多様化し複雑化する社会課題解決にクリエイティブが必要とされる理由。博報堂『答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ』発売記念イベントレポート

博報堂DYグループが携わったさまざまな事例から、クリエイティビティによる社会課題解決の手法と実装法を紹介した書籍『答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ』が8月31日に発売され、記念のトークセッション「答えのない時代について話そう 社会課題とクリエイティビティ」が都内で開催されました。

会場となった博報堂の旧本社跡地「HASSO CAFFÈ with PRONTO」には、書籍の編集に携わった『WIRED』日本版の小谷知也氏と博報堂の近山知史氏、三井物産株式会社の生澤一哲氏と博報堂の嶋浩一郎氏らが登壇。

同書に掲載されている11のケースを軸に、小谷氏と近山氏は「新しい社会課題解決の鍵となるクリエイティビティ」について。また生澤氏と嶋氏は、三井物産と博報堂の共同プロジェクトである脱炭素社会を推進する共創型プラットフォーム「Earth hacks」をテーマに、それぞれ議論を交わしました。

ケース1「ノッカルあさひまち」

課題が複雑化し多様化する現代において、クリエイティブはどのように機能し、その役割や強みはどのように活かされているのでしょうか? 近山氏はクリエイティビティの勘所について「どれだけ、世の中と握手できるか」を意識していると話します。

今までの広告会社は、企業や団体の宣伝やプロモーション方法を課題ととらえ解決するのが主な仕事でしたが、近山氏は「官民共創」というワードを挙げ、課題がより複雑化し多様化する時代においては、1課題に1社ではなく、官民それぞれが手を取り合っていくことが大切であり、それにともない広告会社やクリエイティブディレクターの役割も変化しているといいます。

ある社会課題の解決に、利益の異なる団体や立場の人たちが複数で挑もうとするとき、それぞれのステークホルダーが複雑に絡み合い、思うように前進しないことがありますが、小谷氏は富山県朝日町の新しい公共交通サービス「ノッカル」を例に挙げて、「クライアントと地域、そして博報堂の“三方よし”の座組みづくりは非常に秀逸」と紹介し、異なるもの同士の知恵や技術を結びつけてアイディア具現化することこそ、博報堂が手掛けるクリエイティビティの真骨頂だと話しました。

写真)『WIRED』日本版 エディター・アット・ラージ 小谷知也氏。

「ノッカルあさひまち」とは、少子高齢化が進み免許返納者が増加するなか、地域住民の交通手段の選択肢のひとつとして住民同士のマイカー乗り合いサービスであり、ドライバーは自家用車で移動する予定をアプリに登録し、利用者はその情報を見て電話やインターネットで予約するシステムです。

この「ノッカル」は地域企業や公共交通機関との共存をめざしており、小山氏は「過疎化が進む地域に都市のスタンダードを持ち込んでもダメで、地域のバスやタクシーを運営する零細企業が、ライドシェアによって衰退してしまうばかりか、採算が合わずにライドシェア自体が撤退してしまえば、移動手段が何も残らなくなる」と説明。今後、いかにサスティナブルで、生活者が自走していけるような仕組みを創りだすことが必要となるかを訴えました。

担当者と企業、朝日町と博報堂の“課題を解決したい”という想いが、それぞれうまくつながって誕生したのが「ノッカル」であり、少子高齢化が進む日本において、高齢者の免許返納問題と公共交通の課題はどの地域にも関係する共通の課題。解決のためのアイディアを共創したモデルケースのひとつです。

写真)株式会社博報堂 エグゼクティブクリエイティブディレクター 近山知史氏。

ケース2「注文を間違える料理店」

近山氏が「お店に行くと楽しい、面白い、新しい発見がある。そう思ってもらえるような体験設計を心がけた」と話すのは、認知症を抱える人々がホールスタッフとして働ける「注文を間違える料理店」です。

“間違いを受け入れてくれる環境や社会”が必要ではないか?という想いが出発点だったというこのプロジェクト。発足にあたり「認知症の方が間違えることを前提に、問題を面白おかしく捉えていないか?」など、さまざまな意見があったそうですが、小山氏は「間違いは起こらない方がいい。間違えないための準備をきちんとして、もし間違えたとしても、いいっか。それが人間だよね」という、課題や問題の深刻さを悲観的に啓発するだけでなく、温かいコトバや想いでアプローチし伝えることで、世の中が良い方向に動くこともあるのではないかとしています。

ちなみに「注文を間違える料理店」のライバルはテーマパークだそう。これは、高齢者をサポートするための空間やソーシャルグッドだけを目的としたイベントではなく、お客様が行きたくて行くレストランであり、思わず気になってしまう場所を目指すことで、ポジティブな気持ちで認知症という社会課題に向かいあえる社会や環境を提案しています。

ケース3「Earth hacks」

第二部では、生澤氏と嶋氏が「なぜ三井物産は博報堂と社会を変えようとしたのか?」をテーマに、三井物産と博報堂による共同プロジェクト「Earth hacks」の事例を紹介しました。

写真)三井物産株式会社 エネルギーソリューション本部 Sustainability Impact事業部 新事業開発室 室長 生澤一哲氏。
写真)株式会社博報堂 執行役員/博報堂ケトル 取締役 クリエイティブディレクター/編集者 嶋 浩一郎氏

2022年からスタートした「Earth hacks」は、生活者一人ひとりのアクションで脱炭素社会を推進する共創型プラットフォーム。CO2eを従来の製品やサービスとくらべて何%削減できたかわかり易く表示する「デカボコア」などを提供しています。

デカボスコアの魅力は何と言っても親しみやすさ。「Earth hacks」で紹介された商品は、その商品のサステナビリティなストーリーとともに、購入することで、どれだけのCO2削減に貢献できたのか数値で分かるという設計です。

「Earth hacks」では中立性を重視しており、三井物産の協業パートナーであるDoconomy社(スゥエーデン)をはじめ、ISO規格に準拠している計算ツールを使用。客観的な視点で評価することができるため「自社で脱炭素の取り組みは発信しづらいが、第三者が脱炭素のアクションを推進してくれると非常に助かる」と採用した企業から好評で、現在、80社を超える企業が導入しており、デカボスコアが表示されたアイテムは160以上になります。

生澤氏は「誰にでも分かりやすい指標を作ることで、生活者が脱炭素関連の商品やサービスを選ぶきっかけのひとつになる」と話しており、高スコア商品には割引やポイント付与といった施策にも繋げることができます。

嶋氏は「社会課題やサスティナブルを全面に押し出さず、欲しいやカッコいいといった欲望を押し出したうえで、その裏にサスティナブルがあるというのが良い。しっかり欲望を捉えていないと企画は上手くいきませんし、見えない人の欲望を捉えるのがクリエイティブの力だと思います」と説明。

また、生活者が脱炭素に貢献できる持続的な仕組みづくりについて、「答えのない時代だからこそ、別解を生み出すクリエイティブジャンプが重要になる。今後も三井物産とともに「Earth hacks」の取り組みを加速させたい」、生澤氏は「大手企業からスタートアップ企業、自治体なども巻き込み、さまざまなパートナーと連携しながら”デカボ”な取り組みを増やしていきたい」と抱負を語りました。

食べきれない分は注文しないで?!HASSO CAFFÈの取り組み

「あらゆる領域の知恵や視点、技術を集結させなければ課題は解決しない。そのときにクリエイティブは、集結したものを掛け算し「小さな声を大きなもの」にして、わかりやすく世の中に出していくことだとおもう」と近山氏。

これからは、官民が同じ“生活者”としての視点をもち、各々の知恵と技術を出し合いながら、より良い社会の在り方や課題解決を探っていく必要があります。そのなかでクリエイティブは、ときに問題や課題に優しく寄り添い、ときに発想をジャンプさせることで、思ってもみなかった角度や新しい世界を提案し皆が楽しく共創していく社会の潤滑油になりえるかも知れません。

なお、今回、会場となった「HASSO CAFFÈ with PRONTO」では、社会課題のひとつであるフードロス削減につながるキャンペーンを実施中。キャンペーン期間中にパーティーメニューを食べきったり、注文の際に食べきれるよう事前に少なめに調整したりすることで完食し、食料の廃棄を減らすことにチャレンジしています。

キャンペーンに参加したお客様には、料理の割引や数量限定で『答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ』をプレゼントするそうで、2024年3月30日まで開催中です。詳細はhttps://www.hakuhodo.co.jp/hassocaffe/ まで。

© マガジンサミット