれぞれ異なる距離のルートを通って地球に到達しているため、実際には3つの像の明るさが変化するタイミングにはズレが生じます。タイミングのズレは光が伝わってきた距離の違いを反映しているため、3つの像それぞれの明るさが変化する様子をもとに、重力レンズ効果の強さを精密に計算することができます。

【▲図4: 今回の研究によって明らかにされたG165の質量分布の等高線。このような精密な “地図” は、将来的に超新星を観測した時に役立つ可能性があります(Credit: Brenda L. Frye, et al.)】

今回の研究ではウェッブ宇宙望遠鏡によるG165の詳細な観測データをもとに、重力レンズ効果を受けて分裂した無数の像がそれぞれどのような天体に由来するのかも詳細に調べられました。その結果、地球からの距離が約162億光年のArc 2を中心としたグループに加え、地球からの距離が約184億光年 (z=2.24) である別の銀河「Arc 1」を中心としたグループ、そして地球からの距離が約155億光年 (z=1.65) である銀河のグループという合計3つのグループが存在することが分かりました。これらの銀河の距離が判明したことにより、G165周辺の無数の像は全部で21個の天体に由来することが明らかにされました。こうした詳細な銀河の配置と距離に関するデータから、研究チームはG165による重力レンズ効果の強さに関する詳細な “地図” を作成することにも成功しました。

また、Arc 1は塵の多い銀河であることが今回判明し、推定される星形成 (新たな恒星が作られる過程) の激しさから、超新星の発生確率は1年に1回程度であると推定されました。その多くはII型超新星 (※3) であると推定されますが、ウェッブ宇宙望遠鏡の運用期間中にIa型超新星が観測される可能性もあるのではないかとFrye氏らは考えています。

※3…太陽の8倍以上の恒星が、その寿命の最期に起こす大爆発をII型超新星と呼びます。

このように、SN H0peが発見されたG165は、ウェッブ宇宙望遠鏡の観測期間中に新たなIa型超新星を観測できる可能性があるだけでなく、詳細な重力レンズ効果の “地図” を用いてIa型超新星までの距離を正確に測定し、ハッブル定数を非常に正確に算出できる可能性があります。SN H0peという名称は、ハッブル定数を意味する記号の「H0」と、これまでの観測では実現しなかった距離と精度でハッブル定数を測定できるという “希望( Hope)” をかけた名称です。Frye氏らは、G165を定期的に観測することでハッブル定数を絞り込めるのではないかと期待しており、現在の観測結果についても詳細な研究を追加で発表する予定だということです。

Source

  • Brenda L. Frye, et al. “The JWST Discovery of the Triply-imaged Type Ia "Supernova H0pe" and Observations of the Galaxy Cluster PLCK G165.7+67.0”. (arXiv)
  • Ethan Siegel. “JWST’s first triple-image supernova could save the Universe”. (Big Think)
  • Tomasz Nowakowski. “New Type I supernova discovered with JWST”. (Phys.org)

文/彩恵りり

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