芸歴57年にして初主演 『シェアの法則』小野武彦・貫地谷しほりインタビュー

Ⓒ2022 ジャパンコンシェルジュ

シェアハウスを経営する老夫婦が、様々な背景をもつ住人たちとの関わりを描いた舞台「シェアの法則」(作:岩瀬顕子/劇団青年座が上演)が映画化される。主演は芸歴57年目*にして映画初主演となる小野武彦。実力派俳優の貫地谷しほり、人気上昇中の浅香航大、名脇役の鷲尾真知子、ハリウッド作品にも出演の岩瀬顕子らが脇を固める。主人公の妻には小野武彦とはデビュードラマでの共演以来、40年来の仲という宮崎美子。舞台版に引き続き岩瀬が脚本を担当し、『うちの執事が言うことには』の久万真路監督がメガホンをとった。*撮影当時

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入院した妻の喜代子に代わり、シェアハウスの管理人を引き受ける羽目になった人づきあいが嫌いな税理士・秀夫を演じるのは、80歳*にして初主演の小野武彦さん。シェアハウスの住人で、昼と夜で仕事を掛け持ちして働く美穂に貫地谷しほりさん。公開を前に、小野さん、貫地谷さんに取材を敢行。作品に対する思いから俳優業に向き合う姿勢などについて、お話をうかがいました。*撮影当時

主演の小野武彦さんとキャバクラ嬢という役どころの貫地谷しほりさん 撮影 ©M&A Online

俳優の仕事には「正解」がない

──小野さんにとって初主演の作品ですね。

小野武彦(以下、小野):この作品は群像劇なので、初主演といっても肩肘張った感じはなかったですね。これまでバイプレーヤーとしてやってきましたから、単独でヒーロー的な役はやったことがないですし、どちらかと言うと群像劇の方が好きなんです。

──脚本を読んでいかがでしたか。

小野:僕が演じた秀夫には受け入れられない価値観があります。例えば、息子の隆志のセクシャリティのこととかですね。もちろん、世の中の流れを理解し、それに対応しようという気持ちはある。でも、価値観の転換ができない。じゃあ、僕はどうだろうか。もし自分の子どものことだったら、頭ではわかっていても、正直言って、僕も寛容にはなれないかもしれない。作品をどう演じようかという前に、この作品を通じて、自分の今後の生き方、これまでの価値観みたいなものを考えさせられました。

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──秀夫はご自身に近しいものがあったのですね。

小野:僕は秀夫ほど頑固じゃないですよ(笑)。夫婦間ももうちょっと民主的かな。「僕自身としてはそう思う」のですけれどね(笑)。それにどんな役でも、自分と全く同じという役はないですよ。

──秀夫は税理士ですが、小野さんには堅い仕事をしている役のイメージがあります。

小野:税理士の先生とは2カ月に1度くらい会っていますが、我々の仕事との違いは正解があるかないか。税理士は正否を判断する仕事が中心ですが、我々のような表現する仕事には正解がない。まあ、その面白さがあるから、ここまでやってこられたわけですけど。

──貫地谷さんは謎めいていて魅力的な役でした。ご自身と似ているところはありましたか。

貫地谷しほり(以下、貫地谷):このシェアハウスに住んでいる人はみんな何かしら問題を抱えています。私が演じた美穂も人の物差しでは測れない自分の生き方があり、その中で秀夫との間で摩擦が生じるのですが、落ち着くべきところに落ち着いていく。仕事をしていていつも思うのですが、物語に出てくる人って普通のようで普通でない。美穂の場合もそうです。私なら周りに助けを求めていたと思うので、ひとりで踏ん張っている美穂のような強さがほしいと思いました。

今回は小野さんを始め、頼れる先輩が多い現場でした。昔はどの現場でも先輩ばかりでしたが、いつの間にか自分がその立場になることが増えてしまったので…。脚本に書かれた文字を現実にするとなると、どうやって演じようかと悩むことがあります。例えば、美穂のところに借金取りが取り立てに来たシーンでみんながどう動くかなどは、小野さんが秀夫のようにどっしりと受け止めて考えてくださいました。

──女性の先輩も多くいらっしゃいました。

貫地谷:宮崎美子さんが演じた喜代子さんのお葬式のシーンでは鷲尾真知子さんとご一緒する時間が多かったのですが、私は鷲尾さんが本当に大好きで、憧れている女優さんのひとりなんです。控室でいろいろお話をさせていただいた中で、鷲尾さんが愛を大切にされているのを感じました。私がこれまで尊敬してきた俳優さんはみな愛情深くて、愛というものを体感して生きてきた方ばかりです。私も改めて家族や仲間を大切に思う気持ちを大事にしたいと思いました。

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シェアハウスでの人間関係は続くが、我々の仕事はクランクアップで一区切り

──舞台となった「シェアハウス」の印象は。

小野:僕自身はシェアハウスのオーナーも、入居する側もどっちも無理じゃないかな(笑)。人間関係って厄介で、オーナーはそれをまとめたり、協調するベースを作らなくてはならない。ホテルや旅館のように、合わないお客さんが来ても、何日かすれば帰っていくのならともかく、シェアハウスの場合は人間関係が継続しますからね。入居している人の苦労もさることながら、オーナーもオーナーで大変だと思いますよ。

貫地谷:血の繋がった家族でも、一緒に住んでいるといろんな摩擦があったりしますからね。喜代子のように大きな思いを持ち、細かいことにこだわらない人じゃないとできないんだろうなと思いました。

小野:シェアハウスの住人と仲良くなって、成長していく過程を自分の喜びとして感じられる人でないとダメでしょうね。僕なんか心が狭いですから(笑)。シェアハウスに限らず、何人かの人間が集まってひとつの社会を形成するということはなかなか難しい。我々の仕事はクランクアップで一区切りがつく。そういう意味では恵まれた仕事だと思います。

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──秀夫と美穂はお互いに先入観がありました。

小野:秀夫が美穂に「男に貢いでいるの?」というと、「そうです、男に貢いでいます」と平気で言う。美穂に対しては「だらしねぇ女だな」みたいなところから入っています。ただ、負から始まっているから、貯金が減らない。秀夫としては歩み寄っていける感じがあって、演じていて無理はありませんでした。

貫地谷:先入観って持ちたくないと思っていても、持ってしまうものですよね。しかも、年齢を重ねるにつれて、それが強くなっているのを感じます。例えば、飲みの場で盛り上がり、近づいてこられる方もいますが、どこの誰だかわからないので、怖いと思ってしまいます。

こういう仕事をしていると、支えてくれる人たちがいますから、自分だけでなく、周りの人を守るという意味でも気を付けなくてはいけない部分があるのです。誰々の知り合いだから安心ということでもない。直接、会って話してみて、本当はフィーリングが合って、面白い話ができるかってことが大事なのに、話もせずにシャットダウンしてしまうのはもったいないという気もしますし。いろいろ考えてしまいますね。

70代になると、またちょっと面白くなるなるよ

──小野さんは50年以上の俳優経験で大事にされてきたことはありますか。

小野:俳優として初めてお金をいただいたのは23歳だったので、かれこれ芸歴58年(撮影当時は芸歴57年)になります。若いときは自分のことで精一杯。この仕事がたくさんの方に助けていただいて成り立っているということがよくわからなかった。今、振り返ってみると、“あの人にフォローしてもらったんだ”とか、“カメラマンさんがうまく回してくれていたんだ”、“お前がそのセリフを考えたわけじゃないだろう”といったことがよくわかる。質問の答えになっていないかもしれませんが、最近、仕事ができることがいかにありがたいことなのか、ひしひしと感じます。

貫地谷:小野さんにとって俳優の仕事とは、どういうものなのですか。

小野:やっぱりいちばん面白いものかな。飽きっぽいんです、僕。そんな僕が飽きないで続けてこれたことは俳優の仕事しかないですね。

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──仕事は重ねていくうちにどんどん面白くなっていったのでしょうか。

小野:昔、宇津井健さんという俳優さんがいらっしゃいました。俳優座養成所の第4期生で仲代達矢さんと同期ですから、僕より11期も上なのですが、60代の頃に「小野くん、いくつになった? 70代になると、またちょっと面白くなるよ」と言われましてね。そのことがずっと頭の中に残っていたのですが、70代になった頃に、そうかもしれないと感じるようになりました。

この仕事はいろんな感性の人が集まって、1つになって何かを作り上げていく過程が面白いのですが、その(面白いと感じる)度合いが増えてきたんです。共演者と息が合ったものが表現されて、それを見たお客が喜んでくれるのがうれしい。そういうことが若いときはわからなかったなあ。

──貫地谷さんは大事にされてきたことはありますか。

貫地谷:私生活!(笑)。20代の頃、芝居で包丁を使うシーンがあったのですが、所作指導の先生に「普段、料理やってないね」と言われたことがありました。当時は仕事最優先でしたが、今は結婚したこともあって、当時の自分がいかに家事やら何やらということをないがしろにしていたのか、よくわかります。何気ない日々の生活が俳優にとってすごく大事なんだなってことを感じます。

小野:俳優はそこがベースだからね。ドラマのように毎回、毎日恋愛しているわけじゃないから(笑)。

貫地谷:小野さんが生きることの実感を映画で話していたら耳を傾けて聞けますが、私や若い人がそういうことを話しても、「お前なんかがわかっているのか」と思われます。人生から滲み出てくるものが大事なんですよね。

小野:でも20代、30代ですでにそういうのが滲み出ていたら気持ち悪いよね(笑)。むしろ、できなかったり、未熟だったりする良さというものもある。20代には20代で、50代には50代で、70代には70代でできる旬なことがあるような気がします。

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──生涯俳優と考えていらっしゃるのでしょうか。

小野:そうなればありがたいですよね。長く続けられるよう、体をケアするのも含めて仕事だと思っています。ただ、だからといって、無理にウォーキングとかして負荷を掛けてもだめだと思うので、年相応のことをやっています。

──貫地谷さんにとっても女優業は一生の仕事でしょうか。

貫地谷:20代の頃は「絶対に女優としての人生を全うするんだ」と仕事しか見えていませんでしたが、今は他のことにも目を向けつつ、細く長く続けられたらいいなと思っています。私は趣味といえるものがないのですが、最近は夫の影響でテニスが好きになってきました。夫は私とは全く違う価値観を持っている人なので、すごく新鮮で影響を受けています。そうやって好きを増やしていけば、自分の知らない新たな気持ちに気付ける気がします。

取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

小野武彦 1942年 東京都出身。
俳優座養成所、文学座を経て1960年代後半から映像で活動。「王様のレストラン」、「踊る大捜査線」シリーズ、NHK大河ドラマ「新選組!」、「科捜研の女」シリーズ、「DOCTORS ~最強の名医~」シリーズなど多数のテレビドラマに出演。多くの映画にも出演しており、最近では、「半世界」(2019)、「仮面病棟」「一度も撃ってません」(2020)、「科捜研の女-劇場版-」(2021)に出演。「天使にラブ・ソングを〜シスター・アクト〜」(2019)、「にんげん日記」(2021)、「海の木馬」(2023)など舞台にも多数出演。芸歴57年にして『シェアの法則』で映画初主演。

貫地谷しほり 1985年 東京都出身。
2002年「修羅の群れ」で映画デビュー。映画「スウィングガールズ」(04)で注目を集め、NHK 連続テレビ小説「ちりとてちん」(07)で初主演を務め「エランドール賞」新人賞受賞。主演映画「くちづけ」(13)では「第56回ブルーリボン賞」主演女優賞を受賞。近年、ドラマでは「テセウスの船」(20・TBS)・「顔だけ先生」(21・フジテレビ系)・「大奥」(23・NHK)、映画では「夕陽のあと」(19)・「総理の夫」(21)・「サバカン SABAKAN」(22)・主演映画「オレンジ・ランプ」(23)などにも出演。俳優としての活動に留まらず、NHK「アストリッドとラファエル文書係の事件録」の主人公アストリッドの吹替を担当し「第十七回声優アワード」海外映画・ドラマ賞を受賞するなど声優・ナレーターなど様々な分野で幅広く活躍している。

<あらすじ>
東京の一軒家で暮らす春山夫妻。自宅を改装して始めたシェアハウスには、年齢も職業も国籍もバラバラの個性的な面々がおり、彼らは互いに協力し合い、時には衝突しながらも、共同生活を営んでいる。管理人である妻の喜代子は住人たちのために食事会を開いたり、相談に乗ったりして、母親のような存在だったが、ふとした事故をきっかけに入院することとなった。そこで、しばらくの間、夫の秀夫が妻の代わりを務めることになる。社交的な喜代子とは対照的に、人づきあいが嫌いで誰とも打ち解けようとしない秀夫は、住人からも疎まれ、息子の隆志に対しても厳しく接している。そんな中、キャバクラで働いている美穂が勤務先でトラブルを起こし、秀夫は呼び出されることになった。自分の価値観でのみ物事を見てきた男が、様々な境遇の人たちと関わる事によって、少しずつ相手を“思いやる”ことを学んでいく。

<作品データ>
『シェアの法則』
出演:小野武彦 貫地谷しほり 浅香航大 / 鷲尾真知子 宮崎美子
岩瀬顕子 大塚ヒロタ 小山萌子 上原奈美 内浦純一 山口森広 岩本晟夢 久保酎吉
監督:久万真路
脚本:岩瀬顕子
主題歌:「花の記憶」 歌 澤田知可子
配給 GACHINKO Film
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公式サイト:http://www.share-hosoku.com/2023年10月14日(土)より新宿 K’s cinema ほか全国順次公開

堀木 三紀

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)

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