小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=62

 彼らは一本の大木に両側から斧を入れ、白いコッパを散らしながら駄じゃれとも媚びともつかない言葉を投げ合う。疲れを知らぬつわものどもである。一本の木に三分の二ぐらいの切り口をつけ、倒さぬまま次の樹木に移る。同じように次々と数十本の樹木に切り口を入れ、最後にその辺で一番大きな樹木に挑む。
 浩二も手伝って四方から斧が打ち込まれる。彼らは左右どちらからでも斧を使う技を持っていた。リズミカルな斧の音があたりに谺し、白いコッパは威勢よく飛び散る。痛快な山のハーモニーだ。
 王者として君臨していた大木も四人の男によって切りこまれ、やがてかしぎ出すと山男たちは申し合わせたように歓声をあげる。傾いた大木は横の木を押し、次のがまた、その次のを押す。一気に数十本の大木が大音響とともに将棋倒しとなって行く。まさに百雷の轟音だ。樹木同士の摩擦でちぎれた枝葉は、中空を舞い狂い、緑の雨となって裸の男たちの頭上に降りかかる。それは森のうめきとも、また、山男たちの凱歌の饗宴とも言えそうだ。しばらくの間、あたり一面が異様な雰囲気につつまれるのであった。
 ふと気がつくと、今の今まで鬱蒼とかぶさっていた樹木は消え去り、ぽっかりと遮るものない青空がそこを支配していた。開拓者の人為による成果であり、収穫の第一歩とも言えたが、反面、自然破壊へ繋がる危険も伴っていた。
 開墾は浩二の土地のみならず、隣接する何千ヘクタールの森も同時に拓かれているのだ。原始林の伐採が終ると三、四ケ月そのまま乾燥させ、七、八月にかけて山焼きが行われる。それまでが農閑期とされ、農民がひと息つける時期であり、浩二もひとまず家に帰ることにした。
 すっかり日焼けして山男と化した浩二は、カフェランディア駅と改称されて間もない旧ペンナ駅に下車した。汽車は夕刻に着いたので、その日は泊まりとなった。明朝、彼の住むカフェゾポリス植民地へ向かうのである。
 夕食後、久しぶりの日本映画『五人の斥候兵』という戦争ものを観にいった。軍国主義にかぶれていた浩二はかなり興奮し、また共感するものがあった。日本軍の支那大陸への進出が、ブラジルの世論でも非難され、日本語教育が制限されている反面、こうした内容の映画が上映されていることに、この国の大らかさを感じた。
 翌日は馴染みの佐藤商会に寄り、局留まりの配達物を受けとり、午後二時発のジャルジネイラに乗った。未舗装の田舎道は、客と荷物の積みおろしなどもあって、家まで二〇キロの道のりを二時間近く要した。
 浩二が背負って帰宅した郵便物の中に、律子姉への手紙も混じっていた。律子はそれを手にすると、黙って自分の部屋へ消えた。

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