「人の勝負は素晴らしく恐ろしい」杉本師匠が見た“最終盤” 対局翌日に語った【全文】 

10月11日に、史上初の“八冠”を達成した、将棋の藤井聡太八冠(21)。
13日には、師匠の杉本昌隆八段とともに、地元・名古屋で凱旋会見を行いました。

その杉本八段は、小学生の頃に出会った弟子の今回の大逆転劇をどんな気持ちで見ていたのでしょうか。対局の翌日、凱旋会見前日の12日、CBCテレビ「チャント!」の大石邦彦アンカーマンが、直撃取材していました!

勝敗を分けた“あの一手”

Q.11日の勝負は、ずっと永瀬拓哉前王座がリードのまま最終盤まできました。何が起きたんでしょう?

「本当の最終盤で永瀬前王座にミスが出てしまった。でも、それはすごく難しい局面で、もうミスとは言えないレベル。それを藤井八冠がとどめた。そこで今度は藤井八冠にミスがでた。再び永瀬前王座が勝ちになった。もうこれは99対1くらいで永瀬前王座が勝ちだと誰しも思った。でも最後の最後で痛恨の敗着が永瀬王座に出てしまった。そして最終的に藤井八冠が誕生」

Q.九分九厘勝ちを収めていた永瀬前王座。ある一手を打ったら、その後『うわ~』と本当に悔しがった。あれは打った瞬間にわかったんですか?

「本人も、すぐに気づいたはず。一手1分だから、秒読みの時は見逃してしまったけど、指した直後に『あ、こっちが正解だった!』と気づいたはず。あれは見ていて、気持ちが手に取るようにわかるので。自分たちもよくあるんです。指した瞬間に『あ、こっちが正解だった』とわかるんですけど、もう取り返しのつかないミスになってしまって、あれが勝敗を分けましたね」

Q.正直、師匠がご覧になっていて、別の手を打っていたら、決まっていました?

「決まっていました。でも第三者だとわかるんですけど、対局者は朝9時からずっと10時間以上対局している。そして目の前にいるのが、藤井八冠。そのプレッシャーというか重圧というのは、対局者しかわからない」

Q.時間のプレッシャーと藤井八冠のプレッシャーが一手をミスらせてしまったわけですか?

「第三者が『あの局面なら自分でもわかるよ』と言う方がいるが、対局者にならないとあの気持ちはわからない」

痛恨のミス「藤井八冠が見逃してくれる訳がないと分かっていた」

Q. 永瀬前王座が痛恨の一手をしてしまった。その後、普通だったらポーカーフェイスで相手に失敗したことを読ませないと思うんですけど、それを全部見せちゃいました。

「もう隠せないくらい痛恨の失着だったし、藤井八冠が見逃してくれる訳がないと永瀬前王座も分かっている。今までの長い付き合いで。あの時に永瀬前王座は自分の負けを悟ったんだと思う」

Q.もう長年の研究パートナーだから、相手は気づいているだろう。そんなことよりも自分の感情を優先させてしまった?

「あそこで隠してもしょうがない。勝ち負けには関係ない。“指してしまった自分を後悔した時間”だったんだろうなと思いました」

Q.そこまでさせた藤井八冠が強かったということですか?

「とも言えます。改めて藤井八冠の底知れぬ強さを感じましたが、永瀬前王座、本当に追い詰めていましたよね。ですから、今回の勝負は敗れてしまったけれど、恐らく藤井八冠の一角を崩す最有力候補は永瀬前王座だと思います」

Q.だって、4局戦って全て永瀬前王座ペースだったとおっしゃっていましたよね?

「実質、永瀬前王座が3勝1敗でもおかしくないような内容でした。永瀬前王座が本当に追い詰めていました。ただ将棋というのは、最後の最後でひっくりかえってしまうものであるということ。改めてそれを感じました」

Q.将棋って怖いんですね。

「怖いですね。でもそこが面白いところでもあるんですけどね」

Q.藤井七冠が藤井八冠になりました。師匠としてはどんなお気持ちですか?

「そうですね、挑戦すれば必ずとっていく、本当に自然にタイトルを増やしていくんだなということを見ていて感じまして、ただね、その裏には、本当に人知れない努力と言いますか、本人は当たり前のようにやっていますけども、将棋にかける時間、その集中力というのは、常人では測れないものがあるだろうなと思います」

「まだまだ成長する。これで終わりでは全くない」

Q.タイトル戦が続いてる。研究をしている暇はあるんですか?

「 正直ないと思います。研究だけに割く時間は他の棋士の方が絶対多くて。ですから、そういう意味で藤井八冠は、これから時間との戦いとうか、“調整”ですよね。防衛戦ばかりになって、いかにいい状態でタイトル戦を戦うか。ということも考えなくてはいけないと思います」

Q. あのぐらいのレベルになると、対局しながら、それを研究に変えていくっていうことも?

「十分それはありますね。ですから、次の対戦相手の研究にこれだけの時間を割くっていうのはなかなか難しいんですけども、そのタイトル戦を戦いながら、その真剣勝負のタイトル戦でまた新たに学んでいく、そこでまた成長していくという、そういうスタイルになっていくのかなと思います」

Q.そう考えるとAIって進化しているって言われますが、藤井八冠も進化が止まらない感じがしますね。

「本当にここまで真っ直ぐ成長してきたし、これからもそうだと思うんですね。『八冠』っていうと、 人はもう目的地にたどり着いたような感じで捉えがちなんですけど、まだまだ成長しますし、これで終わりでは全くないので。記録という意味でも、まだいくらでも将棋界いくらでもありますからね。その勝率、例えば9割とか30連勝とか、本当にいくらでもあるので。また、わかりやすい形の何か大きな記録を打ち立ててくれるんじゃないかなっていう気もしています」

Q.我々凡人は八冠取ったら、もうこれで一区切りだっていうふうに思ってしまいますけども、そうじゃない高みを目指してるんですかね?

「そうですね、もちろん本人の気持ちの中では、記録だけではない、将棋の真理を追究するというものがありますけども、目に見えるもので言っても、もしかしたらタイトルだって『九冠目』がね、作られるかもしれないですしね。そういうこともあり得ますし、自身のもつ29連勝を更新するような連勝記録を作り上げるかもしれない。年間勝率8割以上ありますけども、もしかしたら夢の9割だってね、狙えるかもしれない。いくらでもあるんですよ。最終的には羽生善治九段のタイトル99期という記録がありますから、それを目指していくのかと思います」

Q.目標っていうのは、まだまだ将棋界では尽きないってことですね。

「彼は自分で設定していくので。それを分かりやすい形で私たちにまた見せてくれると思います」

八冠制覇すると思ったのは、“投了10分前”

Q.師匠は、藤井八冠と出会って何年になります?

「出会ってからですか?えー、1年生だったはずだから、7歳とすれば14年ぐらい」

Q.どの段階で、もしかしたらこの子は“全冠制覇”するかもなって思いました?

「全冠制覇するかと思ったのは、きのう(11日)の夜8時50分ぐらいで」

Q. あ、そんなギリギリでしたか?

「そうですね。いや、全冠制覇するかなっていうのは、結構ギリギリでしたよ。タイトルをたくさん取るだろうなっていうのは思いました。まぁ八冠目に挑戦した時に、もしかしたら全冠制覇もありえるかなと思ったんですけど、確信したのは、いや、きのう(11日)の8時50分くらいです」

Q.あの段階までいかないと、そう簡単には八冠達成できない。その厳しさを師匠は肌で感じていたんですか?

「そうですね。いや、やっぱり改めて、あのタイトル戦で相手を負かしてタイトルを増やすっていうのは、 本当に難しいことだなと見ていて思いました。簡単に増やしているように見えますけども、 あれだけ対戦相手も闘志を燃やして、思いを込めて指してくるわけですから、人の勝負っていうのは、本当に素晴らしくて恐ろしいものだと思います」

Q.横綱相撲で勝って八冠になるよりも、薄氷を踏みながら逆転で勝った八冠っていうことで、 ここに何か、今後の藤井八冠をさらに成長させる意味があるような気がするんですけどね。

「そうですね、紙一重の勝利の方が学ぶものも多いでしょうし、そういった意味で藤井八冠というのは、星の上では割と余裕持って勝っているように見えますけども、毎回毎回、自分の中でテーマを持って反省して、次に生かさなければいけないという感じで捉えているので、まだずっと成長し続けると思います」

八冠達成のプレゼントは“パソコンのパーツ”?

Q.藤井八冠とは連絡取りました?

「ちょっと前にメール送った段階で、まあまだ見てもないんじゃないかなって思います」

Q.メールも相当来ていますかね?

多いと思いますよ。どうなんですかね。もう全部見ている時間ないんじゃないかな。

Q.師匠のような仲のいい人から、そうでもない人もメール送ってね(笑)

「いや、私もそうでもないかもしれない(笑)」

Q.いやいや、そんなことないですよ。でも生でお会いしたら何て声をかけましょう?

「まぁ、会ったら『お疲れさん、おめでとう』と声は聞けると思います。『でも、きのうの将棋は危なかったよね』と」

Q.そういう時はどんな返しをする?

「『あの手がちょっとおかしかったですかね。どうやるのが正解でしょうか』みたいなことを聞いてくるんですよ」

Q.さすが師弟だから、そういった技術的なことを。

「そうですね。でも、『どうやるのがよかったでしょうか』と言われても、まあ、わからないですけどね(笑)」

Q.いやいや、そんなことないです(笑)こういう師匠だから、のびのびね、 全冠制覇できたような気もしますよ。

「のびのびはやってくれたかなという気がします。でも、彼の能力というのは、どこにいても発揮されたと思うんで、本当に東海地区にいてくれてよかった、瀬戸に住んでくれてよかったっていう気はしますね」

Q.杉本さんの師匠の板谷九段が『東海地方にタイトルを』って言っていましたけども、まさかそのタイトルを、全部持ってきてくれる弟子を育てるとは思わなかったんじゃないですか?

「そうですね、師匠が亡くなられたのは47歳の時なんでね。もう30数年経っていますけども、お元気だったらそうですね、なんて言っいていたかな。『タイトルが欲しいとは言ったけど、こんなにたくさん持ってこられると、ちょっと扱いに困るな』と言うような気がしますね」

Q.今度八冠になりました、どうしましょうね、プレゼント。

「そうですね、なんでも持っているから、改めてね、何か欲しいものなんか、ないと思うんですよ。困りましたね。 えー、和服とかはまあ、有力なんですけど、なかなかお高いので…パソコンのパーツとかもいいかなって思いますね」

Q.パソコン本体だとこれ大変なことになるから?

「本体はまあ、あれなんでね…部品の一部というか(笑)」

「永瀬前王座は、これからもずっとライバル」

Q.向かうところ敵なしの藤井八冠ですが、倒せる人は出てきますか?

「今の段階では、ここまでタイトル戦を戦ってきたトップ棋士の方たち、永瀬前王座は、これからもずっとライバルでい続けると思います。そして、同世代の棋士も出てきたんですね。伊藤匠さんという竜王戦で戦っている対戦相手はね、長い戦いになると思います。そして、今回、八冠を達成したということで、必ず藤井八冠を目標に将棋を覚えたり、棋士を目指したりという少年少女が多く現れるはずなんですね。ですから、ゆくゆくはそういうお子さんたちがライバルになってくる可能性はありますよね」

Q. 同世代、または次世代の「藤井さんキラー」がもしかしたら生まれるかもしれない?

「将棋界のレベルはこれで間違いなく上がると思います」

Q. 注目度も上がっています。後はこの藤井八冠時代をどれだけ続けられるのかということなんですけども。羽生さんでも1年もたなかった。どうですか?

「まず本人は、そこに興味がないような気がするんですね。別にすぐに取られてしまっても、なんとも思わないというか。それは自分の実力が足りなかったからだと思うようなタイプなので、そこまで 『八冠を守らなければならない』っていう気持ちには絶対なっていないです」

Q.先生だったらどう思います、八冠とったら?

「そもそも取らないからあんまり考えても、しょうがないんですけど(笑)」

Q.そんな大前提やめてくださいよ(笑)

「もしもタイトルを持っていたら、どうしたら守れるだろうって。1日でも長く持っていられるだろうかなって考えます」

Q.でも、そう考えないのが藤井八冠ですね?

「うん、いいところですね、だからこそ長く八冠でいるような気がします。しばらくは、彼のタイトルを奪える人は出てこないような気がします」

Q.しばらくっていうのは、具体的な年数とかってどのぐらいですか?

「これはちょっと誰にもわからないですよ。羽生さんの時も『羽生七冠の牙城を崩せる人はしばらく出ないんじゃないか』って言われていましたからね。でも、誰かが出てくるものだから、藤井八冠が誕生したということで、思わぬ人が、若手かもしれません。出てくる可能性はあると思います」

Q.盤石の時代が続く、とは限らないってことですね?

「でも、それはそれでまた面白い時代なのでね。それを藤井八冠も期待してるような気がしますけどね」

(10月12日、杉本八段の講演先の神戸市内にて)

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