発車時刻の10分後に来たのは、2時間前に出発予定のバスだった 「安かろう悪かろう」の米グレイハウンドバス「鉄道なにコレ!?」【番外編・上】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

米デラウェア州の高速道路のサービスエリア(SA)で停車中のグレイハウンドバス=2023年9月9日(筆者撮影)

 歌手ビリー・ジョエルさんの曲「ニューヨークの想い」にも登場する米国の都市間高速バス「グレイハウンド」は、「走る犬」のイラストを装飾したバスのデザインとともに米国文化の一部として定着している。だが、トリップアドバイザー(米国版)の利用者評価は5点満点中1・5点と評価は地をはい、口コミサイトでも「絶対に乗るべきではない」などとさんざんの書かれようだ。首都ワシントンから主要都市ニューヨークを往復して確かめたところ、大幅な遅延に加えてずさんな運行情報、さらには安全面を脅かすトラブルなど聞きしに勝る「安かろう悪かろう」の驚愕体験が待ち受けていた…。(共同通信=大塚圭一郎)

 【グレイハウンド】米国の都市間高速バス運行会社。1914年に設立され、社名は犬のグレイハウンドに由来する。グレイハウンドによると、グループ会社を含めて米国とカナダ、メキシコの計約2300カ所を路線網が結んでおり、年間利用者数は1600万人弱。新型コロナウイルス流行による業績悪化を背景に、2021年10月にドイツの公共交通機関運行会社、フリックスによって買収された。

 ▽片道「2900円」で個人的には評価爆上がり
 2023年9月9~10日にニューヨークを訪れる用事があり、全米鉄道旅客公社(アムトラック)のワシントンからニューヨークへの列車の普通席料金をインターネットで検索したところ片道138ドル(1ドル=148円で約2万420円)と通常より高い。
 アムトラックは消費者の需要と供給を考えて料金を変える手法「ダイナミックプライシング」を採用しており、日本人24人を含めた約3千人が犠牲となった2001年の米同時多発テロ事件で崩壊した世界貿易センタービル(WTC)跡地での9月11日の追悼式典を控えて料金が上がっていたようだ。
 そこで通常ならば5時間程度とアムトラックより1時間半~2時間長くかかるものの、料金は総じて安い高速バスを調べると「片道20ドル(2960円)」とアムトラックの約7分の1のお値打ち料金がヒットした。複数の友人に「やめたほうがいい」と忠告されていたグレイハウンドだったが、諸経費を含めても往復43・97ドル(約6510円)という安値に個人的には評価が爆上がりした。筆者は普段鉄道旅行を好んで選ぶが「本当に悪いかどうかは乗ってみないと分からない」と偏見を捨て去り、「切符購入」のアイコンをクリックした。

 ▽公式サイトは定刻発車予定…でも「1時間遅れるわ」
 グレイハウンドはアムトラックなども乗り入れるワシントンの玄関口、ユニオン駅の建物にあるバスターミナルを発着する。9月9日に出発20分前の午前8時10分に到着し、ニューヨーク中心部マンハッタン行きバスが発車するとおぼしき乗り場に着いた。ところが、すると、乗車券に「DまたはEが待機場所」と案内していた「D」と「E」の両方のポールに予約客の行列ができていた。
 並んでいた女性に「ニューヨーク行きのバスはどっちですか」と尋ねると、「あなたは何時発のバス?」と確認されて「8時半発です」と伝えた。
 すると、「このEの列よ。1時間遅れると言っていたわ」と教えられた。列に並んでスマートフォンでグレイハウンドの公式サイトの運行情報を調べたところ、発車予定時刻は定刻の「08:30am」を表示している。
 困惑していると、午前8時40分ごろにバスが横付けされた。もしかすると女性が聞いた時点から状況が改善し、遅れが短縮した可能性が脳裏に浮かんだ。

 ▽8時40分に来たのは、6時45分発のバス
 しかしながら、そんな淡い期待は、バス先頭部から出てきた運転手の第一声に吹き飛ばされた。「これは6時45分発のバスです。後続も遅れるので待つように」。隣のDの列は約2時間前に出発すべきバスを待っていた利用者の行列だったのだ。
 午前8時45分ごろ、列の前方に並んでいた女性利用者が最新情報の「バスは9時半から10時にならないと来ないそうよ」と、あきらめ顔で「コーヒーを飲んでくるわ」と立ち去った。同じように列を離脱しようかと迷っていると、8時48分にスマホのテキストに「遅延している」と連絡が来た。
 そこで再度サイトを確認すると、発車予定時刻が「09:00am」に変更されている。万が一、9時半以降という情報を信じて列を離れてしまい、実際には9時に到着した場合は乗り遅れるリスクがある。
 仕方なく呆然と列にとどまっていると、追加料金を支払えば好きな座席を選べるサービスを「VIP気分で」と売り込んだ広告が目に入った。定時運行もままならない安いグレイハウンドで「VIP気分」とは悪い冗談のようだ…。

「VIP気分で返事してください」と記されたグレイハウンドの広告=2023年9月9日、米ワシントン・ユニオン駅(筆者撮影)

 ▽出発は定刻の2時間8分後
 午前9時を過ぎてもグレイハウンドの公式サイトの出発予定時刻は一向に更新されない。後ろに並んでいた中南米系とおぼしき女性はニューヨークからアメリカン航空に乗り継ぐ算段だったようで、予約センターに電話してスペイン語で「バスが遅れていてまだワシントンにいるの」と予約便の変更を掛け合っている。
 10時が近づくと、列にいた別の女性がしびれを切らして「案内所に確認してくるわ」と言うので後を追った。案内所の係員は「先ほど出発したと連絡があったよ」と返し、女性は「えっ、ニューヨークを出たということ!?」と焦りの色を濃くした。
 「いや、車庫を出発したところだ」との返事だったが、遠く離れた車庫の可能性もある。車庫の場所を尋ねるとワシントン近郊の地名だったので胸をなで下ろし、列に戻った。首を長くして待っていたバスが入ってきたのは10時25分だった。
 扉から車外に出てきた黒人の女性運転手から遅れに対する謝罪の言葉は全くなく、「8時半発のニューヨーク行きです」と平然と呼びかけた。運転手は自分のスマホで利用者の乗車券のQRコードを読み取り、座席番号を伝えていく。私は前方から2列目の座席だ。
 定刻の2時間8分後の10時38分、バスが出発する合図の2回のクラクションとともに動き出した。公式サイトの運行情報はこの段階でもワシントン発が「09:00am」、ニューヨーク到着予定は「01:35pm」と30分遅れの予定を表示し続けていた。

 ▽1列目が空席の理由
 バスは通路を挟んで左右2列ずつの4列の座席が並んでいる。Wi―Fiを備えているものの、接続状況は不安定だった。なお、最後尾の便所は手洗い用の洗面器がない…。
 グレイハウンドを含めたバスは、運転手の直後にある1列目の席は空席にしていることが多い。運転手が自分の荷物を置けるようにし、新型コロナウイルス感染防止も狙いのようだ。他にもう一つの理由がありそうなのは帰路に知ることになる…。
 バスの走行距離は約370キロで、定刻ならば4時間35分で結ぶ。米東部をフロリダ州からメーン州まで南北に結ぶ州間高速道路「I-95号線」を北上し、人口が約57万人(米統計局の昨年7月推計)とメリーランド州最大の都市、ボルティモアのバスセンターに午前11時半すぎに到着した。乗客を乗せて午前11時50分ごろに出発してI-95号線を再び北へ向かうと、1時間後にバスは高速道路沿いの駐車場に止まった。

米デラウェア州の高速道路のサービスエリア(SA)「バイデン・ウェルカム・センター」=2023年9月9日(筆者撮影)

 ▽休憩後の集合時刻に1分遅れた客に雷を落とす運転手
 運転手が「ここで15分間の休憩を取ります。今は(午後)0時55分なので1時10分にはバスに乗っていてください」と声を張り上げ、扉を開けた。
 このサービスエリア(SA)の名称は「バイデン・ウェルカム・センター」。地元デラウェア州に長く住んできたジョー・バイデン米大統領から命名されている。
 集合時刻に1分遅れた女性がおり、運転手は「私は1時10分に戻るように言ったわよね!」と雷を落とされていた。バスが遅れて他の乗客にも迷惑をかける行為であるだけに、注意するのは理解できる。ただ、バスは2時間超も遅延しながら全く謝罪の言葉もなく、1分遅れた客をしかりつける様子に違和感を覚えた。

リンカーントンネルの手前の道路渋滞=2023年9月9日、米ニュージャージー州(筆者撮影)

 ▽結局3時間以上遅れて到着、いい加減なサイトの運行情報
 ハドソン川の下をくぐってニュージャージー州とマンハッタンを結ぶ水底トンネル「リンカーントンネル」(約2・4キロ)の入り口に近づくと道路は渋滞している。マンハッタンの摩天楼を川の向こうに一望しながらも、のろのろ運転が続いた。
 マンハッタンの繁華街タイムズスクエア近くにあるポートオーソリティー・バスターミナルに着いたのは午後4時8分と定刻の3時間3分遅れだった。運転手が遅れを謝罪することは最後までなく、「1日がほとんど終わっちゃったね」という乗客の少女が声を落としたのが胸に刺さった。
 不思議なのは公式サイトの運行情報で、ボルティモアの到着時刻は「11:59am」と実際より30分近くも遅延を“割り増し申告”する一方、ワシントン発とニューヨーク着は定刻の30分遅れだったと表示し続けたことだ。利用者から遅れへの苦情を受けた際、「当社サイトによると30分遅れで到着しています」とかわすための弥縫策だろうか?
 ただし、米国の公共交通機関に遅延はつきもので、評判の芳しくないグレイハウンドならば遅れる可能性が高いのは想定済みだった。だが、それにも増して利用者を不安に陥れる問題山積のグレイハウンドの“真骨頂”を思い知ったのは翌日の復路だった…。
 (「安かろう悪かろう」の米グレイハウンドバス「鉄道なにコレ!?」【番外編・下】に続く)

米ニュージャージー州のグレイハウンドバスから眺めたニューヨーク中心部マンハッタンの摩天楼=2023年9月9日(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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