バスと電車と足で行くひろしま山日記 第61回内黒山と那須古道(安芸太田町)

広島県の最高峰・恐羅漢山(1346.2メートル)(https://hread.home-tv.co.jp/post-173289/)や山麓のスキー場方面に行くには、かつては戸河内の市街地から標高1000メートル近い内黒峠を越える難路・県道252号(恐羅漢公園線)を通るしかなかった。もう40年以上も前だっただろうか、車でこのルートを上っていた時、左手の斜面の下、山懐に抱かれるようにたたずむ隠れ里のような集落が見えて強く印象に残った。後に那須という集落だとわかったが、なかなか訪れる機会がなかった。ネットで登山の記事を調べていると、那須集落から戸河内方面に通じる那須古道と呼ばれる魅力的な道があることがわかった。三段峡から内黒山(1082メートル)に登り、那須集落を経て那須古道を通るコースを設定して歩いてみた。

隠れ里の風情がある那須集落

▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)広電バス三段峡線(おとな片道1330円)/横川駅前(6:15)→(8:18)三段峡
帰り)広電バス三段峡線(おとな片道1470円)/安芸太田町役場(15:06)→(16:13)横川駅前*高速道経由


ご難続きの三段峡


スタートの三段峡正面口までは広電バスの三段峡線を利用する。高速道路経由の方が圧倒的に速いのだが、便数が限られている。ゆとりをもって山歩きをするために下道を通る始発便に乗った。可部から国道191号に入り、太田川沿いの曲がりくねった道を行く。停留所もたくさんあり、知らなかった地名に数多く出会う。山県郡の中心だった加計の町を過ぎ、のんびりゆっくり2時間余りで三段峡正面口に着いた。

スタートの三段峡正面口

国の特別名勝に指定されている三段峡は、紅葉が見頃を迎えるこれからがベストシーズンなのだが、8月に遊歩道下の岩盤が崩落してメインの三段滝に行けなくなっているとの掲示が出ていた。豪雨災害の影響で長期間通行止めだった遊歩道が復旧したばかりだというのに残念なことだ。異常気象が続くと、険しい地形が連続する三段峡の遊歩道を維持していくのは厳しい。三段滝の上流側も通行禁止となっている。樽床ダムまで歩き通せるようになるのはいつのことだろうか。

三段滝には行けないそうです


急登続く内黒山への道


広場を後に車道を10分ほど歩くと内黒山の登山口だ。前日からの雨はやみ、気温もちょうどいい。ただ山にはガスがかかり、眺望は期待できそうにない。比較的マイナーなルートだが、道はしっかり整備されている。標高約400メートルの登山口から山頂近くの稜線まで標高差600メートルを一気に上るため、登り始めから一本調子の急登が続くのだ。あっという間に息が上がる。ただ、気温が低めのため意外に体力の消耗は少ない。植林されたスギの林はガスが立ち込めている。雨上がりのせいか、キノコがあちこちに顔を出している。標高970メートル付近の登山道の真ん中に体長15センチほどもあるヒキガエルが鎮座していたのには驚いた。逃げる様子もないので道の端を通ってやりすごした。

内黒山登山道入口

ガスが立ち込める人工林の森。写真ではわかりにくいけれど急登の道です

謎のキノコ

登山道の中央に居座るヒキガエル君

上り続けること約1時間半、稜線に到達。登山道が交差している。目指す内黒山は直進だが、右に行くと「鯖の頭」。あまりにも変わった山名だが、由来は何なんだろう(調べたが不明)。

登山ルートの標識。「鯖の頭」とは?


幻想的なブナの森


緩やかな上りの道をしばらく歩くと内黒山の山頂への分岐。数十メートルほどで山頂の標識がかけられていた。スギ林の中で眺望はまったくなし。早々に頂上を後にする。

内黒山の山頂。眺望はなし

下り始めると周囲はブナ林に変わる。依然としてガスに包まれて見通しはきかないが、それがかえって幻想的な雰囲気を感じさせてくれる。やはり広葉樹の森はいい。

幻想的な雰囲気のブナの森

15分ほどで内黒峠に出た。相変わらずガスは深い。待っても眺望は期待できそうにないので那須集落へ向かうことにする。

内黒峠

内黒峠の道路はガスに包まれていた

草が伸びていて下山路の入口が少しわかりにくかったが、ほどなく見つけて下りにかかる。一転して針葉樹の人工林の中の道。地面が濡れているのでスリップに気を付けながらひたすら歩いた。途中、重なり合うように生育したおおぶりなキノコがあった。よくよく見ると、その1枚に小さなカエルが座っていた。

下山路で見つけた立派なキノコ

小さなカエルが乗っていた


隠れ里から古の道へ


那須集落は十方山-彦八-内黒山と続く山塊の南側の盆地に位置している。標高は約580メートル。かつては、周囲の豊富な森林資源を利用して木製のお椀をつくる木地師(きじし)・塗師(ぬりし)の里だった。主な材料はトチノキで、ろくろで形を整え、柿渋や砥の粉を混ぜた漆を塗り重ねて仕上げたという。

那須古道は、1939年に完成した立岩ダムの建設のため太田川沿いに車道が開かれるまで使われていた道だ。車道より約250メートルも高い斜面につけられた道は、緩やかに標高を下げていき、流田の集落の手前で車道と合流する。かつては柿渋や漆などの材料を仕入れたり、完成したお椀を担いで出荷したりする人たちが行き来したのだろう。

「那須古道那須口」と書かれた小さな標識を頼りに橋を渡ると古道の始まりだ。概ねよく整備されていて歩きやすい。最初は少し上りで、150メートルほど歩くと「隠れ里」の雰囲気がしっくりくる集落の姿を望むことができた。

那須古道の入り口となる那須口

那須古道から見た那須集落


見どころいっぱいの古道歩き


最初のポイントは「みはらし岩」。市間山・立岩山の山塊を眼前に望めるのだが、残念ながら山頂付近はガスに包まれていた。岩の上部は平たくなっており、少し注意して上がれば休憩にはもってこい。湯を沸かし、久しぶりにカップヌードルの昼食とコーヒーを楽しんだ。

みはらし岩

みはらし岩の上で昼食

斜面につけられた古道の路肩には、補強のため自然石を積んだ石垣が残っているところもある。谷筋は木橋がかけられているところが多いが、土を盛って谷をふさぎ、下部に水を流すための石造りの水路を設けている土塁橋もあった。出口の流田口に下りる直前は石垣や炭焼窯跡の残るつづら折りの道だ。基本下り基調でそれほど体力を必要としない。休憩時間を除いて約2時間、全長5.3キロの古道歩き、おすすめです。

路肩に立派な石垣が残る

土塁で作られた橋。下部に石組みの水路が設けられている

炭焼窯の跡

出口(流田口)に向かう下り

ただ、古道だけを歩こうとすると、車を2台用意して流田口に1台置いておき、歩き終えた後で那須口に車を回収に行くといった工夫も必要だろう。

那須古道流田口。ここで車道と合流する


変わった山名の由来は…


流田口を出て安芸太田町役場のバス停に向かって舗装路を歩いていると、沿道の事業所に「おっぱい山のきれいな地下水です。ご自由にどうぞ」と書かれた看板が掲げられているのが目に入った。「ん?『おっぱい山』?また変わった名前だなあ」と思ったが、由来は書いていない。「?」を残してバス停に着くと、ようやくガスが晴れて内黒山の姿が見えたので写真を撮影した。内黒山の右側にある低い山が「おっぱい山」らしい。その時は気が付かなかったのだが、家に帰って写真を見直してみると「!」。左半分しか映っていなかったが、右半分も対称形と考えるとそのものずばりだ(ネットに上がっている写真を見ると実際その通り)。

内黒山(㊧)とおっぱい山

総歩行距離は15.1キロ、時間は6時間12分(休憩時間含む)だった。

2023.10.9(月・祝)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記

© 広島ホームテレビ