大貫勇輔「僕はダンサーだから、と無意識に言い訳をしていた」

日本オリジナルキャストでの上演がはじまった、イギリス発の大ヒットミュージカル『マチルダ』。その影の主役と言える、校長のミス・トランチブルを演じるキャストのひとりは、ダンサー出身の俳優・大貫勇輔だ。

舞台『マチルダ』でミス・トランチブル役をつとめる大貫勇輔

ダンスだけに頼らず、歌と演技力をコツコツと磨いた結果、ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』の主役・ケンシロウ役を獲得。さらには大河ドラマ『どうする家康』浅井長政役など、映像界でも活躍の場を広げている。その大貫に、ミス・トランチブル役の楽しさや、ジャンルを超えて重宝される存在になれた理由などを聞いてきた。

取材・文/吉永美和子 写真/バンリ

■ 「蜷川幸雄さんとお仕事ができなかったのは、僕の悔い」

──校長のミス・トランチブルは、マチルダや子どもたちをとことんしごき上げる、恐るべきヴィランです。演出家の故・蜷川幸雄さんが、この舞台をイギリスで観たときに「この役は日本人にはできない」と言ったほど、難しい役だそうですね。

イギリスでは、トランチブルを演じる俳優は大変リスペクトされ、本当にお芝居が上手い人がやる役という立ち位置だそうです。でも蜷川さんがそうおっしゃったからこそ、その理想に並べるぐらいがんばろうという気持ちになりました。蜷川さんとお仕事ができなかったのは、僕にとってすごく悔いの残ることで・・・今の演技を観てどう仰るかは想像できませんが、現在の自分ができるベストだと思っています。

故・蜷川幸雄とは言葉をいくつか交わしたことはあるが、仕事で共演することは叶わなかったそう

──やはり演じてみて、ほかの役にはないような難しさを感じましたか?

トランチブルは悪口や、意味の分からないことしか言わないから、ちょっと集中が途切れると「なに言ってんだっけ、俺?」って混乱してしまいます。そして舞台上では「トランチブルの自分」と「素の冷静な自分」が、ものすごくはっきりと分かれています。なので、客席で笑い声が起こったら、自分は「よかった、ここで笑ってくれた」と思うけど、トランチブルとしては「なに笑ってんだよ?」っていう(笑)、安堵と怒りが入り混じった不思議な感覚になってます。

──同じ器のなかで、水と油がきっちり分離してるような。

そんな感じですね。自分に近い役だと、どっちがどっちかわからなくなるぐらいリンクすることがありますが、今回はそれがまったくないです。

──しかも女性のキャラをあえて男性が演じるわけだから、最初から役との一体感は期待されていないと言うか、そこにはすごく大きな狙いがありそうです。

(『マチルダ』の)映画版は女性が演じていますが、スクリーン越しではない、生の舞台の場合は、男性(が演じる)という「嘘」をひとつはさんだ方がいいのかな? とは思います。それによって、どんなにひどい言葉を言っても、シニカルなジョークになり、全体的にはブラックコメディ的な雰囲気になるのかなと思います。

──確かに男性が演じるからこそコミカルさが生まれているし、本物の女性が演じると、怖さしか感じなさそうです。

確かに全部をリアルにし過ぎると、子どもにはトラウマになると思うんです。たまに劇場で泣き出すお子さんもいて、それはトランチブル役としては成功だけど、怖さばかりが印象に残ってしまってもね。やはり子どもたちには、この素晴らしい作品を観て、いい影響を受けてもらいたい・・・と思いながら、本番をやってますから。

■ 「イギリスでは『そんな奴は誰もいないよ』って驚いてました」

──『マチルダ』は、原作の児童小説が日本ではあまり知られていないこともあり、前評判は正直さほど大きくなかったのですが、東京公演の半ばから「絶対観た方がいい」と、口コミで急激に盛り上がった感触がありました。

イギリスという演劇の国で、10年以上に渡って愛されるミュージカルだから、面白くないわけがないんですよ。音楽や振付、物語に込められたメッセージも素晴らしいので、稽古中から「観たら絶対大好きになる」と、強く思ってました。実際に、何度もリピートしてくださる方が大勢いて、客席とともに舞台も成長していったという感じがあります。

ミュージカル『マチルダ』東京公演の評判は上々、そこに関しては大貫も手応えを感じているよう

──トランチブルは小野田龍之介さんと木村達成さんとのトリプルキャストですが、大貫トランチブルはやはり「動きがすごい」という感想が多かったです。

小野田さんは歌の巧さ、声の自在さがさすがだなあと思うし、達成は本当に真面目できっちりやるけど、ちょっと笑えるような狂気をはらんでいて、それぞれ面白いですね。最初は「この役大丈夫かな?」と、(主演した)『北斗の拳』ぐらい不安になったけど(笑)、今は演じていて楽しさしかないです。

──実際大貫さんは「ダンサーにできるのか?」と思われるような役を次々に演じて、ついには『北斗の拳』で主役を張るという、ほかに類を見ないようなキャリアの重ね方をしているダンサーだと思います。

僕は(ミュージカル)『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』で、オールダー・ビリー(※ビリーの大人の姿。ダンサーが演じる)をやったんですが、先日同作のイギリスチームが来日していて、『マチルダ』を観てくれたんですよ。そのときに「オールダー・ビリーを演じて、トランチブルを演じた俳優はいない。しかもこのあと(舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』で)ハリー・ポッターをやるんでしょ? そんな奴は誰もいないよ」って驚いてました。

「何か動きをつけていただきたい」という願いには、美しいジャンプで応えてくれた大貫

──イギリス人からみても、異例のキャリアなんですね。ダンサー・・・特にクラシックバレエの方は、なかなかジャンルの殻を破れなくて悩む人が多いと聞きますが、大貫さんが殻を破ることができたのは、なにかきっかけがあったのですか?

今おっしゃった「殻」というのが、自分にはなかったんです、最初から。僕はジャズとモダンバレエからダンスをはじめて、そこからストリートダンスにはまって、コンテンポラリーダンスとタップをやって、最後にクラシックなんですよ。その順番がよかったのか、すべてのジャンルにリスペクトがあるんです。それはミュージカルの世界に入っても同じで、俳優のことも歌手のこともダンサーのことも、同じように心の底から尊敬してるっていう。

──ダンスをジャンルで区切らずにとらえていたからこそ、ミュージカルにもフラットに入り込めたということでしょうか。

ただ「殻」はなかったけど「壁」みたいなものは、いつもありました。さっき言った『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』に出たときに、ビリー役の少年たちが正しく努力をして、夢をかなえる姿を見て、僕には努力というか、ある種の覚悟が足りないと気付かされたんです。

無意識に「僕はダンサーだから」という「壁」を作って言い訳していたけど、それを壊して「ミュージカルで生きていく」ぐらいの覚悟と、そのための努力が必要だと。あの作品をきっかけに、いろんなことをあきらめずに、覚悟をもって挑むようになりましたね。

■ 「大河ドラマはひとつの目標だった」

──実は10年ほど前に、大貫さんにインタビューをしたことがありまして。そのときに「ストレートプレイにも出たいし、ドラマや映画にも出たい」と、すごく意欲的に語っていたのが印象に残ってたんですが、今は大河ドラマにまで出演されるようになって、見事に有言実行されたなあと感服しています。

大河ドラマはひとつの目標だったのですが、それが実現したのは、自分でもビックリしました(笑)。映像の現場は、とにかくテンポが早い印象がありますが、大河ドラマは準備やリハーサルで、普通のドラマより時間をかけている感じを受けました。

「いつか『SING’IN THE RAIN』も演りたいですね」と、夢を語り始めると止まらない大貫

──演じている浅井長政は、登場そうそう一部視聴者から助命嘆願が出るほど好評で、先日の姉川の合戦の指揮官ぶりもカッコよかったです。

あれ、全部室内で撮影だったんですよ。LEDのパネルに背景となる景色が全部映し出されて、本当に屋外にいるかのような世界のなかで、お芝居ができました。舞台だと想像で補って演じることが多いですが、想像するものが実際に眼の前にあると、すごくお芝居しやすくて助かりましたね。

──ツイッターでは、トランチブルと長政の写真を「同一人物です」って並べた投稿が、驚きとともに結構リツイートされてました。

2人とも、髪型は似てるんですけど(笑)。この1年は『北斗の拳』のケンシロウ、『メリー・ポピンズ』のバート、『どうする家康』の長政、さらに『仮面ライダー(ギーツ×リバイス MOVIEバトルロワイヤル)』では、仮面ライダーの「変身!」をさせていただきました。そして次は、ハリー・ポッターですからね。これだけの振り幅を同じ時期にさせてもらえるのは、頭が混乱したりもしましたが(笑)、すごく幸せなことだし、つくづくすごい人生を歩ませてもらっているなあと思います。

エンタメの世界で躍進を続ける大貫、今後への期待も膨らむばかりだ

──まだ叶えてない夢ってありますか?

前から言っているのは(ミュージカル)『エリザベート』のトート役。大河に続いて朝ドラにも出られたらいいなあと思いますし、ミュージカルだけじゃなくて、映画やドラマの主演もやってみたい。トランチブルをやれたことで、今の自分では演じる姿が想像つかないような役でも、もっともっとやってみたいと思うようになりました。

──ひとつでも実現できることを期待しています。ちなみにマチルダには、不思議な力があるという設定ですが、大貫さんもなにか「不思議な力」がもらえるとしたら、なにがほしいですか?

空を飛びたいです。あと、瞬間移動はいつも「ほしい」と思ってます。電車とか車の移動が面倒くさいときに、一瞬で移動できたらなあと。お金もかからないですし(笑)。空は本当に、いつか飛びたいです。僕、バンジージャンプはやったことがあるんですけど、スカイダイビングはしたことがなくて・・・あ! これも叶えてない、もう1個の夢ですね。

大阪公演は5月28日~6月4日に「梅田芸術劇場メインホール」(大阪市北区)にて。チケットはS席1万4000円、A席9500円、B席5500円で、現在発売中。キャストの出演日程は、公式サイトにて。

ミュージカル『マチルダ』

会場:梅田芸術劇場メインホール(大阪府大阪市北区茶屋町19-1)
期間:5/28(日)~6/4(日)
料金:S席1万4000円、A席9500円、B席5500円

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