アイナ・ジ・エンド「歌ではまだ『求められている』実感ない」

映画『キリエのうた』主演のアイナ・ジ・エンド

降りかかる苦難に翻弄され、出会いと別れを繰りかえしながら、絡み合う男女4人の13年におよぶ魂の救済を紡いだ、岩井俊二監督の映画『キリエのうた』。その4人の物語をつなぐのが、歌うことでしか「声」が出せない路上ミュージシャン・キリエで、彼女を中心に4人の壮大な旅路が巡っていく。

そのキリエを演じたのは、2023年6月に解散したBiSHのアイナ・ジ・エンド。独特のハスキーボイスと表現力で、ボーカリストとして圧倒的な個性を放つ彼女が、映画初出演ながらスクリーン越しに圧巻の歌声を披露。地元・大阪に帰ってきたアイナに話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ 写真/バンリ

◆「話すことに怖さがあった」

──今回の主演映画『キリエのうた』を観ると、アイナさんはキリエ役にかなり没頭していたように感じられましたが、いかがでしたか?

キリエは歌うこと以外が苦手。話すことも、そして、きっと生活も得意じゃないはず。でも、歌うことだけはスルッとできる。私もうまく会話ができないタイプなんですか、小さいときからダンスをやっていて、ダンスで周りとコミュニケーションをとることができたんです。その点でキリエとは近さを感じました。だから気持ちに入り込むことができたのかもしれません。

映画『キリエのうた』本予告ディレクターズカットver

──なぜ言葉でコミュニケーションをとることが苦手だったのですか。

話すこと自体は苦手というわけではなかったですが、怖さがあったんです。意図しないところで人が傷ついたり、何気ない一言で相手が悲しんだりするんじゃないかって。学生時代は、「だったら、あまりしゃべらないでおこう」と考える時期がありました。その点、ダンスはスムーズに人と仲良くなれたので本当に楽しかったです。

グループ解散から3カ月、「暮らしを積み重ねる楽しさに目覚めている」と語るアイナ・ジ・エンド

──「生活が得意じゃない」というところが似ているとおっしゃっていましたが、アイナさんも?

そうなんです。特に、BiSHで活動していた約8年間は忙しくって、わりと生活がぐちゃぐちゃで(苦笑)。この『キリエのうた』の撮影もBiSHの活動と並行していたので、てんやわんやでした。グループが解散して3カ月が経ちましたが、ようやく生活をすることに余裕が生まれ、暮らしを積み重ねる楽しさに目覚めています。

◆「空間によって表現はかなり変わる」

──この映画の登場人物は、みんななにかを失っていきますよね。アイナさんは、かつては持っていたけど現在は失ってしまったものはありますか。

自分で「こうしよう」と決めることです。私は昔、シルバニアファミリーが大好きだったんです。「どんな家具を配置しよう」、「どのうさぎ、リスで遊ぼう?」とか全部自分で決めて、そうやって世界観を作り込めるところが楽しかったんですね。

つまり、自分で舵を切ることができたんです。でも今はソロ活動をするようになって、自分で決断する機会が増えたのですが、「自分は、舵を切ることが得意じゃなかったんだ」と気がついたんです。だから失ったことといえば、根拠のない自信からくる舵を切る勇気ですね。大人になるにつれてそういう勇気はどんどん失われている気がします。

「その場でしかできない表現ばかり」だったという映画『キリエのうた』

──『キリエのうた』への出演はご自身の決断ですよね?

この作品に関しては、お声がけいただいたときは具体的に内容が決まっていなかったんですが、でも岩井俊二監督の映画がすごく好きだったので「ぜひ、やらせてください」とお伝えしました。そこから広瀬すずさん、松村北斗さんの出演が決まって。「想像しているよりも大きな映画になった」と緊張しました。というのも、岩井俊二監督も「サイズ感の小さな映画をイメージしている」とおっしゃっていたので。

──以前から岩井監督の作品がお好きだったのですね。

『undo』(1994年)、『PiCNiC』(1996年)など、ダークサイド寄りの映像表現に共鳴するところがあり、自分の1stアルバム『THE END』(2021年)もそういう世界観を目指して作りました。

実際にお会いしても岩井監督とはフィーリングが合うところがあり、すべてが噛み合っている気がしました。ただ「作品が好きだと」いう想いは、すべては伝えていません。全部伝えるともったいないというか。なにより岩井監督とは、言葉をあまり交わさなくて溶け合っていける気がしたんです。

──波長がかなり合っていたんですね。

私は普段「好きだ」と思ったらガンガン伝えるタイプなんですが、岩井さんとは映画を作るという点でもあまり無駄に言葉を交わさないようにしていたというか。すべてを伝えない方が作品にも没入できる気がしました。

路上で歌っていたキリエ(右/アイナ・ジ・エンド)は、謎の女性・イッコ(広瀬すず)と出会う ©2023 Kyrie Film Band

──この物語には、主人公・キリエをはじめ、路上でパフォーマンスをする人たちが何人か出てきます。アイナさんは路上とステージ上でのパフォーマンスにどんな違いがあると思いましたか。

ステージ上でのパフォーマンスは照明、映像などの演出がたくさんありますが、路上はまさに裸一貫、生身で突き進む感じがしました。あと私の場合は、空間・場所・環境によって自分のパフォーマンスが大きく変わるんです。

たとえば、この取材場所で「踊ってください」と言われたら、絨毯だからターンができないのでその振りをやめるでしょうし、湿気が多いところで歌うことになったら「頭から抜けるような高音の出し方ができるな」と考えたり。私は、空間によって表現はかなり変わると考えています。同じ歌詞なのに、すごく悲しくなったり、うれしくなったり、感情も変化します。もちろんそれによって伝え方も異なるはず。

◆「もう二度と同じ歌は歌えません」

──なるほど。

映画には海で歌う場面もありますが、波の音って自分が思っているよりも大きくて、本来なら小さい声で歌いたい曲だったんですけどすごく声を張らなきゃいけなかった。でも、だからこそできた表現がありました。

路上で歌う場面でも、自分では気づかなかったんですけど、街の雑踏って結構うるさくて。ほぼシャウトみたいにして歌わないと人に届けられないんです。『キリエのうた』のなかの音楽は本当に、その場、その場でしかできない表現ばかり。もう二度と同じ歌は歌えません。

BiSH時代、グループの振付を制作していたアイナ・ジ・エンド

──そんなさまざまな場所で、キリエは自分の歌で人々を惹きつけていきます。そうやって多くの人たちに求められる存在になる。アイナさんは自分の表現が「求められている」と実感する瞬間はありますか?

BiSHの活動期間はずっと曲の振付を制作していて、最初は所属事務所の社長(渡辺淳之介)に「予算が少ないから振付をやってほしい」と言われて、「えーっ!」と戸惑ったんですけど、いつしかそれが生きがいになりました。

それこそ、「自分がBiSHにいる存在価値は振付があるから」と思えるくらい。そして、自分が考えた振付をお客さんが踊ってくれる景色を見たとき、「自分は求められているんだ」と喜びになりました。「この振付は私だからできた」「やって良かった、生きていて良かった」と感じることができたんです。

──歌の面ではどうですか。

歌ではまだ、それを実感したことがないんです。ただ自分ができることって、「世界平和のために歌う」とか大きな規模ではなく、隣にいる友だちに「今日もマジでお疲れ」、「おやすみ、明日も頑張ろうね」くらいの近い距離感覚で歌いかけることなのかなって。いつか、ダンスのときみたいに歌でも「求められている」という実感を掴めるようになりたいです。

キリエ(右/アイナ・ジ・エンド)のマネージャ役を買って出る謎の女性・イッコ(広瀬すず) ©2023 Kyrie Film Band

──歌はもちろんですが、俳優としても今後、いろんな作り手から求められる存在になると思います。

そうなるとうれしいのですが、今回は岩井俊二監督だからできたところがあったんです。そしてなにより広瀬すずちゃんに引っ張ってもらって、なんとかやり抜くことができました。俳優業は今後もぜひやりたいんですけど、自信がまだ追いついていません。だから、すずちゃんがもれなくついてくる作品でお願いしたいです(笑)。

映画『キリエのうた』

2023年10月13日(金)公開
監督:岩井俊二
出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗(SixTONES)、黒木華/広瀬すず
配給:東映

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