「コート上でもそれ以外でも万能性がカギ」 - 著名NBAスキルコーチ、ドリュー・ハンレン氏インタビュー

ジェイソン・テイタム、ブラッドリー・ビール、ジョエル・エンビードら、NBAを代表するスーパースターのスキルコーチを務めるドリュー・ハンレン氏が来日し、日本の子どもたちを対象としたバスケットボール・クリニックを開催。「彼は一人や二人のNBAプレーヤーの練習に何度かつきあったことがあるというレベルではない、本物のNBAスキルコーチですよ。よかったら見に来ませんか?」。Tokyo Samuraiのヘッドコーチ、クリス・シーセンからのそんな誘いを受けてその現場に足を運び、インタビューさせてもらった。
取材協力=Tokyo Samurai

ブラッドリー・ビールの飛躍を後押ししたことがきっかけでコーチングの道が開ける

——バスケットボールのコーチを志したきっかけはどんなことだったのですか?

バスケットボールは小さな頃から楽しんでいたんです。ミズーリ州セントルイス育ちで、シカゴに近かったのでマイケル・ジョーダンの大ファンでした。毎日学校に行く前も帰ってからもプレーして、夜には試合を見てという具合で、いつもバスケットボールのそばにいたかったんですね。それが高じて、高校のジュニア(高3)だった頃には、セントルイスのプレーヤーたちとワークアウトをし始めていました。

その頃一緒にワークアウトした子たちの一人にブラッドリー・ビールがいました。ブラッドはフレッシュマン(高1)からソフォモア(高2)にかけて平均得点が8得点から25得点に上昇したんですが、彼の向上していく様子を見て、多くの人が私とワークアウトしたいと言い出すようになったんですよ。

実際にプレーヤーたちと一緒に取り組み始めると、そこに私はやりがいを二つ見つけることができました。人助けとバスケットボールですね。トレーニングを通じてどちらもできるわけです。それでこの仕事が大好きになり、もっと研究して良いコーチになろうと思ったしだいです。後はご存じのとおりで、一つの歴史になりました。

——恩師のような人はいますか?

ええ、私のバスケットボール人生には、高校時代のコーチだったジェイ・ブロッサムという恩師がいます。彼は私に、良いコーチはプレーヤーが必要とすることに取り組むようにするのであって、やりたいことばかりに時間を費やすものではないということを教えてくれた人です。

ワークアウトは得てして、何でも楽しい方に行ってしまいがちです。でも、得意なことばかりではなく、あまり楽しくないことに取り組むべきときもあります。苦手の克服に取り組まないと、対戦相手にねじ伏せられてしまいますからね。彼からは価値ある教えをもらいました。私が最も多くを学んだコーチで、トレーナーとしてどんな姿勢であるべきかを作ってくれた人です。

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苦手にも取り組み、プレーヤーが必要とすることを見抜いて必要な情報を提供するのがコーチの姿勢

——例えば若き日のテイタムと今の彼をコーチするのでは、どんな違いがありますか?

バスケットボールのコーチングは、プレーヤーが何に取り組むべきかを見出して、そこについてものすごく上手にするということに尽きると思うんです。ジェイソンやブラッドが高校に入りたてだった頃の練習は、やりたいことがたくさんありましたが、我々は一番大切なものに集中しました。今彼らは世界でも最高レベルのプレーヤーと呼ばれる立場になっても、過程としては当時同じです。常々一番大切なことを選りすぐって細部に集中して取り組み、得意になるまで訓練を重ねます。

正直、若いプレーヤーとNBAプレーヤーのワークアウトはまったく同じです。NBAプレーヤーはずっと上手で技術も運動能力も強さも上ですから、取り組む技術のレベルは上ですけれどね。若いプレーヤーはまず基礎に目を向けて、そのレベルの技術習得が可能になってからやる。違うのはそこだけです。

——若者相手とプロ相手ではコミュニケーションのやり方がありませんか?

若い人たちとの場合は、彼らが理解しやすいようにゲームを本当に簡単にかみ砕きますね。彼らは若い分まだまだ知らないことがたくさんあります。コーチとしての仕事は知っていることをすべて渡すことではなく、彼らが何を必要としているのかを教えて、伝えた情報を持って帰って実戦で使えるようにすることになります。ハイレベルなプレーヤーの場合には、簡略化してしまう部分を細部まで突っ込んで伝えますが、それはゲームのちょっとした差まで彼らが理解できるからです。

——ビッグマンにはオーソドックスなポストプレーを教えるのですか? それとももっと万能スタイルの方向ですか?

NBAは2000年代に入ってかなり変化がありました。ルールが変わってビッグマンをダブルチームしてよくなりましたから。振り返ってみると、シャキール・オニールがコービ・ブライアントと一緒にリーグ制覇に成功して以来、ゴールを背負ってプレーするタイプのビッグマンで勝てた例はほとんどないのではないかと思います。ニコラ・ヨキッチやヤニス・アデトクンボンドのような長身プレーヤーお、オフェンスの起点になって縦に攻め込んでいくスタイルですよね。

私たちもこのルール変更に対応しています。エンビードを見ると、レギュラーシーズンにものすごく支配的な活躍をできていても、プレーオフでは相手ディフェンスがいっそう強烈にダブルチーム、トリプルチームをしかけてくるので、ポストアップとアイソレーションに頼るだけでは難しくなってしまいます。なので、もちろんローポストの支配力を高める練習はやりますし、ゴール近辺でオールを受けてフィニッシュできれば一番いいとは思いますが、ポストシーズンのディフェンスはそれが簡単にできるものではないというのが現実です。

ショットメイク、プレーメイク、ディフェンスで差がつく

——昨今のNBAでも世界のバスケットボールでも、パッと浮かぶのは3&D(3Pショットとディフェンス力を持ち味とする運動能力の高いプレーヤー)、ロングレンジ・シューティング、スモールボールなどの言葉です。次に来る流れは何だと思いますか?

NBAの潮流については映像研究などで常に注視しています。大柄なプレーヤーが支配した時期を経てルール変更が行われた後、プレースタイルも変わり、分析がかなりものを言う時代にもなりました。どのチームも3Pショットをたくさん狙い、レイアップの機会を作り、フリースローをもらおうとしてきたのが近年の傾向です。

となればディフェンス側も当然それに対策してくるので、ミドルレンジとミドルポストを生かす戦い方が息を吹き返すかもしれませんよ。だから、次にやってくる流れは、1番から5番までオフェンスでもディフェンスでもプレーできるプレーヤーのいっそうの躍進だと私は思います。ニコラ・ヨキッチ、ドマンタス・サボニス、ドレイモンド・グリーンのようなポイントフォワードがボールを持ち万能性の高いプレーをするようになるので、アウトサイドで彼らをガードしなければならないディフェンス側のビッグマンたちは苦しめられるでしょう。長身で大柄、かつボールさばきがうまい万能プレーヤーが今以上に増えます。万能性がカギになり、コート上の5人全員がシューターで、ピック&ロールにスウィッチで対応できる。それが潮流になると思います。

——日本には河村勇輝や富樫勇樹のような小柄なプレーヤーがいますが、そんな中で彼らのようなプレーヤーが次なるレベルに到達する可能性をどう見ていますか?

ステフィン・カリーは現在世界最高のプレーヤーの一人で、歴代プレーヤーの中でも最高の一人です。差を生んでいる「セパレーター」はシューティング。つまり、まずはシュートが上手ければ高いレベルでプレーできます。

プレーメイクも差を生む要素です。往年のスティーブ・ナッシュを思い出すといいでしょう。MVPを2回受賞した彼は特に大きくもなく、運動能力が高いわけでもありませんでしたが、チームメイトの力を引き出すIQが高く、正しいプレーを安定して生み出していました。そこで本当に優れていたから彼は成功したんです。もう少し昔の例でジョン・ストックトンというプレーヤーがいましたね。彼はものすごくタフで、ディフェンスの厳しさをチームに浸透させ、オフェンスをうまく走らせました。

総じて、シュートがうまい、駆け引きがうまい、厳しく守れるという特徴があるプレーヤーであることが重要ですね。そんなプレーヤーなら高さやサイズ、運動能力で劣っていても、常に活躍の場があります。

——日本人としては、英語でのコミュニケーションがとても難しい部分でもあります。多くの日本人プレーヤーがその部分で苦戦していますが、英語でのコミュニケーションはどのくらい大事だと思いますか?

バスケットボールという競技のいいところは、違う言葉を話すプレーヤーやコーチ、トレーナーが、バスケットボールを好きだというところで一つになることだと思います。チームメイトやコーチとのコミュニケーションは常に大事ですね。

今回私は優秀な通訳に恵まれて、日本語しか使わない若者たちにスキルや練習方法を伝えることができました。お互いにやり取りする中では、言葉以外にも表情や手振りなどでいろんなことを伝えることはできますから、言葉が違ってもいろんなメッセージを伝えあうことはできます。

——日本のプレーヤーに英語を勉強するように助言しますか?

できれば、チームメイト全員が同じ言葉を通じてつながれたらいいでしょう。私は英語を話すので、誰もが英語を話してくれたら助かります。でも、それ以上にバスケットボールという競技を高いレベルで理解することが大切ですね。NBAを見ながらアナウンサーが英語で何を話しているのかを聞いてみたりすれば、英語に触れているうちに彼らが話している内容がわかるようになっていくのではないかと思います。(英語で構成されている)映像をソーシャルメディアで見つけて、そこでコーチが話していることを聞くのも学びになるでしょう。

私は常々、コート上ではできるだけ万能であることがいいことだと思っていますが、コート外でも万能であれたらもっといいですよね。いろんな言葉を使えたら、より多くの人から学ぶことができますから。これは常にプラスになることですよ。

ゲームを理解するのが大事、そのためにも英語に慣れることが助けになる

ハンレン氏は世界各地でクリニックを行っており、日本は37ヵ国目とのこと。「いつかぜひとも来たい場所でした(This is a place that has been on my bucket list for a long time)」と語るほど、日本の文化やバスケットボールの発展に興味を持っており、日本のプレーヤーの技術習得の助けになれることを喜んでいた。

第二言語の習得などにより、コート上でもそれ以外でも万能になれたらチャンスが広がるという言葉は、日本から世界を目指す若者とその家族には、非常に示唆に富んだ助言だろう。ハンレン氏は、プレーヤーとしての成長のカギは第一にバスケットボールの知識を蓄えることであり、いかにゲームを理解できるかが重要であると語っている。ただしそのために本場の情報を取り込む上で、語学習得が大きな助けになることにも触れており、両輪のバランスをとって取り組むことを推奨している。

見学させてもらったクリニックでは、主に1対1におけるいわゆるダウンヒルのプレーとシューティング、そしてディフェンスに主眼を置いたワークアウトを行っていた。1歩の踏み出し方やボールを保持する位置など、細かなところまで指示を出し、子どもたちの動きで気になるところを見つければ即座にプレーを止めて助言をするきめ細やかな指導ぶりだった。

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ハンレン氏は自身のYouTubeチャンネルなどでNBAプレーヤーとのワークアウトの映像を公開しており、またさまざまなポッドキャストや番組にゲストとして登場してはバスケットボールのコーチングについて話している。どんな内容のドリルをどんな考えでやっているのか、興味がある方はぜひ一度見ていただきたい。それは、コーチの立場であれプレーヤーであれ、現場でのコミュニケーションがどんなスピード感で、どんなことをやり取りしているのかを感じて、耳慣れすることにも間違いなく役立つはずだ。

ドリュー・ハンレン公式YouTubeチャンネル「Pure Sweat Basketball」
ドリュー・ハンレン公式サイト「Pure Sweat Basketball」
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