ハマス・イスラエル紛争 強硬派たちの「共存共栄時代」への回帰

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#41

2023年10月9-15日

【まとめ】

・10月7日、ハマスはイスラエルに対し前代未聞の奇襲攻撃を敢行。

・強硬派たちの「共存共栄時代」への回帰と言っても良い。

・すなわち、イランのハメネイ最高指導者、イスラエルのネタニヤフ首相、ワシントンの旧「ネオコン」を含む様々な対外強硬派だ。

10月6日はエジプトがシナイ半島を占領していたイスラエル軍に対し電撃サプライズ攻撃を仕掛けた1973年の「ヨムキップル」戦争勃発から50周年という記念すべき日、となるはずだった。ところが、その翌日、ガザ地区を実効支配するパレスチナ勢力・ハマスはイスラエルに対し前代未聞の奇襲攻撃を敢行し、世界を驚かせた。

短時間で数千発のロケット弾を発射し、過激派工作員をイスラエル領内に潜入させ、未確認ながら、米国人、女性、子供を含む100人以上の人質をとる、というこれまでにない大規模な軍事作戦だった。ハマスは過去数か月間、恐らくネタニヤフ新政権発足直後から、周到な準備を重ねて作戦の立案・準備を進めてきたに違いない。

ハマスの対イスラエル大規模攻撃は2020年代国際情勢のゲームチェンジャーとなる可能性がある。バイデン政権の中東外交が頓挫する現状はイラン、イスラエル、米国など各国の「強硬派」が長く待ち望んでいた「パラダイス」に戻るからだ。強硬派たちの「共存共栄時代」への回帰と言っても良いだろう。

先週まで、中東ではバイデン政権主導でサウジ・イスラエル関係正常化交渉が水面下で進んでいた。バイデンの思惑は、イスラエルにパレスチナ独立国家を、サウジアラビアにはイスラエルをそれぞれ承認させ、パレスチナ問題を曲がりなりにも決着させ、米・イスラエル・サウジ三国を対イラン抑止戦略の新たな基軸とすることだった。

当然、こうしたバイデン政権の動きを強く警戒する「強硬派」が世の中に少なくとも3勢力存在する。イランのハメネイ最高指導者、イスラエルのネタニヤフ首相、ワシントンの旧「ネオコン」を含む様々な対外強硬派だ。彼らはそれぞれの思惑から、バイデンの危険極まりない中東外交を潰したいと思っていたに違いない。

特に、ハマスとそれを支援するイランにとって、イスラエルの対アラブ関係正常化は悪夢でしかない。パレスチナ問題は一層矮小化され、ハマスがパレスチナをめぐる国際政治のプレーヤーとしての地位を更に失うからだ。今回ハマスは自らの軍事能力で存在感を示し、国際的孤立から脱却して形勢を挽回したかったのだろう。

イスラエル国内の雰囲気は最悪だ。ネタニヤフ政権がこれほど大規模なハマスの攻撃を全く予測できなかったことに多くの専門家は驚いた。欧米のメディアは好んで使うが、日本では全く理解されない概念である、「情報活動の失敗 intelligence failure」である。イスラエルにとっては1973年以来の大失態というべきだ。

ネタニヤフ政権は歴代で最も強硬保守派であり、ハマスに対する報復もこれまでで最も徹底的、長期的、かつ恐らくは、最も血生臭いものとなるだろう。サウジを巻き込もうとした米国の中東外交は当面頓挫するだろうが、ハマスの裏にいると思われるイランも、決して表には出ないが、今回の軍事衝突の長期化を図るだろう。

その他詳細については今週の日経ビジネスに書いたので、ご関心のある向きはご一読願いたい。さて、続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

10月10日火曜日 ロシア・イラク首脳会談

ウクライナ大統領、ルーマニア訪問

EU外相、ハマス問題で緊急会合

リベリアで総選挙

10月11日水曜日 アラブ連盟外相、ハマス問題で緊急会合

10月12日木曜日 フランス・モンゴル首脳会談

ジブラルタル議会選挙

NATOの共同軍事演習が終了

EUの外交担当上級代表が訪中(14日まで)

10月14日土曜日 ニュージーランド総選挙

10月15日日曜日 ポーランド総選挙

エクアドルで大統領選決選投票

今週は時間の関係でこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ハマスによるロケット弾攻撃で負傷した市民のために献血するボランティア(2023年10月7日 イスラエル・テルアビブ)出典:Photo by Amir Levy / Getty Images

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